The ghost of Ravenclaw - 178
20. クィディッチの優勝杯
私の願いを聞いた
とはいえ、無償で引き受けて貰うのは心苦しかったので、お礼に1人1個ずつ、キャンディを配ることになった。本当はどーんと1人1袋あげたかったのだけれど、最初にそれを提案したら、その場にいた全員からお礼を値切られてしまった。彼らは普段お礼をされるなんてことが滅多にないので、お礼を受け取り慣れていないのだ。しかも、お礼に何を渡すのかについても細心の注意を払わなければならないので、
お礼といえば、マートルにも退院早々会いに行った。3階の女子トイレを訪れ、先日のお礼を述べるとマートルは、私の顔をジロジロ見て顔色が悪くないかと確認したあと「それで、どうして彼が一緒じゃないのよ」とひどくガッカリした様子で愚痴を零していた。どうやら、ずっと女子トイレに棲んでいると女の子にしか会わないので、ハンサムに飢えているらしい。トイレをあとにする時には「今度は絶対連れて来なさい!」と言われてしまったほどだった。
そんなこんなで1週間が過ぎていき、とうとうハグリッドがバックビークを連れてロンドンに向かう日がやって来た。バックビークの裁判は土曜日だったが、ロンドンにはバックビークも連れて行くことになっていたので、ハグリッドは前日の夜には
「ハグリッド、これ、弁護する時に役立ててね」
「私達、弁護に有利になりそうなものはすべてメモしたわ。日付と出典、それからどんな内容だったのかまとめてあるの。あと、今回の出来事の時系列を整理したメモも一応作ったわ」
金曜日の最後の授業のあと、私とハーマイオニーは玄関ホールでハグリッドと待ち合わせて、裁判のために大急ぎで作成したメモを手渡した。しかしながらこの日までにハリーとロンがハーマイオニーと仲直りした様子はなく、この場にハリーとロンの姿はなかった。月曜日の夜に話をした限りではハリーは仲直りさせたいようだったが、ロンもハーマイオニーも長い間意地を張り合ってきたので素直になるきっかけが掴めないのだろうと思う。
「ハーマイオニー、ハナ……お前さん達には感謝してもしきれねぇ……俺達のためにこんなにしてくれて……」
私達から受け取ったメモを片手に握り締め、ハグリッドはもう片方の手でその目に浮かんだ涙を拭った。私はそんなハグリッドの腕を励ますように何度か叩いた。
「ハグリッド、頑張って。私達、祈ってるわ」
「バックビークによろしく伝えてね。それから、気を付けて行って帰って来てね」
「ありがとう。結果はふくろう便で知らせる。だから、お前さん達も明日は俺達のことは気にせず、ホグズミードを楽しむんだ。俺はそれが一番嬉しい。いいな?」
私もハーマイオニーも裁判の気掛かりでホグズミードを楽しむどころではなかったが、ハグリッドの言葉にしっかりと頷いた。その方がハグリッドも私達を気にせず裁判に集中出来るだろうと思ったのだ。ハグリッドは私とハーマイオニーの顔を順番に見て納得したように頷くと、最後に念を押した。
「絶対だぞ。でないと俺は2人に申し訳がたたねぇ」
*
バックビークの裁判当日である土曜日は、今年度3回目のホグズミード休暇だった。朝食の席では、ホグズミードへ行くことが許されている3年生以上の生徒達のほとんどがウキウキとした様子で、今日はどこを見て回るかや、どの店でランチを食べるかと相談し合っている。もちろん、私とハーマイオニーもホグズミードへ行くつもりだったが、正直それどころではなかった。
「宿題も手につかないし、ちっともホグズミードを楽しむ気分になれないわ」
セストラルの
今回、セドリックはホグワーツに残ることになっていた。セドリックはいつも掲示が出るより先に誘ってくれるけれど、ハグリッドの裁判もあるし、ハーマイオニーも1人になってしまうことから、気を遣ってくれたのだろう。朝食のあと、ハーマイオニーと2人でセドリックも一緒に行かないかと誘ったのだけれど、彼は「O.W.L試験に向けて勉強をしなきゃいけないんだ。2人で楽しんできて」と話していた。ハーマイオニーも気を遣われたと感じたのか、申し訳なさそうにしながらホグワーツ城を振り返っている。
「貴方もセドリックと一緒が良かったでしょう?」
「そんなことないわ。貴方とじゃなきゃ行けないようなお店にだって行くことが出来るもの。ねえ、折角だからまだ入ったことのないお店に入るのはどう? グラドラグス魔法ファッション店で服を見たり」
「じゃあ、次のデートのために、そこでとびきり素敵な服を買いましょう。それでそのあとは、セドリックにバレンタインの贈り物を買うの。そうよ、それがいいわ! それなら私、やる気も出るわ!」
突然やる気を出すと、ハーマイオニーは張り切ってようやく順番が回って来た馬車に乗り込んだ。私はこんなに元気が良さそうなハーマイオニーは久し振りで嬉しいのと、セドリックにバレンタインの贈り物を買うのが気恥ずかしいのとで、あわあわしながらハーマイオニーのあとに続いて馬車に乗り込んだ。馬車は私達以外にも上級生の男の子4人と一緒で、彼らは4人でホグズミードを回るのか和気あいあいと話していた。
ホグズミードに到着すると、私は大張り切りのハーマイオニーに連れられてグラドラグス魔法ファッション店へと向かった。このお店はもちろん男の子向けのものも置いてあるけれど、圧倒的に女の子向けの服が多く、店内は女の子達で賑わっている。服はカジュアルなものもあれば、ガーリーなものもあるし、奥の方にはクラシカルな雰囲気のものも置かれていた。私が現在持っている服の多くはリリーが選んでくれたものだけれど、リリーもこういうお店で選んでくれたのだろうか。私は店内をキョロキョロ見渡しながら思った。
「ハナに似合いそうな服がたくさんあるわ! 彼ってどんな服装が好みかしら。でも、ハナが着るならやっぱりカジュアルなものより綺麗めなファッションが良さそう。ブラウスに春らしい色合いのカーディガンとスカートとか――私、ファッションには詳しくないんだけど、同室のラベンダーとパーバティがよく話をしているから、少し覚えたの」
そう言って、ハーマイオニーは次々に服を手に取り私に当てながら、あーでもないこーでもないと選び始めた。私はハーマイオニーの気晴らしになるならと、思う存分付き合って、選んでくれた服のいくつかを試着したり、時にはハーマイオニーに似合いそうな服を見繕ったりした。
40分後、私達はお互い服を1着ずつ購入して店を出た。私はハーマイオニーが選んだ服を、ハーマイオニーは私が選んだ服をそれぞれ購入したのだ。ハーマイオニーはショッピングバッグに入れられた服を大事そうに抱えて「私、友達とこういうことしたのはじめて」と嬉しそうに笑った。
グラドラグス魔法ファッション店のあとは、バットワーシー雑貨店に向かった。クリスマス休暇前にグリーティング・カードや魔法のリボンを購入したあのお店である。店内に入ると、中はクリスマスから一転、ピンクのハートに溢れたバレンタイン仕様に様変わりし、バレンタイン・カードや贈り物のコーナーが特設されていた。そのコーナーの辺りには男の子も女の子も同じくらいいて、みんなカードや贈り物を吟味している。
「カードだけでも選びましょう! きっと喜ぶわ!」
グイグイ私の手を引っ張りバレンタインの特設コーナーへ向かいながらハーマイオニーが言った。カードはいろんな種類のものがあって、女の子向けの可愛らしいデザインもあれば、シックなものもあるし、性別を選ばないシンプルなものもあった。カードは日本でもよく見かける2つ折りのもので、大きさは折りたたんだ状態でもポストカードくらいあるものばかりだ。こちらでは、バレンタインやクリスマスなど、メッセージを書いてカードを送り合う文化が根付いているので、小さなカードは少なく、大きいカードが主流なのだ。
「じゃあ、ハーマイオニーにも選ぶわ」
「本当? なら、私もハナに選ぶわ。バレンタインの日に交換しましょう!」
たっぷり20分ほど掛けて、私達はバレンタイン・カードを選んだ。ハーマイオニーはセドリックに送るカードを選ぶのを手伝ってくれたけれど、私にどんなカードを送るのかは見せてくれなかった。なので、私もハーマイオニーに送るカードはこっそり選び、購入した。
お昼にはまだ時間があったので、次はハニーデュークスに向かった。
そんなこんなでハニーデュークスではお菓子をたっぷり買い込んだ。ハーマイオニーも私ほどではないけれど、いくつかのお菓子を購入して、バレンタインだから両親に送るのだと話した。クリスマスの時に送った歯みがき糸楊枝型ミント菓子をとても気に入ってくれたので、今回もそれを送るのだそうだ。
「そろそろランチの時間ね。ハーマイオニー、どこで食べましょうか?」
「三本の箒もいいけれど、行ったことがないお店で食べるのも素敵かもしれないわ」
「いいわね。そうしましょう!」
ハニーデュークスを出るとちょうどお昼だった。私達はまだお互いに入ったことのないお店に向かうことにして、多くの生徒達が行き交う大通りを歩いた。すると、
「見て、ふくろうよ!」
南の空から1羽のふくろうが飛んでくるのが見えて、私は声を上げた。ふくろうは私とハーマイオニー目掛けて一直線に飛んで来て、私が反射的に手を差し出すと、そこにポトリと手紙を落とし、Uターンしてまた南の空へと飛んでいった。速達専用のふくろうだろうか。大きくて体力のありそうな凛々しいふくろうだった。
手のひらにのせられた手紙は、空を飛んできたというのにほんのり湿っていた。それだけで、誰からの手紙か分かって、私は固い表情でハーマイオニーを見た。ハーマイオニーも誰からの手紙か分かったのだろう――怯えた表情で手紙を見ている。
「ハーマイオニー、ホグワーツに戻りましょう」
この場で手紙を見ない方がいい気がして、私は言った。
「それから手紙を読んだ方がいいわ」
どうか、杞憂でありますように。私は心からそう願いながら、ギュッと手紙を握り締めた。