The ghost of Ravenclaw - 171

19. 早まった裁判

――Harry――



 ハグリッドからの誘いにロンはその日1日「きっとブラックのことが聞きたいんだ!」と大張り切りだった。土曜の夜、一体どんなことが自分の身に起こったのか話したくてたまらない様子で、ハリーはそんなロンと共に約束の午後6時になると談話室を出て玄関ホールに下りた。玄関ホールでは、もう既にハグリッドが2人のことを待ってくれていて、朝手紙を貰ってからというもの四六時中ウズウズとしてたロンが、待ってましたとばかりに口を開いた。

「任しといてよ、ハグリッド。土曜日の夜のことを聞きたいんだろ? ね?」

 だが、ロンの当ては完全に外れていた。当然といえば当然なのだが、ハグリッドはホグワーツで森番をしているし、魔法生物飼育学の先生でもあるので、ブラック侵入の件は既に全部聞いてしまっていたのだ。だったら、本当にお茶がしたかっただけなのかもしれない。期待を裏切られ、ガックリと肩を落とすロンの隣でハリーはそんな風に考えたが、2人を校庭へと連れ出すハグリッドの表情はいつになく固く、口数も少なかった。

 なんだか様子が変だと思いつつ、ハリーとロンはハグリッドのあとに続き校庭へ出て、禁じられた森の手前にあるハグリッドの小屋に向かった。小屋に入ってまず目に入ったのが、バックビークだった。バックビークはハグリッドのベッドの上に寝そべり、大皿に盛られた死んだイタチのご馳走に舌鼓を打っているところで、ハリーはあまりの生々しさにすぐさま目を逸らした。

 次に目に入ってきたのは、毛がモコモコとした巨大な茶色の背広と、真っ黄色とオレンジ色をしたひどく野暮ったいネクタイだった。どうやら近いうちにそれを着る機会があるらしく、箪笥の前に掛けられている。

「ハグリッド、これ、いつ着るの?」

 不思議に思って、ハリーは訊ねた。すると、

「バックビークが危険生物処理委員会の裁判にかけられる。金曜日に、俺と2人でロンドンに行く。夜の騎士ナイトバスにベッドをふたっつ予約した……」

 ハグリッドがそう答えて、ハリーはブラッジャーが後頭部に思いっきり直撃したような気分になった。それもそのはずだ。クリスマス休暇の前半、あんなに図書室に通い詰めていたというのに、ファイアボルトという超高級箒が目の前に飛び込んできた衝撃で、2人共バックビークの裁判の手伝いをするという約束がすっぽり抜け落ちてしまっていたのだから。

 どうしてこんなに大事なことを忘れてしまっていたのか、ハリーは自分で自分が信じられない思いがした。しかも、理事会から届いた手紙を見せて貰っていたというのに、裁判の日がいつだったのかも思い出せない。隣を見ると、ロンの方もバツの悪そうな顔をしていて、どうやらハリーと同じくバックビークの弁護の手伝いをすっかり忘れてしまっていたのだと分かった。

 しかし、ハグリッドはそのことを特に責めたりはしなかった。2人のために紅茶を淹れくれて、お手製のバースバン――ミルク入りの甘くて丸いパンの上に干しぶどうや大粒の砂糖を乗せたもの――まで勧めてくれた。とんでもなく固いロックケーキなど、ハグリッドの料理を十分経験済みだったハリーとロンはバースバンを食べるのは遠慮したものの、ハグリッドの気遣いにますます居心地が悪くなった。

「2人に話してえことがあってな」

 全員に紅茶が行き渡ると、ハリーとロンは椅子に腰掛け、その間にハグリッドが座った。ハグリッドは柄にもなく真剣な表情をしている。

「なんなの?」

 ハリーが恐る恐る訊ねた。

「まずはハーマイオニーのことだ」

 ハリーとロンの顔を交互に見て、ハグリッドが言った。

「あの子は随分気が動転しとる。クリスマスから、ハーマイオニーはよーくここに来た。寂しかったんだな。最初はファイアボルトのことで、お前さんらはあの子と口を利かんようになった。今度はあの子の猫が――」
「スキャバーズを食ったんだ!」
「あの子の猫が猫らしく振舞ったからっちゅうてだ」

 怒って口を挟んだロンにハグリッドは粘り強く続けた。

「しょっちゅう泣いとったぞ。今、あの子は大変な思いをしちょる。手に負えんぐれぇ、いっぺー背負い込みすぎちまったんだな、ウン。勉強をあんなにたーくさん。そんなハーマイオニーを心配して、ハナがよーくフォローしちょった。一緒にいて話を聞いてやったり、泣いてたら慰めてやったり、勉強に根詰め過ぎてたら気晴らしに外に連れ出したり……。ハナがおらんかったら、ハーマイオニーはとっくに押し潰されちょった」
「ハナがハーマイオニーと一緒にいるのは、スキャバーズなんてどうでもいいからだ」

 またロンが口を挟んだ。

「ハグリッドはハナがいつもどんな目でスキャバーズを見ているか知らないんだ。きっと、クルックシャンクスによくやったって言ってるに違いないよ――」
「ハナはそんな子じゃねえ」

 とんでもないとばかりにハグリッドが言った。

「もしそんな子だったら、倒れて医務室に運ばれるまで、いろんなことを思い悩んで抱え込むはずがねぇ……」
「運ばれた?」

 今度はハリーが口を挟んだ。

「ハナが倒れて医務室に運ばれたってどういうことなの?」
「そのまんまだ。ちょっとした腹痛だって言うとったが、昨日入院して今もまだ入院しちょる。あれはちょっとした腹痛なんかじゃねぇ。きっと無理し過ぎたんだな……。俺が頼りにし過ぎちまった……」
「そんな、僕達、なんにも――」
「ハナは余計な心配を掛けたくなかったんだな。そんで、ほとんどの人が今日入院のことを知った。ハーマイオニーはハッフルパフのセドリック・ディゴリーから聞いて、俺はハーマイオニーから聞かされた……」

 そこでハリーは、今朝、大広間でハーマイオニーとセドリックが話していたことを思い出した。きっと、あの時ハナのことを話していたに違いない――ハリーはそう思った。セドリックは、このところハーマイオニーがハナと一緒にいることが多いことを知っているから、事情を話したのだろう。その時、ハリーとロンが以前のようにハーマイオニーと仲良く出来ていたなら、きっと大急ぎでハリー達にも教えてくれただろうが、ハリー達は今ハーマイオニーと碌に口も利いていない。ハリー達に話が来なかったのは、そういう理由からだろう。

「ハーマイオニーもハナも大変だったが、そんでも2人は時間を見っけて、バックビークの裁判の手伝いをしてくれた。ええか……2人共、俺のために、ほんとに役立つやつを見っけてくれた……バックビークは今度は勝ち目があると思うぞ……」

 ハリーはハナの入院を知らされなかったことにショックを受けるのと同時に、申し訳なさで胸が押し潰されるかのようだった。学年一の秀才2人を前にハリー達が手伝えることなんて、ほんの少ししかないかもしれない。けれど、それでも、ハリー達が約束を忘れずに手伝ってさえいれば、ハーマイオニーもハナも、こんなに大変な思いをしなくて済んだのだ。もしかしたら、ハナが入院することだってなかったかもしれない。

「ハグリッド、僕達も手伝うべきだったのに――ごめんなさい――」
「お前さんを責めている訳じゃねえ!」

 心苦しくてたまらなくなってハリーが謝ると、ハグリッドは慌てて手を振ってそれを制した。

「お前さんにも、やることがたくさんあったのは、俺もよーくわかっちょる。お前さんが四六時中クィディッチの練習をしてたのを俺は見ちょった――ただ、これだけは言わにゃなんねえ。お前さんら2人なら、箒やネズミより友達のほうを大切にすると、俺はそう思っとったぞ。言いてえのはそれだけだ」

 ハリーとロンは、お互い気まずげに目を合わせた。

「心底心配しちょったぞ、ハーマイオニーは。ロン、お前さんが危うくブラックに刺されそうになった時にな。ハーマイオニーの心は真っ直ぐだ。あの子はな。だのに、お前さんら2人は、あの子に口も利かん――」
「ハーマイオニーがあの猫をどっかにやってくれたら、僕、また口を利くのに」

 ロンがどこか拗ねたように言った。心底心配していたというハーマイオニーに対して気まずい思いはあるものの、スキャバーズの件を思うとどうしても譲れないところがあるのだろう。ハグリッドはハーマイオニーやハナを心配するあまり「箒やネズミより」と話したが、箒はともかく、そのネズミはロンのペットだったのだ。ロンにとってスキャバーズはただのネズミではなく家族同然なのだから、許せないと思うのも無理はなかった。そしてハリーは真相はどうあれ、落ち込んでいるロンをどうしても放ってはおけなかった。

「ハーマイオニーは頑固に猫をかばってるんだ ! あの猫は狂ってる。なのに、ハーマイオニーは猫の悪口はまるで受けつけないんだ」
「ああ、ウン」

 ロンの主張にハグリッドもなにか悟ったように頷いた。その後ろでは、バックビークがイタチの骨を数本ペッと吐き出している。

「ペットのこととなると、みんなチイッとバカになるからな」