The ghost of Ravenclaw - 175

19. 早まった裁判

――Harry――



 ゾンコの買い物袋に入った糞爆弾、しゃっくり飴、カエル卵石鹸、鼻食いつきティーカップ、それから忍びの地図――ハリーはポケットに入れていたそれらを順番にスネイプの事務机の上に出しながら、これから自分は一体どうなるのだろうと恐怖した。スネイプは忍びの地図に興味を示すだろうか? もし気付いたらどうなるだろう? けど、地図はきちんと白紙に戻されていて、ただの羊皮紙の切れ端になっている。スネイプが気付くはずがない――。

 ハリーの考え通り、スネイプは忍びの地図でなく、真っ先にゾンコの買い物袋に興味を示した。そこでハリーは、以前ロンがホグズミードに行った時に持ってきてくれたことにした。事前にロンと示し合わすことが出来なかったのだけが気掛かりだったが、今はそう言い訳するしかなかった。スネイプはハリーの言い訳をまったく信用していない口振りで「ほう? それ以来ずっと持ち歩いていたというわけだ。なんとも泣かせてくれますな……」と言った。

 次にスネイプが目をつけたのは、忍びの地図だった。ハリーは「どうかスネイプが深く追求しませんように。使い方がバレませんように」と心の中で懸命に祈りながら、「それはただの羊皮紙の切れ端でたまたま入ったままになっていただけです」という顔を装った。しかしスネイプはまたしてもハリーの主張を信用してはいなかった。

「こんな古ぼけた切れっ端、当然君には必要ないだろう?」

 スネイプは忍びの地図を持ち上げると、まるでハリーの気持ちを見透かしているかのように言った。ハリーはそれでも懸命に平静を保とうとしていたが、

「我輩が――捨ててもかまわんな?」

 あろうことかその手をスーッと暖炉の方へ動かすものだから、大いに慌てた。悪戯グッズを取り上げられてもまた買い直せばいいだけだが、忍びの地図は燃やされてしまったらもう二度と手に入らない。地図は他にはどこにも売っていない代物なのだ。

「やめて!」

 ハリーは叫んだ。その反応に、スネイプは嬉々としてハリーを見つめた。暗く冷たい目がいつになく輝いている。

「ほう!」

 スネイプは興味深そうな声を出した。

「これもまたウィーズリー君からの大切な贈り物ですかな? それとも――何か別物かね? もしや、手紙かね? 透明インクで書かれたとか? それとも――吸魂鬼ディメンターのそばを通らずにホグズミードに行く案内書か? なるほど、なるほど……」

 スネイプはブツブツ言いながら杖を取り出すと、地図を事務机の上に広げた。ハリーは一体何をするのかとハラハラしながら見守っていると、スネイプが杖先を羊皮紙に向けて唱えた。

「汝の秘密を顕せ!」

 しかし、何事も起こらない。万事休すだ。スネイプは鋭く地図を杖で突きながら唱えた。

「正体を現せ!」

 しかし、やっぱり何事も起こらない。ハリーはバクバクしてどうにかなりそうな心臓を落ち着かせるために深呼吸した。スネイプはイライラした様子で地図を叩いている。

「ホグワーツ校教師、セブルス・スネイプ教授が汝に命ず。汝の隠せし情報をさし出すべし!」

 すると、今度は何事かが起こった。けれども、忍びの地図が姿を現した訳ではなかった。まるで、あのリドルの日記帳のように、白紙だった地図の表面にスルスルと文字が浮かび上がってきたのだ。



 私、ミスター・ムーニーからスネイプ教授にご挨拶申し上げる。他人事に対する異常なお節介はお控えくださるよう、切にお願いいたす次第。



 スネイプは口の端を引くつかせ、ハリーは唖然として文字を見つめた。これは一体どういうことだろう? ハリーが文字を見つめていると、そのすぐ下にまた次の文字が現れた。



 私、ミスター・プロングズもミスター・ムーニーに同意し、更に、申し上げる。スネイプ教授は碌でもない、嫌なやつだ。



 最初は唖然としていたハリーもこれには、おかしくて吹き出しそうになった。けれどもこの状況で吹き出すわけにはいかない。ハリーがグッと堪えていると、更に文字は続いた。



 私、ミスター・パッドフットは、かくも愚かしき者が教授になれたことに、驚きの意を記すものである。



 スネイプの眉間に深い皺が出来たのをハリーははっきりと見た。明らかに怒っている。ハリーは堪えていた笑いが一気に引いていくのを感じた。しかし、文字まだ続いている。



 私、ミスター・ワームテールがスネイプ教授にお別れを申し上げ、その薄汚いどろどろ頭を洗うようご忠告申し上げる。



 これがどうやら最後の文字のようだった。続きが現れないことが分かるとスネイプは、一言「片をつけよう……」と言って、暖炉に向かって大股に歩いて行った。そして、暖炉の上に置かれたキラキラする粉をひと握り掴み取ると、勢いよく炎の中に投げ入れ、叫んだ。

「ルーピン! 話がある!」

 スネイプが何をしたのかさっぱり分からないまま、ハリーは暖炉を見つめた。粉が振り掛けられた暖炉の中で、炎がボッと燃え上がり、少しの間ののち、何か大きな姿が急回転しながら現れた。割と真新しいローブとそれにそぐわない草臥くたびれた服――ルーピン先生だった。どうやら、先生達はホグワーツ内を暖炉で移動出来るらしい。

「セブルス、呼んだかい?」

 ローブについた灰を落としながら、ルーピン先生が穏やかな口調で言った。

「いかにも――」

 一方スネイプの方は鬼のような形相だ。

「今しがた、ポッターにポケットの中身を出すように言ったところ、こんな物を持っていた」

 スネイプが事務机に広げられたままの地図を指差すと、ルーピン先生がそちらに視線を移し、そして、なんだか奇妙な表情を浮かべた。驚いてるようにも見えるし、面白がっているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える、感情のうかがい知れない表情だった。地図には未だにムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの言葉が光っている。

「それで?」

 地図を見つめ続けているルーピン先生に、スネイプが返事を急かすように言った。ハリーにはどうしてだか、ルーピン先生がこの沈黙の間に上手い言い訳を考えているような気がした。

「それで?」

 再びスネイプが急かした。

「この羊皮紙にはまさに闇の魔術が詰め込まれている。ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。ポッターがどこでこんな物を手に入れたと思うかね ?」

 スネイプがそう言うと、ルーピン先生はようやく地図から視線を外し顔を上げた。そうして一瞬だけハリーの方を見たが、その時のルーピン先生の目がなぜか、ハリーに黙っているように、と言っているような気がした。

「闇の魔術が詰まっている?」

 ルーピン先生が驚いたように繰り返した。

「セブルス、本当にそう思うのかい? 私が見るところ、無理に読もうとする者を侮辱するだけの羊皮紙にすぎないように見えるが。子供だましだが、決して危険じゃないだろう? ハリーは悪戯専門店で手に入れたのだと思うよ――」

 しかし、スネイプは尚も疑わしげだ。

「そうかね? 悪戯専門店でこんな物をポッターに売ると、そう言うのかね? むしろ、直接に制作者から・・・・・・・・入手した可能性が高いとは思わんのか?」
「ミスター・ワームテールとか、この連中の誰かからという意味か?」

 スネイプの言わんとしていることが分からないとばかりにルーピン先生が言った。ハリーもどうしてスネイプが地図のことを闇の魔術が詰まってるだのと言い出したのかさっぱり分からなかった。地図に侮辱されたことが相当お気に召さなかっただけだろうか。それとも、違う理由があるのだろうか――。

「ハリー、この中に誰か知っている人はいるかい?」

 ハリーが考えているとルーピン先生が訊いた。

「いいえ」

 すぐさまハリーが答えると、ルーピン先生はほら見たことか! と言わんばかりにスネイプを見た。けれどもハリーにはそれが、まるで謀りが上手くいった悪戯っ子がニヤッと笑うのを我慢しているように見えた。

「セブルス、聞いただろう? 私にはゾンコの商品のように見えるがね――」

 すると、そこにタイミングよくロンが飛び込んできた。ホグズミードからここまで走ってきたのだろう。息が上がり、ぜーぜーいっている。ロンはスネイプの事務机の真ん前まで来ると、胸を押さえながら、途切れ途切れに喋った。

「それ――僕が――ハリーに――あげたんです。ゾンコで――随分前に――それを――買いました……」
「ほら!」

 その証言を待ってましたとばかりにルーピン先生は手をポンと叩くと、機嫌よく周りを見回した。

「どうやらこれではっきりした! セブルス、これは私が引き取ろう。いいね?」