The ghost of Ravenclaw - 185

20. クィディッチの優勝杯

――Harry――



 スリザリンのゴール目指してハリーは疾走していた。
 スニッチはどこかへ消えてしまったものの、まだグリフィンドールのゴールポスト辺りを飛んでいる可能性が高い。ならば、マルフォイが気付かないうちに出来るだけスニッチから遠ざけておくのが、今ハリーに出来る最善策だろう。50点以上リードするまで、スニッチを取らず、且つ、取らせないことがハリーの役目だ。

 ハリーがビュンビュン飛んでいると、マルフォイ以外のスリザリンの選手達もまた、ハリーがスニッチを見つけたと勘違いしたようだった。スリザリンのビーター、デリックが打ったブラッジャーがハリーの右耳を掠め、今度は同じくスリザリンのビーター、ボールが打ちつけたもう1つのブラッジャーがハリー目掛けて飛んできた。

 しかし、ファイアボルトのスピードには敵わない。
 ハリーが2個目のブラッジャーをスレスレのところで躱すと、2人のビーターはビーターであることを放棄したようだった。どうにかハリーを箒から叩き落とそうと、棍棒を振り上げ、ハリー目掛けて飛んでくるのがハリーの視界の端に見えた。もうまもなく迫ってくる――ハリーは急いで箒の柄を上に向け、急上昇した。直後にデリックとボールは正面衝突し、ハリーの真下で嫌な音が響いた。

「ハッハーだ!」

 スリザリンのビーター2人が頭を抱えてフラフラしているのを見て、リーが叫んだ。

「お気の毒さま! ファイアボルトに勝てるもんか。顔を洗って出直せ!」

 リーは上機嫌だったが、直後にクアッフルを手にしたフリントがシュートを決め、30対10となり、再び20点差に戻ると、スリザリンに対しひどい悪態をつき始めた。これにはお目付役のマクゴナガル先生がカンカンになり、リーから魔法のマイクを引ったくろうとした。

「すみません、先生。すみません! 二度と言いませんから! さて、グリフィンドール、30対10でリードです。クアッフルはグリフィンドール側――」

 試合はハリーが経験した中でも最悪の泥仕合だった。グリフィンドールに早々とリードを奪われたことで頭にきたのか、スリザリンはこれ以上リードを許すものかと手段を選ばない戦法に出たらしい。シーカーがダメだと分かるとスリザリンのビーター達は狙いを他の選手に変え、ボールが何の躊躇いもなくアリシアを棍棒で殴りつけた。アリシアはなんとか箒にしがみついていたものの軽く吹き飛んで、直後にカンカンになったジョージが飛んできて仕返しにボールの横っ面に肘鉄を食らわせた。

 しかし、これはまた両チーム共ペナルティだ。グリフィンドールとスリザリンはそれぞれ1回ずつペナルティ・スローをすることになり、アリシアが前に進み出て、見事にシュートを決めた。スリザリンは今度もウッドがファインプレーで得点とはならず、スコアは40対10で、再びグリフィンドールが30点リードに躍り出た。

 試合が再開されると、早々にケイティが得点し、50対10になった。フレンドとジョージは得点を決めたケイティが狙われないよう、棍棒を振り上げてケイティの周りを飛び回って警戒したが、次に狙われたのはウッドだった。ボールとデリックは双子が近くにいないことをいいことに、2個あるブラッジャーを立て続けにウッド目掛けて打ち込んだ。ブラッジャーは両方共ウッドの腹に命中し、ウッドは呻きながらも辛うじて箒にしがみついた。

「クアッフルがゴール区域に入っていないのに、キーパーを狙うとは何事ですか!」

 フーチ先生が怒りを爆発させた。グリフィンドールが三度目のペナルティ・スローをすることになり、アンジェリーナが華麗にシュートを決めた――60対10。その直後、試合が再開されると、早速フレッドがブラッジャーをワリトン目掛けて強打した。ワリトンは持っていたクアッフルを落とし、それを颯爽とアリシアが奪ってゴール――70対10。遂に60点差だ。

 ハリーは緊張と興奮が一気に押し寄せてくるのが分かった。ここでハリーがスニッチを掴めば、今シーズンの総合得点がスリザリンを僅かに10点上回り、優勝杯はグリフィンドールのものになる。ハリーは箒の柄をぎゅっと握り締め、ピッチを見渡した。マルフォイはまだハリーにピッタリ張り付いていて、観客も固唾を呑んでハリーを見守っている。

 何百という目が自分を追っているのを感じながら、ハリーはスニッチを探した。すると、ハリーの6、7メートル上空で何かがキラリと輝いたのを見つけた。スニッチだ――ハリーは箒を上に向け猛スピードで飛び始めた。耳元で風が唸りを上げ、そして――。

「このゲス野郎!」

 急にスピードが弱まり、リーの罵声が響き渡った。ハリーが驚いて振り返ると、なんと、マルフォイが身を乗り出してファイアボルトの尾を引っ張っている。マルフォイは息を切らせ、必死にファイアボルトにしがみついていたが、その目は爛々と輝いていた。なぜなら、マルフォイの思惑通り、スニッチはどこかに姿を消し、グリフィンドールは優勝杯を手に入れるチャンスを逃してしまったのだから。

「ペナルティ! グリフィンドールにペナルティ・スロー! こんな手口は見たことがない!」

 ハリーが怒りを通り越して愕然としていると、フーチ先生が金切り声を上げて飛んできた。フーチ先生だけではない。会場の誰もがマルフォイの有り得ない反則行為に怒りの声を上げていた。

「このカス、卑怯者、この――!」

 実況のリーも魔法のマイクを奪われまいとマクゴナガル先生から離れたところに躍り出て、罵声を浴びせた。しかし、肝心のマクゴナガル先生はそれを注意するどころではなかった。先生自身もマルフォイに向かって拳を振り上げ、怒り狂って叫んでいたからだ。

 あともう少しで優勝杯に手が届いたというのに、ひどい反則行為でそれを逃してしまったグリフィンドールは怒りのあまり誰もが集中力を乱した。ペナルティ・スローをしたアリシアはシュートを外し、試合が再開されても思わぬミスが連発した。逆にスリザリンの方はマルフォイの反則で活気づき、ゴールを決めた。70対20――試合はまた一歩後退した。

 ここでマルフォイにスニッチを取られるわけにはいかない――そう考えたハリーは今度は自分がマルフォイをピッタリとマークすることにした。マルフォイはハリーが膝が触れ合うほどピッタリ張り付きブロックするのでイライラしていたが、ハリーは何が何でもマルフォイにスニッチを掴ませる訳にはいかなかった。折角リードしているのにひとたびマルフォイがスニッチを掴めば、スリザリンが優勝してしまうのだ。

 ハリーがマルフォイに張り付いている間にグリフィンドール・チームは少しずつ集中力を取り戻しているようだった。アンジェリーナがクアッフルを奪い、スリザリンのゴール目掛けて矢のように飛んでいる。しかしここでもスリザリンは手段を選ばない戦法に出た。キーパーも含めた全員でアンジェリーナをブロックしようと疾走していたのだ。

 そうはさせないぞ――ハリーは箒の柄を握り、身を屈めて出来る限り風の抵抗を失くすと、スリザリンの選手達に向かって弾丸のように突っ込んで行った。スリザリン・チームはファイアボルトが物凄い勢いで突っ込んで来ているのが分かると、慌てて散り散りになり、アンジェリーナは見事にノーマークとなった。スリザリンのゴール前にはキーパーすらいない。

「アンジェリーナ、ゴール! アンジェリーナ、決めました! グリフィンドールのリード、80対20!」

 ハリーはあまりに勢いよく疾走していたので、スタンドに真正面から突っ込みそうになったが、何とか空中で急停止した。旋回し、ピッチの中心に戻ろうとして、危うく心臓が止まりそうになった。マルフォイが勝ち誇った顔で急降下している――芝生のほんの僅か上に金色に煌めく小さなスニッチが飛んでいる。

「行け!」

 ハリーは再び弾丸のようにスニッチ目掛けて飛び始めた。耳元で風が唸りを上げ、ビュンビュンいっている。

「行け! 行け!」

 マルフォイはハリーより遥かにスニッチに近かったが、それでもハリーは諦めなかった。箒に鞭打ち、どんどんマルフォイに近づいていく。ボールがハリーめがけてブラッジャーを打ち込んだが、ハリーは箒の柄にピッタリ身を伏せて躱した。その間にもハリーはどんどんマルフォイに追いついていく。マルフォイの足先が見え、そして、隣に並んだ。スニッチはもう目の前だ。

 ハリーは両足でしっかり箒を挟み込むと両手を離し、思いっきり身を乗り出した。スニッチに手を伸びしていたマルフォイの手を払い除け、そして――。

「やった!」

 直後、ハリーはスニッチをその手にしっかりと握っていた。言葉にならない感情がどっと溢れてくるのを感じながら、ハリーが地面をサッと掠めて再び上昇し、高らかに腕を突き上げると、競技場が大爆発した。観客席を埋め尽くす真紅の旗や横断幕が大きな波のように激しく唸りを上げ、歓声がハリーの鼓膜をジンジンと痺れさせた。

 グリフィンドールのゴールから大泣きしているウッドが飛んできて、真っ先にハリーに抱きついた。ウッドは何やら叫んでいたが、もう涙でぐちゃぐちゃで、何と言っているのかハリーにはさっぱり分からなかった。すると、ハリーの背中をパシリ、パシリと誰かが続けざまに叩いた。フレッドとジョージが今まで見たことがないくらい輝いた顔で笑っている。アンジェリーナ、アリシア、ケイティの3人もハリーに向かって飛んできて、叫んだ。

「優勝杯よ! 私達が優勝よ!」

 7人は喜びに声を枯らして叫び、抱き合い、もつれ合いながら下降していき、地面に降り立った。途端に真紅の応援団がピッチに傾れ込んできて、選手達は雨あられと背中を叩かれた。ハリーは大勢にもみくちゃにされながらも、観客席でニコニコ笑ってハナとセドリックがお祝いの花火を打ち上げてくれたのを見た。空が色とりどりの火花で彩られ、最後に巨大なライオンが現れると、誰もが空を指差して歓声を上げた。

 そうして、大勢にもみくちゃにされているうちに、選手達はいつの間にか肩車をされていた。ハリーは肩車されながら、ぐるりと辺りを見渡した。真紅のバラ飾りをベタベタ服に貼り付けたハグリッドが、大喜びしている。こんなに嬉しそうなハグリッドは久し振りだ。それに、いつも気取った様子のパーシーも今日ばかりはピョンピョン飛び跳ね、喜んでいる。マクゴナガル先生はウッド顔負けの大泣きで、グリフィンドールの巨大な寮旗で涙を拭っていた。

 大勢の生徒達の後ろではロンとハーマイオニーがハリーに近付こうと必死で人の群れを掻き分けている姿があった。2人共あまりの喜びに言葉にならず、肩車されているハリーと目が合うとニッコリ微笑むだけだったが、ハリーには2人の気持ちが十分に伝わった。その更に向こうでは、ダンブルドアが大きなクィディッチ優勝杯を持って待っている。やがて、ウッドが未だ大泣きでそれを受け取ると、しゃくりあげながらハリーに手渡した。

 もし、今吸魂鬼ディメンターが目の前に現れたのなら、きっと世界一素晴らしい守護霊を作り出せるだろう――優勝杯を空高く掲げながら、ハリーは心の底からそう思ったのだった。