The ghost of Ravenclaw - 179

20. クィディッチの優勝杯



 届いたばかりの手紙を握り締め、私とハーマイオニーは急遽ランチを取りやめると、ホグズミードの大通りを引き返した。この時間にホグワーツに戻ろうとする生徒は誰もおらず、ホグズミード駅のすぐそばにある馬車の待機場はガラガラで、帰りの生徒を待つ馬車が停まっているだけだった。そんな待機場へ足早に入って行くと、馬車の1つが進み出て、私達の方へと近付いてきた。すると、

「退け! 僕達が先だ!」

 誰かの怒鳴り声が聞こえて来てかと思うと肩をぐっと掴まれ押し退けられて、私はよろめいた。見れば、何があったのか、泥だらけのマルフォイ、クラッブ、ゴイルの3人が何かから逃げるようにして、私達が乗り込むはずだった馬車に乗り込んでいる。

「ちょっと! 謝りなさい!」

 ハーマイオニーがマルフォイ達をキッと睨みつけて怒鳴った。しかし、マルフォイは蔑むようにこちらを見遣っただけで何も言わず、乗客を乗せた馬車はホグワーツに向けて動き始めた。馬車が去ったあとには、次の馬車がゆっくりとやって来ている。

「何なの、あれ! 押し退けるなんて最低よ!」
「私は大丈夫よ。でも、何があったのかしら? マルフォイ達が泥だらけだったのを見た?」
「ええ。でも、いい気味だわ。バチが当たったのよ」

 フンッと鼻息荒くそういうと、ハーマイオニーはプリプリしながら次の馬車に乗り込んだ。そのあとを追って私も馬車に乗ると、セストラルは何も言わずとも動き出した。予め指示を受けてさえいれば、御者がおらずとも自ら判断して動くのだから、セストラルはかなり頭のいい魔法生物だと思う。M.O.M分類では、XXXXに分類され、危険な生物とされているけれど、見えないことを恐れているのもそこに分類された要因ではないかと思う。彼らが見えなければ、対処出来ないのだから。

 ホグワーツに戻ると、ちょうどお昼の時間帯だった。樫の木の玄関扉を潜り玄関ホールへ入ると、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり、すぐそばにある大広間からは賑やかな声が聞こえている。私達はそんな大広間の前を素通りしていくと、誰もいない教室に入った。廊下にも誰もいないことを確認し、ピッタリとドアを閉めると、額を突き合わせ、ようやく届いた手紙を開いた。



 ハーマイオニーとハナへ

 俺達が負けた。バックビークはホグワーツに連れて帰るのを許された。
 処刑日はこれから決まる。
 ビーキーはロンドンを楽しんだ。
 お前さん達2人が俺達のためにいろいろ助けてくれたことは忘れねえ。

 ハグリッドより



 ハグリッドの手紙はとても読みづらくなっていた。大粒の涙であちこちインクが滲み、文字が歪んでしまっている。私は嫌な予感が当たってしまったことに、言葉もなく手紙を握り締めた。隣では、ハーマイオニーが口許を覆ってポロポロ涙を零している。ハグリッドとバックビークが敗訴したのだ。

 果たして、危険生物処理委員会の何人がまともな判断を下したのだろう。私はそう思わずにはいられなかった。仮にハグリッドが上手く弁護が出来なかったとしても、どんか状況下でマルフォイが負傷したのか理解してさえいれば、いくらなんでも処刑まではならなかったはずだ。そのためにコツコツ準備をして頑張ってきたのに、結果はこの有様だ。

 これは本当にルシウス・マルフォイがそうさせたのだろうか。だとしたら、これから先、公平な裁判が行われる望みなんて薄いに決まっている。だって、たった1人の人間に大勢の人々が屈するような組織だ。それだけの影響力をマルフォイ家が持っているということなのだろうが、こうもあっさり公正さが失われるのなら、これからだってそうだと思えても仕方のないことだった。

 もし、ワームテールの存在を主張したら、魔法省はどんな対応をするだろうか。無事ワームテールを逮捕出来れば話は別だが、そうでなければ、目を背け、真実を隠してしまおうとするかもしれない。なぜなら、ワームテールが生きていて、彼こそが真犯人だと分かったら、魔法省は更なる批判を受けることになるからだ。ただでさえ、脱獄したシリウスを捕まえられずに批判を受けているのに、更なる批判を甘んじて受けようなどと思うはずがない。今までだってその可能性は考え、確実に捕えられるよう行動してきたけれど、今回のことでそれがより現実として突きつけられたような気がした。

 確かに、脅しや批判の言葉は恐ろしいものだ。家庭を持っていれば、家族に何かされるのではないだろうかと怯えてしまっても無理はない。だけど、自分だけ良ければ他の誰かが嫌な思いをしていいなんてことは決してない。もちろん、だからといって家族や大事な人達を危険に晒すべきだなんて思わないけれど、弱者ばかりが理不尽に耐えなければならないなんて、あってはならないのだ。それは、受け入れなければならない「仕方のないこと」なんかではない。

 けれども、ロンやハーマイオニーに十分嫌な思いをさせている私には、こんなこと考える資格すらないのかもしれない。言いようのない思いが胸の奥の方で渦巻くのを感じながら、私はハーマイオニーを見た。シリウスを助けるために、今、私はどれだけハーマイオニーやロンに嫌な思いをさせているだろうか。敗訴の悔しさと申し訳なさと先の見えない戦いに対する不安でどうにかなりそうだった。吸魂鬼ディメンター接吻キスの記事が出て以来、なんだか疑心暗鬼になっているような気がする。最善を尽くすというのは、どうしてこんなにも難しいのだろう。

「ハーマイオニー、まだ控訴があるはずよ」

 嫌な考えを振り払って、私は泣いているハーマイオニーの背中を慰めるように撫でると言った。ここで私が弱気になってハーマイオニーを更に不安にさせるわけにはいかなかった。もしまだ控訴があるなら、少しでも可能性があるなら、それに賭けるしかない。ハーマイオニーは懸命に涙を拭いながら、そんな私の言葉に頷いた。

「ハグリッドが帰ってきたら話を聞いて、また対策を練りましょう。私達、バックビークを助けなきゃ」

 ハーマイオニーが落ち着くのを待ってから、私達は教室をあとにした。お昼を食べていなかったので大広間に行くかどうか迷ったけれど、とても昼食を食べるような気分ではなく、ハーマイオニーはグリフィンドール塔へ、私は図書室に向かうことにした。2人で相談し合って、このことをハリー達や事情を知っているセドリックにも話した方がいいだろうということになったのだ。ハーマイオニーはハリー達とは仲違いをしている最中なので私も付き添おうかと話したのだけれど、ハーマイオニーは結局1人で知らせに行く決意をした。しかし、悪いことというのは重なるものだ。

「――マルフォイ達だわ」

 玄関ホールに出たところで再びマルフォイ、クラッブ、ゴイルの3人に遭遇して私は内心呻いた。寮に戻って着替えてきたのだろう。泥だらけだった顔やローブはすっかり元通りに戻っている。

「君達も知らせを受け取ったのか? 裁判の様子を見れなかったのが残念だよ」

 私達に気付くと、マルフォイはヒラヒラとこれ見よがしに羊皮紙を振りながら言った。彼もまた父親から裁判についての知らせを受け取ったに違いない。マルフォイはすこぶる上機嫌で、いつだったか、怪我をしたフリをしていることに「滑稽だ」と自嘲気味に笑っていた彼の姿はどこにもなかった。そんなマルフォイの後ろではクラッブとゴイルが腕を組んでニヤニヤ顔でこちらを見ている。

「あの毛むくじゃらのウスノロデカが、なんとか自己弁護しようとする姿は滑稽だったろう――ここになんて書いてあるか知りたいか? “舌がもつれてメモをボロボロ落としてしどろもどろで、ひどい有り様だった”と」

 マルフォイが勝ち誇った顔でそういうと、クラッブとゴイルがゲラゲラ笑った。私は今にもマルフォイ達に向かっていこうとするハーマイオニーの腕を抑えながらも、自分が飛びかからないようにするのに必死だった。マルフォイが本当はどう感じているのか、彼の本心がどこにあるのか、今の私には上手く考えられなかった。ただ悔しくて、ハグリッドの力になれなかった自分が不甲斐なくて、私は歯を食いしばった。ハーマイオニーの腕を抑える手に思わず力が入る。

「君達が揃いも揃って手伝いなんかしなければ、あのヒッポグリフもあと数ヶ月は生き延びただろうに」
「やっぱり貴方が父親に告げ口したのね、ミスター・マルフォイ」
「だったら何が悪い? 委員会の人間もヨボヨボばかりだ。父上が取り仕切ってくれて、感謝しているだろう」
「それは公正な裁判とは言えないわ!」

 玄関ホールのど真ん中で私は大声を上げた。そんな私の声に気付いた他の生徒達が、何事だと少しずつ周囲に集まり始めていたけれど、そんなことお構いなしに私は続けた。

「裁判は公正であるべきよ! 脅したり偏見で判決したりするものではないわ!」
「説得力のある証言を行った者の意見が有利に働くのは当然のことだ。恨むなら、しどろもどろになったあのウスノロデカを恨むんだな」

 バカにしたようにマルフォイが言って、玄関ホールに笑い声が響いた。私の隣ではハーマイオニーが怒ったように「ハグリッドはウスノロデカなんかじゃないわ!」と反論していたが、私はすんでのところで怒りを耐えていた。ここで爆発してはいけない。私は年上で、相手は子どもだ。子ども達相手にムキになってはいけない――。

「一体何の騒ぎだい?」

 ぎゅっと拳を握り締めた瞬間、誰かの咎めるような問いかけが聞こえてきて、私達は全員ピタリと動きを止めた。マルフォイ達の笑い声が声なくなった玄関ホールは一瞬しんと静まり返り、誰かが人集りを掻き分けて歩いてくる足音だけが妙に響いている。

「とても仲良く話しているようには見えないけど」

 セドリックだった。セドリックはこちらまで歩いてくると、私達とマルフォイ達の間に立ち、マルフォイ達をじっと見遣った。その胸には監督生バッチがしっかりと留められている。マルフォイはそんなセドリックの顔を見て、それから監督生バッチに視線を移すと苦虫を噛み潰したような顔をした。それから何か反論しようと口を開きかけたが、相手が監督生だと分が悪いと感じたのだろう。

「――クラッブ、ゴイル、行くぞ」

 やがてそう言うと、クラッブとゴイルを引き連れて足早に地下へと下りて行ったのだった。