The ghost of Ravenclaw - 163

18. グリフィンドールの合言葉

――Harry――



 その日はまるでグリフィンドールが優勝したかの大盛り上がりだった。グリフィンドール生達は、試合直後から談話室で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げ、それが夜まで続いた。パーティーの途中では、数時間ほどいなくなっていたフレッドとジョージが両手いっぱいにバタービールの瓶やハニーデュークスのお菓子が詰まった袋を抱えて戻ってきて、みんなを驚かせた。

 ハリーは最高の気分だった。ファイアボルトは素晴らしい飛びっぷりだったし、グリフィンドールは勝利出来て優勝争いに残った。それに守護霊の呪文もきちんと練習の成果を出せて、試合を見守ってくれていたルーピン先生に「立派な守護霊だった」と褒めても貰えた。ただ、ちょっぴり残念なことがあるとするなら、ハリーが本物の吸魂鬼ディメンターを克服出来たわけではないということだった。

 というのも、ピッチに現れた吸魂鬼ディメンターはマルフォイ、クラッブ、ゴイル、それからスリザリン・チームのキャプテンであるマーカス・フリントだったからだ。試合後、ルーピン先生に連れて行かれて見てみると、ハリーが創り出した白銀色のもやに驚いた4人が折り重なるように地面に転がり、長いローブの下でジタバタしているところだった。ハリーは確かに3人だったはずなのにどうして4人いるのか一瞬分からなかったが、どうやらマルフォイはゴイルに肩車して貰っていたらしい。呆気に取られるハリーの目の前では、マクゴナガル先生が憤怒の形相で4人を怒鳴りつけ、スリザリンから50点も減点し、ダンブルドア先生に間違いなく報告すると言い切っていた。

 レイブンクロー戦の勝利を祝うパーティーには、グリフィンドール生のほとんど全員が参加していた。談話室は超満員で、みんながバタービールやかぼちゃジュースで乾杯し、お菓子や料理をお腹いっぱい食べ、試合がいかに素晴らしかったかを語り合い、大声で笑い合った。フレッドとジョージもいつになくご機嫌で、遂にはバタービールの空き瓶で曲芸を始めた。

 しかし、ほとんど全員と言えども、中にはパーティーに参加していない生徒もいた――ハーマイオニーだ。なんとハーマイオニーは、何も食べず、何も飲まず、たった1人談話室の隅に座り込んで、分厚い本を読んでいるところだった。ハリーは一体どうしてパーティーに参加せず本なんか読んでいるのか気になって、そばに歩み寄った。

「試合にも来なかったのかい?」

 近付いてみると、本の表紙には『イギリスにおける、マグルの家庭生活と社会的慣習』と書かれてあるのが分かった。どうやらマグル学に関する本を読んでいるらしい。このところハーマイオニーはこんな調子でずっと宿題ばかりしているように思う。もしかすると、試合にも来られないほど宿題を抱えているのではないかとハリーは心配になったが、ハーマイオニーは一瞬たりとも本から目を離さず、「行きましたとも」とキツイ口調で答えた。

「ハナと行ったの。それに、私達が勝ってとても嬉しいし、貴方はとても良くやったわ。でも、私、これを月曜までに読まないといけないの」
「でも、何も食べてないじゃないか」

 ハリーは気遣わしげにハーマイオニーを見た。本は、どう見ても月曜までに終わりそうにない分厚さだ。それでも、ハーマイオニーなら月曜までに読めてしまうのかもしれないけれど、少なくとも読み終わるまでの間に食事をする必要があるのは確かだった。それに、このお祝いムードでロンも態度を和らげてくれているかもしれない。仲直りするチャンスだ。

「いいから、ハーマイオニー、こっちへ来て、何か食べるといいよ」

 淡い期待を込めてハリーはチラリとロンの方を気にしながら促した。ロンはハリー達から少し離れた場所でこちらを横目に見ながら、バタービールを飲んでいる。

「無理よ、ハリー。あと422ページも残ってるの」

 しかし、ハリーの期待虚しく、ハーマイオニーは少しヒステリー気味に答えた。本当に読み終わりそうにないのかなんだかピリピリとしている。

「どっちにしろ、あの人が私に来てほしくないでしょ」

 ハーマイオニーは半ば諦めたようにそう続けると、チラリとロンを見遣った。ハリーはそんなことないと言いたかったが、ハリーよりも早く、ロンが聞こえよがしに大声で話し出した。

「スキャバーズが食われちゃってなければなぁ。ハエ型ヌガーが貰えたのに。あいつ、これが好物だった――」

 次の瞬間、ハーマイオニーはワッと泣き出した。
 ハリーはどうしたらいいのか、ロンとハーマイオニーのどちらにどうフォローを入れたらいいのか咄嗟に判断出来ず、2人を交互に見遣ってオロオロ狼狽えた。仲直りさせたくて、きっかけを作りたかっただけだったのに、こんなことになるなんて思いもよらなかったのだ。

 そうこうしているうちに、ハーマイオニーは分厚い本を抱え、立ち上がった。そうして、ここにハナがいてくれたらどんなに良かったか、とハリーが内心嘆いている間に、ハーマイオニーは啜り泣きながら女子寮へと続く階段の方へと走っていき姿を消した。

「もう許してあげたら?」

 ハリーは困り果てながらロンに言った。友達同士が仲違いしたままなのは嫌だったし、どうにかロンとハーマイオニーに仲直りして欲しかった。けれども、ハーマイオニーは頑なだし、ロンはロンでハーマイオニーの主張を聞こうともしない。話し合えばきっと仲直り出来るはずなのに、2人共がそれを拒んでいるのだ。

「あいつがごめんねって態度ならいいよ。でもあいつ、ハーマイオニーのことだもの、自分が悪いって絶対認めないだろうよ。あいつったら、スキャバーズが休暇でいなくなったみたいな、未だにそういう態度なんだ」

 ハリーは話をするべきだとロンに話したかったけれど、グリフィンドールのこのお祝いムードをこれ以上引っ掻き回すべきではないと口をつぐんだ。パーティーは何事もなかったかのように続き、しばらくの間モヤモヤとしていたハリーも次第にその空気に飲まれ、再びお祝い気分へと戻っていった。


 *


 パーティーが終わったのは、それから日付が変わり、午前1時を回った時だった。生徒達があまりに騒ぎすぎるので、見兼ねたマクゴナガル先生が部屋着にナイトキャップ姿で現れ、もう寝なさいと叱りに来たのだ。流石に先生が現れてはこれ以上パーティーを続ける訳にはいかない。そういう訳でグリフィンドール生達は渋々パーティーを終了し、それぞれの寝室に向かった。

 ハリーとロンも他のグリフィンドール生と共に男子寮へと続く螺旋階段を上がり、寝室へ向かった。パーティーの間は気付かなかったが、終わった途端どっと疲労感が押し寄せてきて、今すぐにでも眠れそうだった。それはロンも同じようで、2人は寝室に辿り着くとすぐに「おやすみ」を言い合い、ベッドに入った。窓から差し込む月明かりが眩しいので、しっかりとベッドの周りのカーテンを引くのも忘れない。

 真っ暗になった自分のベッドに横になると、ハリーは泣いて談話室を去って行ったハーマイオニーのことが急に心配になった。あれからハーマイオニーはどうしただろう。様子を確かめようにも男子は女子寮へは入れない。ハーマイオニーはまだ泣いているんだろうか――うつらうつらとしながらハリーは考えた。そうだ、明日、ハナにこっそり相談してみよう。ハナならハーマイオニーの話をきちんと聞いてくれるし、ハーマイオニーも素直に話が出来るはずだ――。

 考えているうちに、ハリーはたちまち眠りに落ちていった。そうして同室のグリフィンドール生達もすっかり眠って寝息が聞こえてきたころ、ハリーは奇妙な夢を見た。ファイアボルトを担ぎ、何か白銀色に光るものを追って森の中を歩いている夢だ。その何かは木立の中へくねくねと進んいく。どうにかして姿を見ようにも、生い茂る草木の影に隠れてほんの少ししか見えなかった。蹄の音が聞こえるから馬か何かだろうか。ハリーはスピードを上げ、そして――。

「ああああああああああああああアアアアアアァァァァァァっっっッッッッッ! やめてえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 物凄い悲鳴が聞こえて、ハリーは飛び起きた。
 この声は、ロンの声だ。ハリーは駆けつけようと急いでカーテンを開けようとした。しかし、あまりにも視界が真っ暗で、カーテンの端っこがどこなのか何も見えやしなかった。闇雲に引っ張っていると、何かがカーテンの向こうで素早く動いた。それから寝室の扉がバタンと閉まる音が微かに聞こえた気がしたが、ハリーは未だにカーテンを開けようと暗闇でもがいていて、それが本当に扉の音だったのか確かめる術はなかった。

「何事だ?」
「どうしたの?」

 部屋の向こう側からシェーマスとネビルの訝しむ声が聞こえた。すると、ようやくハリーもカーテンの端を探り当てることに成功し、勢いよく開けた。いくら月明かりがあるとは言え、カーテンを開けても部屋の様子ははっきりと分からなかったが、ディーンがランプに明かりを点けると、様子がはっきりと見えるようになった。ロンがベッドに起き上がっている。その周りのカーテンは、無惨にも切り裂かれていて、恐怖で真っ青になって震えていた。

「ブラックだ!」

 呆然としているハリー達にロンが引きった声で叫んだ。

「シリウス・ブラックだ! ナイフを持ってた!」

 それは、ハロウィーン以来2度目となる、シリウス・ブラックの襲撃だった。