The ghost of Ravenclaw - 181

20. クィディッチの優勝杯



 無事に仲直りして以降、私とハーマイオニーだけでなく、ハリーもロンも、バックビークの控訴に前向きに取り組んだ。私達はそれぞれ授業や宿題の合間に図書室に通い詰めては、更に弁護に有利な情報を集めようと躍起になった。特にやる気に満ちていたのがロンで、私やハーマイオニーやハリーが他のことで手いっぱいになっている間、一所懸命に本を読み込み、準備を進めた。

 ハリーはクィディッチの練習に時間が取られて、ほとんど自分の時間がなかった。事実上決勝戦となるスリザリンとの一戦はまだまだ先だというのに、今年こそ優勝だと燃えているオリバー・ウッドが連日のように作戦会議を開いているからだ。あまりにもクタクタになって見ていられないので、私は週末の時間を使って、ハリーの宿題を手伝った。ハリーはそれに「ロンとハーマイオニーが仲直りしてくれて本当に良かったよ」と疲れ果てた顔で笑っていた。

 ハーマイオニーは相変わらずたくさんの宿題を抱え込んでいた。ハリーよりずっと宿題をする時間は多いはずだけれど、誰よりも多くの科目を選択しているせいか、かなり大変そうで、私もハリーもロンもハーマイオニーをよく観察して、無理をしないよう注意しなければならなかった。でないとハーマイオニーは遅くまで宿題をしたあと、バックビークの控訴の準備をしようとし出すのだ。でも、ハーマイオニーは以前ほどカリカリしなくなった。きっとハリーとロンと仲直り出来たことで、だいぶ気持ちが落ち着いたのだろうと思う。そのためか、ハーマイオニーは仲直りして以降、図書室の奥の席には一度も現れなかった。

 勉強が大変そうなのは、セドリックも一緒だった。図書室の奥の席で、山のように積み上げた本に埋もれるようにして宿題やO.W.L試験に向けての勉強をしていることが圧倒的に増えたのだ。同級生達に捕まり、分からないところを質問される頻度もかなり多くなっているようで、疲れた顔をしていることもしばしばだ。そのことに、私は心底心配になったけど、図書室の奥の席や夕食後にいつもの空き教室で会う時、セドリックはいつも穏やかでどこか機嫌が良さそうだった。

 そんなセドリックとはバレンタインの日に図書室の奥の席で、こっそりカードを交換した。セドリックはまさか私からカードが貰えるとは思ってもみなかったようで、カードを手渡すと、驚きつつも「ありがとう、ハナ」ととても嬉しそうにしていた。私はそんな彼を見ながら、こんなことなら去年も一昨年も用意しておけば良かったと少し後悔した。

 バレンタイン・カードはハーマイオニーとも交換した。ハーマイオニーは可愛いピンクのカードを選んでくれていて、開くと細かな字でびっしりとお礼の言葉が書かれていた。ハーマイオニーは照れ臭そうにしながら「本当はもっとシンプルにしようって思ってたのに書き出したらそんな量になってしまったの」と言って、私は嬉しくて思わずハグをした。私は内心、ハーマイオニーのこんな可愛い一面にロンが早く気付いてくれたらいいのに、と思わずにはいられなかった。

 バレンタインを過ぎてしばらくすると、洗濯物の中に時折小さなメモ紙が入るようになった。どうやら屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達が夜中にこっそり城の中を動き回るワームテールを見つけてくれたらしい。ワームテールの居場所は様々だったけれど、8階のバカのバーナバスのタペストリーの前にいたと書いてあることが何度かあり、彼がどこに隠れているのか私にはすぐにピンときた。必要の部屋である。

 このことは、当然シリウスと情報を共有した。以前なら、ワームテールの居場所を知れば居ても立っても居られなかっただろうが、前回私が入院したことを気にしているのか、今回ばかりはシリウスも感情のままに動くことはしなかった。しかしながら何も動かずにワームテールをそのまま必要の部屋に居させてしまうと6月の満月の日に捕まえることが出来なくなってしまう可能性があるので、私達は何日もかけて作戦を練り、ワームテール追い出し作戦を実行した。

 ワームテール追い出し作戦は至極単純なものだった。日に何度もバカのバーナバスのタペストリーの前をウロウロし、例の部屋を出入りするだけである。しかし、この単純な作戦を実行するのがとても難しかった。安全対策がかなり厳しくなっていたので、いつでもどこでも先生達やゴースト達の目が光り、誰にも見られずに廊下を3往復することが困難だったのだ。シリウスは覚えているすべての隠し通路や近道を私に教え込み、私も何度もチャレンジし、ようやく屋敷しもべ妖精ハウス・エルフからの目撃情報が8階から遠かったのは、作戦実行から実に3週間後のことだった。

 そんな風にして、2月と3月はあっという間に過ぎ去った。私もハリーもロンもハーマイオニーも、全員がいろんなことに追われていたけれど、それでも合間を縫ってハグリッドに会いに行き、なんとか説得してバックビークの控訴の申請をすることに成功した。しかし、ハグリッドは先日の裁判以降すっかり弱気になっていて、控訴にはちっとも前向きではなかった。ハグリッドは控訴の準備に時間を割くなら、その時間をバックビークの余生のために使いたいと考えているようだった。

 先日の裁判から変わらないのはマルフォイも同様だった。マルフォイは4月になっても私達の誰かと顔を合わせるときはいつだって薄ら笑いを浮かべていたし、魔法生物飼育学の度にハグリッドをバカにした発言を繰り返していた。これには授業を選択しているハリー達3人の誰もがカンカンだった。特に玄関ホールでの言い争いにも居合わせたハーマイオニーの怒りようは誰よりも凄まじく、爆発するのは時間の問題かと思えた。

「私、やってやったわ!」

 背後からやってきたハーマイオニーが開口一番そう言ったのは、4月に入ってまもなく――復活祭イースター休暇の直前――のことだった。並々ならぬ様子で現れたハーマイオニーは、なんだかもの凄い怒りようで、私はとうとう限界に達したのだと察した。そんなハーマイオニーのあまりの様子に、少し後ろから早足でこちらにやってきているハリーとロンは戸惑い顔だ。

「ハーマイオニー、どうしたの?」

 ぷりぷりしながら隣に並んだハーマイオニーに私は優しく問いかけた。パンパンに膨れ上がった鞄を肩から提げているハーマイオニーの手には占い学の教科書が握られている。どうやら先程の授業は占い学だったらしい。ハーマイオニーは占い学のトレローニー先生ともそりが合わないので、怒っているのはそのせいもあるのかもしれない。

「私、マルフォイを殴ってやったわ!」

 鼻息荒くハーマイオニーが言った。

「とうとうやってやった! だって、マルフォイの奴、ハグリッドを泣き虫だってバカにするのよ。もう我慢ならなかった。ハグリッドがどんな思いで過ごしているのかなんて、ちっとも考えないで笑い者にするなんて!」
「殴ったの? 本当に?」
「そうよ。それに、占い学だってやめてやった! トレローニー先生ったら、授業の度にハリーに向かって死神犬グリム死神犬グリム――しかも、“6月の試験は球に関するものだと、運命があたくしに知らせましたの”ですって。なんて素晴らしい予言だこと! 試験の問題を考えるのは自分自身じゃない!」

 一気に捲し立てるハーマイオニーに私はギョッとした。まさか、マルフォイを殴って占い学まで辞めてきたなんて思いもしなかったのだ。すると、ようやく追いついたハリーとロンが息を切らせながら、「本当さ。僕達の目の前でマルフォイの横っ面にパンチをお見舞いしたし、ついさっきトレローニーに啖呵を切って授業の途中で出て行ったんだ」と言った。

「ハーマイオニー、君、今日はなんだか変だよ」

 ロンが未だにぷりぷり怒っているハーマイオニーに言った。

「いろんなことがストレスになってるに違いないよ。宿題も毎晩遅くまでしてるし、控訴の準備だってしてるし――今日だって、マルフォイにパンチくわらせたあと、呪文学の授業にも来なかったじゃないか」
「あれは……だから……少しミスしただけよ。マルフォイのことを考えていたら、頭の中がごちゃごちゃになって、間違えただけなの。元気の出る呪文はこれから練習するわ。フリットウィック先生が試験に出すようなことを仰ったもの……」
「いいや、君はなんでもやり過ぎてる! そもそも、ハーマイオニーだけじゃない。ハリーもクィディッチの練習で毎日大変そうだし、ハナだってここ最近、勉強以外で忙しそうだったじゃないか。君達、ちょっと休む時間が必要だよ。控訴の準備なら、僕が全部引き継ぐ!」

 力強くロンがそう言うと、流石のハーマイオニーも怒りを忘れてロンを見た。ロンの目は真剣そのもので、本気で私達のことを、何よりパンク寸前のハーマイオニーのことを心配しているようだった。

「いいかい? 控訴はハーマイオニーとハナが前回準備してくれたものがあって、ほとんど下地は出来てる。それに僕はクィディッチもしてないし、授業も最低限だ。1番時間がある。適任だ」

 そんなロンのことを、ハーマイオニーは感激したように見つめていた。それを見て私は、ハーマイオニーが恋したのは、ロンのこういうところのなのだろうと思った。ロンは間違えたと思ったらきちんと謝れる人だし、いざって時、とても頼もしく、思いやりのある人なのだ。

「ああ、ロン! 貴方って本当に素晴らしいわ!」
「ロン、私達を気遣ってくれて本当にありがとう……。大変だったらすぐに言ってね。私も時間がある時は必ず手伝うわ」
「僕も最近はハナのお陰で宿題が大分早く終わるようになったし、空いた時間は手伝うよ」
「ウン、僕も調べてて分からない所があると思う。その時は教えて欲しい」

 この日からロンは本当に控訴の準備に関する一切を引き継ぎ、自分の宿題をやっていない時間はヒッポグリフに関する分厚い本に没頭した。そうこうしているうちに日々はバタバタと慌ただしく過ぎていき、事件続きだった春学期は終わりを告げたのだった。