The ghost of Ravenclaw - 174

19. 早まった裁判

――Harry――



 絶望的な気分でハリーは一目散に城に戻った。
 坂を駆け下りてハニーデュークスに舞い戻り、カウンターの裏から階段を下りて地下室にある床の隠し扉を潜り抜け、透明マントを脱いで小脇に抱えると、ハリーは無我夢中で走った。マルフォイは自分が見たものが本物のハリーの顔だと信じるだろうか? もし仮にマルフォイがありのままを話したとして、誰か――透明マントを知っているダンブルドア以外で――間に受ける人はいるだろうか?

 トンネルはあまりにも長く、デコボコとした地面は走りづらかったが、ハリーは全速力で走った。息が上がり、脇腹も刺すように痛んだけれど、ハリーは速度を緩めなかった。マルフォイの方が先に戻っているだろうが、せめてマルフォイが先生を探し、事情を説明している間に戻っていなければならなかったからだ。もし戻れずにハリーが城のどこにもいないと知れたらどうなるか――ハリーはそのことを考えて、ホグワーツまでとにかく急いだ。

 隻眼の魔女像の前の急な下り坂の手前までやってくると、ハリーは透明マントをトンネルの中に隠すことにした。マントを持っていたら、それ自体が、ハリーが本当に叫びの屋敷にいたという動かぬ証拠となってしまうからだ。そうしてハリーは小脇に抱えていたマントを薄暗い片隅に隠すと、壁に据え付けてある手摺を伝いながら、出来るだけ急いで坂を上り始めた。ハリーは最早汗だくだったが、構わず上り、そうして魔女像の背中のコブの内側に着くと、杖で軽く叩いて開き、4階の廊下に出た。

「さてと」

 魔女像の陰から飛び出し、背後でコブが閉まった途端、廊下の角からスネイプが現れた。黒いローブの裾を翻し、素早くハリーに近付いてきたスネイプの顔は、とうとう動かぬ証拠を掴んだぞ、と言いたげに歪んでいる。ハリーは何食わぬ顔を装いながらスネイプを見据えた。タッチの差だった――コブが開いているのは見られていないはずだ。けれども、顔中から汗が噴き出しているし、手も泥だらけである。ハリーは気付かれないようにポケットに手を突っ込んだが、スネイプの冷たい目はそれを逃すまいとしているかのようだった。

「ポッター、一緒に来たまえ」

 ハリーは言われた通りスネイプのあとに続いて歩いた。いくつかの階段を下り、廊下を進み、玄関ホールにある大理石の階段の横からまた階段を下り、地下牢教室へと進んでいくと、そのすぐそばにあるスネイプの研究室に入った。ハリーは去年、一度だけここに来たことがあったが、その時も今日みたいにひどく面倒なことが起こったあとだった。1年振りに訪れた研究室には気味の悪いヌメヌメした物の瓶詰めがいくつか増えていた。

「座りたまえ」

 事務机の目の前にある椅子を顎で指し示して、スネイプが言った。ハリーはこれまた言われた通り大人しく従ったが、スネイプはその場に立ったままハリーを見下ろしていた。その背後で気味の悪いヌメヌメ達が暖炉の火を受けてギラギラ光り、スネイプの威圧的な態度を引き立てるのに一役買っていた。

「ポッター、マルフォイ君がたった今、我輩に奇妙な話をしてくれた。その話によれば、叫びの屋敷まで登っていったところ、ウィーズリーに出会ったそうだ――1人でいたらしい」

 ねっとりとまとわりつくような声音でスネイプは言った。スネイプの目も、ハリーの悪事を暴いてやろうとじっとハリーを見つめている。逸らしたら白状しているようなものだ――ハリーはなるべく瞬きをせず、スネイプの目をしっかりと見据えた。

「マルフォイ君の言うには、ウィーズリーと立ち話をしていたら、大きな泥の塊が飛んできて、頭の後ろに当たったそうだ。そのようなことがどうやって起こりうるか、お分かりかな?」
「僕、分かりません。先生」
「マルフォイ君はそこで異常な幻を見たと言う。それが何であったのか、ポッター、想像がつくかな?」
「いいえ」
「ポッター、君の首だった。空中に浮かんでいた」

 ハリーは一貫して知らぬ存ぜぬを貫いた。そんなことは何も知らないという表情を取り繕い、「マルフォイは幻覚が見えたのだ」とか「ずっとグリフィンドール塔にいた」と主張したが、スネイプがマルフォイの意見よりハリーの意見を信じるなんてことがあるはずがなかった。更には「証人がいるのか?」と聞かれては何も答えられない。とうとうハリーが何も言えず黙り込むと、スネイプは恐ろしい笑みを浮かべた。

「魔法大臣はじめ、誰もかれもが、有名人のハリー・ポッターをシリウス・ブラックから護ろうとしてきた。しかるに、有名なハリー・ポッターは自分自身が法律だとお考えのようだ。一般の輩は、ハリー・ポッターの安全のために勝手に心配すればよい! 有名人ハリー・ポッターは好きなところへ出掛けて、その結果どうなるかなぞ、おかまいなしというわけだ」

 スネイプが挑発して白状させようとしているのだと、ハリーにははっきりと分かっていた。そもそも、スネイプはハリーがホグズミードにいたという決定的な証拠を持っていないからこそ白状させたいのだ。だったら、白状しなければいい。ハリーは決してその手に乗るものかと口を引き結んだが、スネイプがその状況をよしとするはずがなかった。

「ポッター、なんと君の父親に恐ろしくそっくりなことよ」

 スネイプは突然話を変えた。父親の話が出たことにハリーは思わず反応しそうになったが、なんとか口を開くのを耐えた。ハリーを怒らせようとしているのは明白だ。その手には乗るものか――。

「君の父親もひどく傲慢だった。少しばかりクィディッチの才能があるからといって、自分が他の者より抜きん出た存在だと考えていたようだ。仲間や取り巻きを連れて威張りくさって歩き……瓜二つで薄気味悪いことよ」

 ハリーの父親とスネイプが犬猿の仲だったことは、既にダンブルドアから聞いていたことだった。2人は、今でいう、ハリーとマルフォイのような関係だったらしい。だからこそ、スネイプは父親にそっくりなハリーのことが気に入らず、何かと嫌がらせまがいのことをしてくるのだ。けれども、そうとは分かっていても、いざスネイプの口から父親の悪口を聞かされると、ハリーは腹が立って仕方がなかった。

「父さんは威張って歩いたりしなかった。僕だってそんなことしない」

 とうとうハリーは言い返した。すると、スネイプはまんまと引っかかったとばかりに底意地の悪い笑みを浮かべ、続けた。

「君の父親も規則を歯牙にもかけなかった。規則なぞ、つまらん輩のもので、クィディッチ杯の優勝者のものではないと。甚だしい思い上がりの……」
「黙れ!」

 腹が立って仕方がなくて、ハリーは怒鳴りながら立ち上がった。あのマージおばさんを膨らませ、プリベット通りをあとにした夜のような激しい怒りが、ハリーの中を駆け巡っていた。スネイプの目が危険な輝きを帯びようが、もう構うものか。父さんを侮辱するなんて、許されるはずがない――。

「我輩に向かって、何と言ったのかね。ポッター?」
「黙れって言ったんだ、父さんのことで」

 ハリーは怒りを剥き出しにしてスネイプに食ってかかった。

「僕は本当のことを知ってるんだ。いいですか? 父さんは貴方の命を救ったんだ! ダンブルドアが教えてくれた! 父さんがいなきゃ、貴方はここにこうしていることさえ出来なかったんだ!」

 思い出したくもない過去を指摘されると、スネイプの土気色の顔は憎しみで更に顔色が悪くなった。ハリーをこれでもかと睨みつけると、スネイプは言う。

「それで、校長は、君の父親がどういう状況で我輩の命を救ったのかも教えてくれたのかね? それとも、校長は、詳細なる話が、大切なポッターの繊細なお耳にはあまりに不快だと思し召したかな?」

 これにはハリーも再び黙るしかなかった。ハリーは実際にどんなことが起こったのか詳しく知らなかったからだ。知らないことを認めないためには黙り込むしかなかった。しかし、スネイプはそんなハリーの心の内を見透かしているようだった。

「君が間違った父親像を抱いたままこの場を立ち去ると思うと、ポッター、虫酸が走る。我輩が許さん。輝かしい英雄的行為でも想像していたのかね? なればご訂正申し上げよう――」

 スネイプは怒りと憎しみと嘲笑が入り混じったような表情をして言った。

「君の聖人君子の父上は、仲間と一緒に我輩にも大いに楽しい悪戯を仕掛けてくださった。それが我輩を死に至らしめるようなものだったが、君の父親が土壇場で弱気になった。君の父親の行為のどこが勇敢なものか。我輩の命を救うと同時に、自分の命運も救ったわけだ。あの悪戯が成功していたら、あいつはホグワーツを追放されていたはずだ。そもそも、君の父親の仲間だったレイブンクローの女生徒が退学に追いやられた時、一緒に追い出されさえしていれば、こんなことにはならなかったのだ。さしずめ、その時にも、その女生徒を犠牲にして自分達だけ助かったのだろう」

 そんなはずはない。父さんはそんなことをする人じゃない――ハリーはスネイプに言い返したくて仕方なかった。だって、ダンブルドアはそんなこと話していなかった。スネイプが父さんのことを気に入らないからデタラメを言っているだけだ。レイブンクローの女生徒が退学になったという話も作り話に決まっている――しかし、ハリーが言い返すより先に、スネイプが再び口を開いた。

「ポッター、ポケットを引っくり返したまえ!」

 ハリーはすぐには動けなかった。ポケットの中にはゾンコで買ったばかりの悪戯グッズが入っていたし、それに何より、忍びの地図が入っている。もし、スネイプに地図の存在を知られてしまったら、どうなるだろう? そうしたら、1人ホグズミードに行けないハリーを元気付けようと地図を譲ってくれたフレッドとジョージにまで迷惑をかけてしまうかもしれない。ハリーは最悪の事態を考えて、凍りついた。

「ポケットを引っくり返したまえ。それともまっすぐ校長のところへ行きたいのか! ポッター、ポケットを裏返すんだ!」

 ハリーは抵抗しようとしたが、それもほんの数秒だった。ダンブルドアにまで話がいけば、ハリーのしたことはすべてバレてしまうだろう――。そう考えると、ハリーはとうとう自分のポケットの中身を取り出したのだった。