The ghost of Ravenclaw - 170

19. 早まった裁判

――Harry――



 グリフィンドール塔にシリウス・ブラックが侵入した翌日、ホグワーツは厳戒態勢が敷かれた。フリットウィック先生は扉という扉にブラックの大きな写真を貼り付けて生徒達に人相――ロンは「僕が見たブラックはこれより随分健康的だったけどな」と言った――を覚え込ませようとしていたし、管理人のフィルチはどう考えてもブラックが通りそうにない小さな隙間にすら板を打ちつけていた。

 カドガン卿は即刻クビになった。怒り心頭のマクゴナガル先生により元いた8階の寂しい踊り場に戻され、代わりにグリフィンドールの門番には太った婦人レディが帰って来た。婦人レディは見事に修復されていたけれど、心に負った傷までは修復出来なかった。事件以降かなり神経質になり、なかなか復帰したがらなかったのだ。結局、護衛をつけることで婦人レディようやく職場復帰を承知した。

 その婦人レディの護衛には無愛想なトロールが数人雇われた。トロールはペアになって廊下を行ったり来たりして辺りを威嚇し、ブーブー唸りながら互いの棍棒の太さを競い合ったりするので、当然グリフィンドール生からは不評だったが、こればかりはどうしようもなかった。

 ハリーはトロールが廊下を彷徨うろついているよりも、フィルチが把握していない抜け道があることが気になっていた。4階の隻眼の魔女像にあるその抜け道を知っているのは、ハリーに忍びの地図をくれたフレッドとジョージ、彼らに抜け道を教えて貰っていたハナ、それからハリー、ロン、ハーマイオニーの6人しかいない。けれど、その6人以外に誰も知らないとは言えなかった。もしかするとブラックはその抜け道を使って城の中に入って来たかもしれないのだ。

 抜け道があることを誰かに教えるべきか、ハリーは随分悩んだ。なぜなら今回は前回とは違い、寝室まで入って来て、実際ロンが襲われ掛けたのだ。抜け道を教えてしまえばハリーはこっそりホグズミードへ行けなくなるのはとても寂しいし嫌だけれど、親友が襲われるくらいならホグズミードを我慢する方が遥かにマシと言えた。しかし、襲われかけた当の本人は抜け道のことをあまり気に留めていなかった。

「ハニーデュークスから入ってきたんじゃないって、分かってるじゃないか。店に侵入したんだったら、噂が僕達の耳に入ってるはずだろ」

 ハリーは、ロンがそういう考え方をしたのが有り難かった。もし本当にブラックが隻眼の魔女像から侵入して来たのならハリーは素直に申告し、我慢するしかないが、やっぱりみんながホグズミードを楽しんでいるのに一人きりでホグワーツで留守番しているのは寂しかった。

 そんなロンは、ブラック侵入以降みんなの注目の的になった。ブラックに襲われ掛けたことでロンはひどく混乱してショックを受けてはいたものの、みんなが夜の出来事について聞きたがり周りに集まるので、その状況をどこか楽しんでいるような雰囲気があった。質問に何度も答えているうちにロンは雄弁になり、こと細かに状況を語って聞かせ、ハリーはそれを何度も聞いた。

「僕が寝てたら、ビリビリッて何かを引き裂く音がして、僕、夢だろうって思ったんだ。だってそうだよね? だけど、隙間風がさーっときて……僕、目が覚めた。ベッドのカーテンの片側が引きちぎられてて……僕、寝返りを打ったんだ……そしたら、ブラックが僕の上に覆い被さるように立ってたんだ。……写真とはまるで違った。どこかで食べ物をいっぱい盗んでるに違いないよ。確かに痩せてたけど、頬はあんなに痩けてなくて……でも、目が怖かった。それに、こーんなに長いナイフを持ってた。刃渡り30センチぐらいはあったな……それで、あいつは僕を見た。僕もあいつを見た。そして僕が叫んで、あいつは逃げていった」

 質問に来た生徒達がいなくなると、ハリーもロンもどうしてブラックが逃げたのかについてあれこれ議論をした。そもそもブラックはハリーを狙ってグリフィンドール塔に侵入して来たに違いないのだ。それなのに子どもに叫ばれたというだけでブラックはあっさりと逃げ出している。

 狙うベッドを間違えたのなら、ロンの口を封じて、それからハリーに取り掛かれば良かったのだ。しかも、罪もない人を何人殺したって平気な人間であることは12年前の事件で分かりきっている。武器も持っておらず、半数以上が眠っていたというのに、未成年の男の子5人相手に逃げ出すなんて、あまりに不自然ではないだろうか。それとも、騒ぎになって捕まるのが怖かったのかもしれない。ブラックは今やアズカバンどころか吸魂鬼ディメンターに魂を抜き取られる運命にあるのだから。


 *


 月曜日の朝、ハリーは大広間でハーマイオニーがセドリックと話をしているのを見かけた。ハナと一緒にいることが増えたハーマイオニーは春学期に入ってからセドリックとも話をするようになったらしく、その場にハナの姿はなかった。ハリーは勉強のことについて訊いたりしているのだろうかと様子を見ていたが、どうやら違ったらしい。深刻そうに話をしていたかと思うと、やがてハーマイオニーはオロオロしながら大広間から出ていった。

 ハリーはしばらくの間、一体何があったんだろうかとハーマイオニーを見ていたけれど、そのことはすぐに頭から吹き飛ぶこととなった。郵便の配達時間となり、多くのふくろう達が大広間に舞い降りて来たかと思うと、一羽の大きなふくろうが真っ赤な封筒を咥えてネビルの前に降り立ったからだ。ハリーはその封筒がなんなのかすぐに分かった。吼えメールだ。ロンが去年、ウィーズリーおばさんから受け取ったものと同じ封筒だ。

 ネビルは息をするのも忘れるほど真っ青になっていた。そうでなくとも既にマクゴナガル先生から散々怒られ、寮の合言葉を教えてもらえなくなり、罰を与えられ、ホグズミードへ行くのも禁止を言い渡されてしまったのだ。そんなところに吼えメールが届いたので、ハリーは流石にネビルを可哀想に思った。ネビルはあまりの恐ろしさに吼えメールを引っ掴んで大広間から逃げ出したが、吼えメールは玄関ホールで爆発し、魔法で100倍になったネビルのおばあちゃんの声が辺りに響き渡った。

 スリザリンのテーブルからドッと笑いが起こったところで、ハリーは自分にも手紙が届いていることに気付いた。痺れを切らしたヘドウィグはハリーの手首を鋭く噛んで注意を促したが、ハリーが手紙に気付き手に取ると満足したのかネビルのコーンフレークを勝手に啄み始めた。



 ハリー、ロン、元気か?
 今日6時ごろ、茶でも飲みに来んか?
 俺が城まで迎えに行く。
 玄関ホールで待つんだぞ。
 2人だけで出ちゃなんねぇ。
 そんじゃな。

 ハグリッド



 手紙はハグリッドからだった。お茶の誘いは本当に久し振りである。しかも月曜日になんて特に珍しい。これがレイブンクロー戦の直前ならクィディッチの練習があって断らなければならなかっただろうが、今日は試合が終わったばかりなので練習は休みだ。ハリーはすぐに「OK」の返事を書くとヘドウィグに持たせ、ロンと共に授業に向かったのだった。