The ghost of Ravenclaw - 184

20. クィディッチの優勝杯

――Harry――



 翌朝、ハリーはグリフィンドールのチームメイト達と共に大広間に向かった。一歩大広間に入れば、スリザリン生以外のほとんど全員が割れんばかりの拍手でハリー達を出迎え、口々に今日の試合への激励の言葉を述べた。グリフィンドールだけでなく、レイブンクローもハッフルパフもスリザリンの連続優勝記録を止めたいので、今日ばかりはグリフィンドールを応援しているようだった。

 優勝がかかっていることもあり、今日の試合はハリーを含めチームメイトの誰もがいつも以上に緊張しているようだったが、中でも正真正銘これがホグワーツでの最後の試合となる7年生であるウッドの緊張ぶりはひどかった。ウッドは朝食の間、みんなに「食え、食え」と言うのに自分は一口も口にしなかったのだ。それから、みんながまだ誰も食べ終わっていないうちから、状態を掴んでおくためにピッチへ行けと選手を急かした。

「ハリー、頑張ってね!」

 いつになく落ち着きのないウッドに追い立てられるようにして早々と大広間をあとにする時、レイブンクローのテーブルからハリーにそう声が掛けられた。見ると、チョウ・チャンがニッコリ笑ってハリーに拍手を送ってくれていた。今日もとっても可愛い。ハリーは急に顔が熱くなるのを感じながら大広間を出て、チームメイトと共にクィディッチ競技場へと向かった。

 外はとてもいい天気だった。ハリーはピッチを往ったり来たりしてしっかり観察しているウッドの後ろに続いて、競技場の様子を観察した。風も凪いでいる――これなら飛ぶ時にも影響を受けずに済みそうだ。それにピッチの状態もいい――地面は水溜り1つないし、これなら試合開始の時勢いよく飛び上がれるだろう。


 やがて、城から学校中の生徒達が競技場に向けて出発し始めるころ、ハリー達はグリフィンドール・チームのロッカールームに向かった。ロッカールームに入るとあのフレッドとジョージでさえ口を利かず、選手達はみんな黙って真紅のローブに着替えた。ハリーもお腹の辺りが妙に気持ち悪く、とてもじゃないけれど何か喋る気にはならなかった。

 ウッドのあの熱の籠った演説もなかった。無言の時間はあっという間に過ぎていき、試合開始直前になるとようやくウッドが口を開いた。

「よーし、時間だ。行くぞ……」

 ロッカールームをあとにして、グリフィンドール・チームの選手達はピッチへと出て行った。すると、先頭のウッドが1歩ピッチに足を踏み入れた途端、会場が爆発したかのような歓声がハリー達を包み込んだ。観客席は見渡す限りほとんどグリフィンドール・カラーに染まり、スリザリン生以外の全員が真紅のバラ飾りを胸につけている。至る所でグリフィンドールのシンボルであるライオンが描かれた旗が振られ、あちこちに「行け! グリフィンドール!」だとか「ライオンに優勝杯を!」と書かれた横断幕が見受けられた。

 ハリーは胸がいっぱいになりながら会場を見渡した。「ライオンに優勝杯を!」の横断幕の近くでは、ロンとハーマイオニーがピョンピョン飛びながらグリフィンドールの旗を振っている。その反対側のスタンドでは胸元に真紅のバラ飾りをつけたハナとセドリックが並んで座っていた。ハナがニコニコしてハリーに手を振っている――ハリーはそれに奇妙な既視感を覚えたが、今は試合に集中するべきだと思考を振り払った。

「さあ、グリフィンドールの登場です! ポッター、ベル、ジョンソン、スピネット、ウィーズリー、ウィーズリー、そしてウッド。ホグワーツに何年かに一度出るか出ないかの、ベストチームと広く認められています――」

 競技場全体に実況役のリー・ジョーダンの軽快な声が響き渡った。途端に、スリザリン側のゴールポスト付近から嵐のようなブーイングが巻き起こり、リーの明るい声も最後の方はなんと言っているのか分からなかった。ハリーがスリザリンのゴールポストの方へ視線を移すと、緑色のローブに、銀色の蛇を煌めかせた200人ほどのスリザリン生達が全員親指を下に向けていた。

「そして、こちらはスリザリン・チーム。率いるはキャプテンのフリント。メンバーを多少入れ替えたようで、腕のよさよりデカさを狙ったものかと――」

 リーの実況に再びスリザリン生からブーイングが起こった。しかし、実際にはリーの言う通り、スリザリン・チームはこれから格闘技大会にでも出場するのかと思うほど、巨大な猛者ばかりになっていた。小さいのはマルフォイだけで、ハリーはいつだったかいとこのダドリーが見ていた囚われた宇宙人の絵のようだ、と思った。

 両チームが互いに睨みつけながら向き合って整列し、ウッドとフリントがお互いの指をへし折らんばかりに固い握手を交わすと、審判のフーチ先生の号令と共に試合が開始された。14本の箒が一気に空に向かって飛び上がり、試合開始のホイッスルの音は歓声でほとんど掻き消され、同時に気持ち悪さすら感じていた緊張や不安もどこかに消え去っていた。

「さあ、グリフィンドールの攻撃です――」

 ハリーが他の選手達よりも更に上空までやってくると本格的にリーの実況が始まった。クアッフルはどうやらアリシアに渡ったようで、アリシアがゴール目指して飛んでいる。しかし、あともう少しというところでスリザリンのワリトンにクアッフルが奪われると、会場からは「あああぁぁぁ」と残念がる声が広がった。

「スリザリンのワリントン、猛烈な勢いでピッチを飛んでます――ガッツン!――ジョージ・ウィーズリーの素晴らしいブラッジャー打ちで、ワリントン選手、クアッフルを取り落としました。拾うは――ジョンソン選手です。グリフィンドール、再び攻撃です。行け、アンジェリーナ!」

 リーの実況を聞き逃すまいとしながらも、ハリーは辺りを見渡した。ハリーの後ろに、マルフォイがぴったり張り付いている。ハリーはマルフォイの様子に気を配りつつ、スニッチを探してピッチを飛び始めた。

「ジョンソン選手、モンタギュー選手を上手くかわしました――アンジェリーナ、ブラッジャーだ。かわせ!――ゴール! 10対0、グリフィンドール得点!」

 試合はグリフィンドールがやや優勢だった。このままチェイサーの3人が得点を続け、スリザリンと50点以上の差がつけば、いよいよハリーの出番だ。けれども、スリザリンだって黙ってはいない。そうはさせまいと、得点を決めたばかりのアンジェリーナに対し、フリントが体当たりをしたのだ。何が何でも戦力を削る作戦らしい。アンジェリーナは危うく箒から落っこちるところで、フレッドがカンカンになってすっ飛んできて、フリント目掛けてビーターの棍棒を投げつけ、見事に後頭部に命中させた。どちらも反則だ。

「それまで!」

 フーチ先生が叫びホイッスルが鋭く鳴り響くと、試合は一時中断された。これ以上何かあっては困るとばかりに先生がフレッドとフリントの間に飛び込んだ時、フリントは丁度棍棒が頭にぶつかった勢いで前方につんのめり、箒の柄に勢いよく鼻をぶつけ、鼻血を出したところだった。リーが「ざまぁ――」まで言ったところで、マクゴナガル先生が「ジョーダン!」と叱りつける声が聞こえた。

「グリフィンドール、相手のチェイサーに不意打ちを食らわせたペナルティ! スリザリン、相手のチェイサーに故意にダメージを与えたペナルティ!」

 フーチ先生が容赦なく宣言すると、フレッドから「そりゃ、ないぜ!」と抗議の声が上がったが、判定は覆らなかった。両チーム共にペナルティを貰うことになり、両チーム共にペナルティ・スローを行うこととなった。グリフィンドールはアリシアがペナルティ・スローをすることになり、アリシアがスーッと前に出た。キーパーと1対1の対決だ。フーチ先生からクアッフルを受け取り、そして――。

「やったー! キーパーを破りました! 20対0、グリフィンドールのリード!」

 クアッフルがスリザリンのゴールを割り、アリシアが輝くような笑顔を見せてガッツポーズした。けれどもあまり喜んでいる場合ではなかった。次はスリザリンのペナルティ・スローが待っている。これでスリザリンが決めてしまえば20点リードに広がった点差はたちまち10点差に戻ってしまう――ハリーはくるりと方向転換して、今度は反対側にあるグリフィンドールのゴールに視線を向けた。どうやらスリザリン側はフリントが行うらしい。フリントはまだ鼻血の止まらないのか、フリントが前に飛んでいくと鼻血も一緒に空を舞った。

「なんてったって、ウッドは素晴らしいキーパーであります!」

 フリントとグリフィンドールのキーパーであるウッドが睨み合う中、リーが観衆に語りかけた。

「すっばらしいのです! キーパーを破るのは難しいのです――間違いなく難しい――やった! 信じらんねえぜ! ゴールを守りました!」

 フリントのペナルティ・スローをウッドが華麗にセーブして見せると、リーのウッドを信じていたのかいなかったのか分からない実況が競技場に響き渡った。これで試合は20対0――グリフィンドールがリードしたままだ。ハリーはホッとしてその場を飛び去り、自分の役目に戻った。

 しかし、10分後、試合は再び中断することとなった。今度はケイティがスリザリンの選手にひどい妨害を受けたのだ。クアッフルを持ってスリザリンのゴールに向かって飛んでいたケイティの前方に回り込んだスリザリンのチェイサー、モンタギューが、あろうことかケイティの頭をむんずと掴んだのだ。クアッフルを奪えばいいだけなのにケイティの頭を、だ。ケイティは空中でもんどり打って、悲鳴を上げた。

 これも明らかな反則だ。たちまちフーチ先生がホイッスルを鳴らし、モンタギューの方にすっ飛んで行って鬼の形相で叱りつけた。観客席からもモンタギューに対し大ブーイングが巻き起こったが、その直後、ケイティがペナルティ・スローを決めると、ブーイングはあっという間に歓声に変わった。お決まりのリーの興奮したような声とマクゴナガル先生が注意する声付きである。

「30対0! ざまぁ見ろ、汚い手を使いやがって。卑怯者――」
「ジョーダン、公平中立な解説が出来ないなら――」
「先生、ありのまま言ってるだけです!」

 観客席では、グリフィンドールの追加点にハナが大喜びして飛び跳ねているのをハリーは見た。隣にいるセドリックに向かって抱きつかんばかりの勢いで喜びをアピールするので、セドリックが慌てた様子でハナを支えようと両腕を広げたら、ハナは途端に顔を真っ赤にしてセドリックから離れた。ハグしてしまうと思って恥ずかしくなったのだろう。ハリーはそれを見た瞬間、頭の中でハーマイオニーがまるでリーのように声を上げる姿がありありと想像出来た(「ハナ、行け――チャンスよ!――抱きつきなさい!」)。

 ハナは普段お姉さんみたいだけれど、セドリックの前だとちょっと違うように見える。ハリーはなんだか微笑ましい気分になりながら試合に戻ろうとして、思わずドキリとした。スニッチがグリフィンドールのゴールポストの支柱辺りを飛んでいるのが見えたのだ。しかし、グリフィンドールは僅かに30点リードしているだけである。このままスニッチを掴んで試合終了してもグリフィンドールは優勝出来ないし、かと言って、マルフォイに気付かれ、スニッチを取られるわけにもいかない――。

 急に何かに気を取られたフリをしてハリーはスリザリンのゴール目掛けて飛んで行った。後ろを見ると、思惑通り、ハリーがスニッチを見つけたのだと勘違いして、あとを追ってくるマルフォイの姿があった。よーし、上手く行ったぞ。

 ハリーは難を逃れたことにホッと胸を撫で下ろしながら後ろを振り返った。グリフィンドールのゴールポストの辺りにはもうスニッチの姿は見えなくなっていた。