The ghost of Ravenclaw - 169

19. 早まった裁判



 結局何もすることがないまま朝を迎えた。
 朝食が始まる30分ほど前にはすっかり支度を済ませたマダム・ポンフリーが起きてきて、もう一度診察を受けたら退院になるものだとばかり思っていた私に厳しい口調で「まだ退院は出来ません」と宣告した。胃の調子はもうすっかりいいはずなのだけれど、マダム・ポンフリーは私のことをまったく信用していなかったのである。退院させたらすぐにまた無理をするに違いないとばかりに、もう1日休養することを言い渡した。

「そんな! 私、もうすっかり元気です! それに朝になれば治るって先生は仰いました!」
「治るとは言いましたが、誰も退院していいとは言っていません。貴方が今日1日大人しくしていると約束するなら、明日には退院出来るでしょう」

 それからまもなくして、ガックリと肩を落としている私の元に、入院していることを話を聞きつけた同室の子達が揃ってお見舞いに訪れた。パドマもリサもマンディも、昨夜はいくら待っても私が帰ってこなかったのでとても心配して、朝一番でフリットウィック先生に聞いてくれたのだそうだ。彼女達は退院出来ないことを落ち込んでいる私に「貴方はもっとゆっくりしておくべきよ」と言うと、大広間に向かって行った。

 同室の子達を皮切りに、私の元にはたくさんの人達がお見舞いに訪れた。昨日に引き続きやってきてくれたリーマスは「マダム・ポンフリーの言うことは尤もだ」と完全に同意して私にゆっくりしておくよう再三言いつけて去って行ったし、セドリックは快く今夜もシリウスに食事を届けてくれると言ってくれた。

 ルーナも来てくれた。どうやら同室の子達が私の話をしているのを耳にして、玄関ホールでセドリックを捕まえて何があったのかと話を聞いたらしい。医務室にやってきたルーナは見覚えのある青い靴下を手に持っていて「昨日見つけたんだ」と嬉しそうに報告してくれた。なんでも、ジニーが手伝ってくれたという。

「ジニーと仲がいいなんて、知らなかったわ」
「あたし達、魔法薬学でよく一緒にペアを組むんだ。ジニーはいい人だよ。あたしのこと、笑ったりしないもン」
「ええ、ジニーはとってもいい子よね。それに、貴方もね、ルーナ。また何かなくなったりしたらいつでも声を掛けて。その時は私も手伝うわ」
「ウン、ありがとう。ハナも早く元気になってね」

 ルーナが医務室を出ていくと、マダム・ポンフリーが胃に優しいメニューを用意してくれて、私も朝食となった。消化にいいオーツ麦を温かい牛乳で柔らかく煮込んだポリッジだ。日本でいうところのお粥のようなもので、イギリスでは朝食はもちろん、体調を崩した時にも食べられるものだ。こっちでは他にも体調が悪い時にはチキンスープを飲んだりするらしい。

 ゆっくりとポリッジを食べていると医務室にはまた新たな見舞客がやってきた。オロオロ大慌てで現れたのはハーマイオニーだ。パンパンに膨れ上がった鞄を肩に提げているハーマイオニーは入院している私より顔色が悪く、とてもショックを受けているようで、今にも泣き出してしまいそうだった。

「さっき、大広間でセドリックに聞いたの……昨日、貴方が入院したって。私、何も知らなくて……お腹は大丈夫? セドリックはちょっとした腹痛だって言ってたけど……」

 どうやらセドリックは詳しい症状は話さなかったらしい。私はセドリックの気遣いを有り難く思いながら、ハーマイオニーを安心させるようにニッコリ微笑んだ。

「薬を飲んだしもうすっかりいいの。顔色もいいでしょう?」

 私がそう言うと、ハーマイオニーは私の顔をじーっと見つめてからホッとしたように頷いた。

「今日は念のため休むことになったのよ。きっと本を読むくらいなら許してもらえるだろうから、あとでマダム・ポンフリーに裁判の手伝いだけでも進められるよう頼んでみるわ」
「そうだわ。そのことなんだけど、私、昨日の夜やっと有力なものを見つけたの」

 ハーマイオニーは思い出したように言うと、パンパンに膨れ上がった鞄から分厚い本を一冊取り出した。本には栞が1枚挟められていて、ハーマイオニーはそこを開くと私の方に差し出した。

「ここ、見て――ヒッポグリフが裁判にかけられたけど、無罪になったっていう記述よ。それで、この日付が以前貴方が読んでた『ヒッポグリフと哀れな愚か者の末路』に書かれていた内容と一致するんじゃないかと思って――」
「確かに時期が重なるわ。これってとっても弁護に有利だわ!」
「寝る前に少し読んでいたら見つけたの。それで、貴方にすぐにでも言わなくちゃって」
「それじゃあ、これを私がまとめるわ。貴方も少し休んでね。心配だわ」
「ありがとう、ハナ。貴方もしっかり休んでね。それで元気になったらまた図書室で会いましょう」
「ええ、もちろん。また図書室で」

 ハーマイオニーは手元に何もなかった私のために、予備で持っていた羊皮紙、羽根ペン、インク瓶を貸すと、それらを本と共にベッド脇のテーブルの上に置いてから医務室をあとした。それからまた残りのポリッジを時間をかけて食べ、ようやく食べ終えたころ、今度はまた違う見舞客が現れた。ハグリッドだ。

「全部俺のせいだ」

 この短い時間に何人もの人が忙しなく医務室を出入りを行ったり来たりするものだから、若干不機嫌なマダム・ポンフリーに中へと通されたハグリッドは、私と顔を合わせるなり、そう言って頭を下げた。

「俺が負担をかけすぎちまったせいだ……。お前さんが何でもこなすもんだから、俺は……」
「やめてちょうだい、ハグリッド」

 慌ててハグリッドを止めながら私は言った。

「私、ちょっとお腹が痛くなっただけなのよ。これは貴方のせいじゃないわ」
「でも、俺が裁判の手伝いやらなんやら頼んじまって……」
「私がやりたくてやっていることよ。ハグリッド、さっきハーマイオニーが有力なものを見つけたって話してくれたのよ。裁判にきっと役に立つわ。私、とっても・・・・ラッキーなことに・・・・・・・・今日1日やることがないから、それをまとめようと思うの」

 私の言葉にハグリッドは感激したように目を潤ませて、それから袖口でゴシゴシ拭うと、何度もお礼の言葉を述べてからと医務室をあとにした。そのころになると見舞客も途切れたので、私はマダム・ポンフリーをなんとか説得し、裁判の手伝いを進めることにした。弁護する時に見やすいよう、いくつかのメモに分け、役立ちそうな情報を書き留めていく。もちろん出典やページ数を書くのも忘れずに、だ。

 時折、ブレスレットでシリウスと連絡を取り合いつつ、ひたすらメモをまとめているとあっという間に夕方になった。夕食の前になると3回目の診察を受け、そこでマダム・ポンフリーはようやく「明日の朝もう一度診察して大丈夫なら、退院してよろしい」と言ってくれた。夕食は具材が柔らかく煮込まれた具沢山のスープを中心にほとんどいつもと変わらないメニューを食べることが出来た。

 それから夜を迎えると私は手持ち無沙汰になり、早めに就寝することにした。明日の夜はシリウスのところに行く予定なので、今日のうちにたっぷりと寝ておく算段だ。とはいえ普段遅くまで起きているのでそんなに早く眠気も来ず、私は何度か寝返りを打ちながら眠気がやってくるのを待った。そうして、ようやくウトウトとし出したころ、明かりが消された医務室の扉がカラカラと開く音がして私は目を開けた。どうやら誰かが入ってきたらしい。けれども、横になったまま衝立の隙間から覗き見ても、そこには誰もいなかった。

「誰……?」

 暗闇に向けて私は訊ねた。警戒しつつ辺りを見渡していると、どこからともなく布が擦れる音がして、微かな足音が聞こえた。やがて、それがすぐそばまで近付いて来たかと思うと、ベッドを囲んでいた衝立が1人でに動き、そして――。

「僕だよ、ハナ」

 透明マントを羽織ったハリーが目の前に現れたのだった。