The ghost of Ravenclaw - 180

20. クィディッチの優勝杯



 玄関ホールでの騒ぎは、マルフォイ達が去っていくと次第に収まり、やがていつもの様子を取り戻すと私達もその場をあとにした。ハーマイオニーは当初話していた通り、ハリーとロンに知らせるためにグリフィンドール寮へと戻っていき、私とセドリックはにいつも夕食後に顔を合わせている空き教室に向かうことになった。こっそり話をするのなら、その教室がうってつけなのである。因みにハグリッドの手紙はハーマイオニーに託している。ハリー達も読んだ方がいいと思ったからだ。

「それでマルフォイ達と言い争ってたんだね」

 いつものように扉という扉に施錠をし、廊下から人影が見えないよう、物陰に座り込むと私は先程起こった一部始終をセドリックに話して聞かせた。セドリックはそれら1つ1つに真剣に耳を傾け、マルフォイのハグリッドに対する心ない言葉を聞いた時には傷ついたような表情をした。

「どうしてみんなルシウス・マルフォイの言いなりなのかしら。それじゃあハグリッドが必要以上に萎縮して当然だわ。周りに味方なんていなくてたった1人証言台に立つなんて、恐ろしいもの」
「父さんの話だと、マルフォイ家に支援を受けている有力者はとても多いみたいだよ。マルフォイ家はかなりの資産家だからね。それに、かつて例のあの人の手下だったというのは、イギリスの魔法族ならほとんど誰でも知っている。服従の呪文を掛けられていたと証言して戻ってはきたけどね――でも、当時の惨劇を覚えている人達が報復を恐れるのは必然なのかもしれない」
「そうね、今の魔法界を支えている大人達はそういう闇の時代を生きてきた人達だものね――」

 ヴォルデモートの全盛期は、それはもう恐ろしいものだったと誰もが口にする。毎日誰かが亡くなり、何人もの人々が拷問にかけられ、次々に正気を失っていくような世の中だったのだ。シリウスも以前、「今朝会ったばかりの人が夜には死んでいたなんてことがよくあった」と私とセドリックに話したことがあった。魔法省で働く多くの人々がその時代を生きてきたのだ。ルシウス・マルフォイと対立しようなんて考える人が少ないのは当然の結果なのかもしれない。

「だとしたら、魔法省は本当にバレンのことを有耶無耶にしてしまうかもしれないわね」
「うん、僕もそれは考えたことがある。ただでさえ脱獄犯を捕まえられずに批判を受けているからね。更なる批判は避けたいはずだ」
吸魂鬼ディメンター接吻キスのことも気掛かりだわ。上手く乗り切れるかしら」
「今のところ確実に証拠を集めるしか方法はなさそうだね。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達から何か連絡はあった?」

 セドリックの問い掛けに私は首を横に振った。木曜の夜に厨房に忍び込んで話をしてから数日が経ったけれど、あれから私の洗濯物の中にメモが入っていたことは一度もなかった。まだほんの数日だし、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達にも普段行っている仕事があるので、ワームテールを見つけるまでには時間がかかるのかもしれない。

「いいえ、まだよ。作戦を練りつつ、待つしかないわね。それに、バックビークの件も控訴があるなら、その準備もしないと」
「そんなに背負い込んで大丈夫かい?」
「分からないわ。でも、私、諦めたくない」

 どんなに不安で押しつぶされそうになっても、私は諦めることだけはしたくはなかった。全員を救うだなんてそんな大それたこと、出来るとは思わない。だけど、目の前に助けられるかもしれない命があるなら、私はそれを諦めることだけはしたくはなかった。ジェームズとリリーを助けられなかった時のような想いは二度と味わいたくはない。あんな想い、もうしたくはないし、誰にもさせたくはない。

「じゃあ、約束して欲しい」

 セドリックは私の顔をじっと見つめると、分かったとばかりに頷いて言った。

「何かあったら必ず僕を言うって。いいね?」


 *


 その日の夜、ハグリッドは夜の騎士ナイトバスに乗ってホグワーツに戻ってきた。もちろん、帰ることが許されたバックビークも一緒だったが、処刑を言い渡されたハグリッドの落ち込みようはそれはもうひどいものだった。けれど、シリウスの二度の侵入で厳しくなった安全対策が緩んでいなかったので、そんなハグリッドを励ましに小屋へ行くことは、とても難しかった。

 しかしながら、そんな中でも少なからずいいことがあった。翌日である日曜日の朝、朝食を食べに大広間に下りていくと、ハリー、ロン、ハーマイオニーが3人揃って私のことを待っていてくれて、仲直りしたのだと教えれたのだ。ハーマイオニーが1人でハリーとロンに知らせに行くと言ったので心配していたけれど、仲直りのきっかけというのは思わぬところからやってくるものだ。

「僕達、仲直り出来たんだ」

 私の前に現れた3人は少しだけ照れ臭そうな、それでいて嬉しそうな顔をしていた。特にハリーはロンとハーマイオニーが仲直り出来るかとても心配していたので、仲直り出来たと言う声はここ最近で1番明るい声だった。

「本当に良かったわ。私、ずっと心配していたの」

 心の底からホッとしながら私はニッコリした。ハリーが医務室まで会いにきてくれた日、きっと仲直り出来るとは言ったものの、それでもやっぱり心配だったのだ。それに、間接的にでも仲違いの原因を作ってしまった身としては責任も感じていたので、仲直り出来て本当に良かったと思えた。どうやらハーマイオニーもロンもお互いダメだったところを謝りあって、また話が出来るようになったらしい。すると、

「僕、ハナにも嫌な態度取ってた。僕っていっつもこうなんだ。本当にごめん……」

 ロンが申し訳なさそうにしながら謝ってきて、私は慌てた。ロンが私に謝ることなんて何もないのだ。だって、クルックシャンクスがハーマイオニーの言うことを聞かず、執拗にスキャバーズを狙ったのは、私とシリウスのせいだし、むしろ謝らなければならないのは私の方なのだ。けれども、事情を話せない今は私から謝ることすら出来ない。

「ロン、私、貴方に何もされていないわ」

 言葉を選びつつも私は否定した。

「それに、ペットがいなくなってしまったんだもの。傷ついたり、落ち込むのは当たり前のことだわ――そうだ、今ね、ちょっと捜索を手伝って貰っているの」
「捜索? 何を?」
「スキャバーズよ。食べられていない可能性がある限り、徹底的に探さないと」
「君、スキャバーズが生きてるって思ってるのかい?」
「ええ、そうよ。だって、調べないと分からないわ」

 私の言葉にロンだけでなく、ハリーもハーマイオニーも目を丸くさせて驚いた。それもそのはずだ、これはシリウスとセドリックと話して、ワームテールの足取りを追うための作戦だからだ。そのことをこうして彼らに話したのは、もちろん屋敷しもべ妖精ハウス・エルフに捜索を依頼していることがバレた時の保険の意味もあるけれど、同時に彼らにはワームテールのことを気に掛けて貰わなければ困るからだった。なにせ、私の知っている未来では、シリウスがワームテールを捕まえる時、ロンごと捕まえるのだから。つまり、6月の満月の日、どこかでロンにワームテールを見つけて貰わなければならないのだ。

「君ってスキャバーズが嫌いなのかと思ってた。いつも凄い顔をして見てるじゃないか」

 目をまん丸にさせて、ロンが驚いた声を上げた。そのあまりに素直な言いように、私は思わず苦笑いした。ロンが私に対してもよく思っていなかったのは、ハーマイオニーに味方したこともあるけれど、これまでの私の態度にも問題があったからだろう。ダイアゴン横丁でもそのことでロンを怒らせてしまったし、以前、リーマスにも「考えていることが時々顔に出ている」と言われたことがあるから、かなり怖い顔をしてしまっていたのだろう。これは私のよくないところだ――。

「嫌な思いをさせてごめんなさい、ロン。私、ネズミが嫌いな訳じゃないんだけど、あの、いろいろあって――」

 スキャバーズは本当は動物もどきアニメーガスで、なんて今この場で言えるはずもなく、私は素直に謝罪しつつもどう答えようか迷って口籠った。ハリーもロンもハーマイオニーも、はっきりしない私の言動に訳が分からないとばかりに首を傾げている。そんな彼らに私は、

「いつか理由を教えるわ」

 やっぱりそう言葉を濁して、曖昧に微笑んだ。