The ghost of Ravenclaw - 162

18. グリフィンドールの合言葉

――Harry――



 翌日、いよいよレイブンクロー戦当日がやってきた。
 試合のあるハリーは当然早起きだったが、ロンを始め、同室であるネビル、シェーマス、ディーンの4人もこの日ばかりはみんな早起きで、ハリーがファイアボルトを手に寝室を出る時には全員がゾロゾロついてきた。どうやら誰もがファイアボルトには護衛がつくべきだと考えているらしい。ファイアボルトはそれくらい性能がよく、高級な箒なのだ。

 大広間でも、ファイアボルトは全生徒の視線を一身に集めた。スリザリン・チームは全員が雷に打たれたような顔をし、他の生徒達は興奮したようにその美しい箒に目を奪われている。もちろん木曜の夜から散々ファイアボルトを目にしてきたグリフィンドール生も例外ではない。特にウッドは未だにうっとりとファイアボルトを眺め、朝食の時間も眺めていられるよう、グリフィンドールのテーブルの中央にファイアボルトを置くようハリーに促したほどだった。

 レイブンクローやハッフルパフのテーブルからは、次から次に生徒達が箒を見にやってきた。その中にはセドリックの姿もあって、彼は真っ先にハリーのところにやってくると自分のことのように喜びながらハリーを祝福した。

「ハナから話を聞いて一目見てみたいって思ってたんだ」

 セドリックはファイアボルトをまじまじと見つめながら言った。ハリーはハナがどんな風にセドリックに話を伝えたのか少し気になったが、セドリックの様子を見るに「ハリーがファイアボルトを貰った」ということしか聞いていないようだった。

「ニンバスはとても残念だったけど、代わりにこんなに素晴らしい箒を手に入れておめでとう」
「ありがとう、セドリック。それにニンバスもハナがいろいろしてくれて、僕、残骸を捨てずに済んだんだ」
「実は完成前だったけど、僕も見せてもらったんだ。あれも素晴らしかったけど、ファイアボルトまで届くなんて凄いよ。君にぴったりな箒だ。それをプレゼントしてくれた人はよほどハリーが好きなんだね」

 それから、11時15分前になるとハリー達グリフィンドールの選手達は競技場に向かった。この日の天気はハッフルパフ戦の時とは正反対の晴天で、まだ空気はひんやりとしているものの風はそれほど強くなく、からりと晴れた絶好のクィディッチ日和だった。控え室でユニフォームに着替え、試合開始時間を今か今かと待っていると、観客席に向かう生徒達の賑やかな声がハリーの耳に届いた。

 いよいよ試合開始直前になると、ハリーはユニフォームの下に着るTシャツの胸元に自分の杖をしっかりと差し込み、チームメイト達と共にピッチへと出た。大丈夫だと思いつつもいざその時になるとハリーはちょっぴり弱気になった。ルーピン先生は観客席の中で見守ってくれているだろうか。もし、また吸魂鬼ディメンターが現れた時、上手く対処できるだろうか。

 ハリーはクィディッチの試合の時に感じる独特の高揚感と吸魂鬼ディメンターに対する不安感とで、奇妙な緊張感に包まれながらピッチに足を踏み入れた。レイブンクロー・チームはひと足先にピッチで待っていて、真ん中で横一列に整列してハリー達を間違えていた。選手はほとんど全員男の子だったが、1人だけ女の子がいた。しかも、とっても可愛い。

 レイブンクローの紅一点でシーカーのチョウ・チャンはハナと同じアジア系の女の子だった。艶やかな黒髪に茶色の目はパッチリと大きくて、身長はハリーより頭1つ分くらい小さい。グリフィンドール・チームがレイブンクローの選手達の向かい側に整列し、同じシーカー同士向かい合わせになると、チョウがハリーにニッコリ微笑んだ。その途端、ハリーは胃の辺りがギュッなるような、震えるような、今まで感じたことのない気持ちになった。ハナもアジア系でとんでもなく可愛くて美人だけど、ハリーはハナに対してこんな気持ちになったことはなかった。

 まもなく、キャプテン同士が握手を交わすと、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。ファイアボルトは他のどの箒よりも速く、あっという間に高く上昇し、ハリーは他の選手達より数メートルは上空を旋回した。スニッチを探して目を凝らしながら、試合の状況を逃すまいと実況放送に耳を傾ける。今回も実況しているのはフレッドとジョージと大の仲良しのリー・ジョーダンだ。

 リーの実況はいつもユニークで、スニッチを探しているハリーにとっては試合の流れを掴むのに一役も二役も買っていたのだが、今回ばかりはファイアボルトの宣伝係と化していた。ファイアボルトは今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒になるだとか、自動ブレーキが組み込まれているだとか解説を繰り広げ、その度にお目付役のマクゴナガル先生のお叱りが割り込んできた。

「ところでファイアボルトは、自動ブレーキが組み込まれており、さらに――」
「ジョーダン!」
「オーケー、オーケー。ボールはグリフィンドール側です。グリフィンドールのケイティ・ベルがゴールを目指しています……」

 しばらくすると、ハリーはチョウがピッタリと後ろに張り付いてきていることに気がついた。ウッドによるとかなり飛ぶのが上手いということだったが、ファイアボルトを相手にしっかりとついてきているところからするに、かなり飛行技術が高いことがうかがえた。しかも度々ハリーの進路を塞ぐように横切って方向を変えさせるので、なかなか厄介だ。

「ハリー、チョウに加速力を見せつけてやれよ!」

 フレッドが、アリシアを狙ったブラッジャーを追いかけている最中、ハリーのそばをシュッと横切りながらウインクした。ハリーはそれに頷いて見せると、レイブンクローのゴールの方へと真っ直ぐに飛び、ゴールポストの回りをぐるりと旋回すると一気に加速してチョウを振り切った。それとほとんど同時にゴールを目指していたケイティが先制点を決め、どっと歓声が沸き起こったかと思うと、ハリーの視界の先にスニッチが飛び込んできた。地上近く、ピッチと観客席とを仕切る柵のそばでヒラヒラしている。

 ハリーはスニッチに向かって急降下した。チョウがついてくるのが分かり、ハリーは更にスピードを上げ、地面に向かって突っ込んで行った。直下降はハリーの得意とするところだ。ニンバスの時でも地面スレスレで方向転換するのは得意中の得意だったし、ファイアボルトならもっとコントロールが利く。チョウは上手いけれど、コメット260号ではファイアボルトに追いつけない――間違いなくスニッチはハリーのものだ。しかし、

「あぁぁぁぁぁー」

 あと3メートルというところで、レイブンクローのビーターが打ったブラッジャーが突進してきて、ハリーは間一髪避けたものの、スニッチを掴み損ねた。観客席からグリフィンドール生達のがっかりした声が上がり、逆にレイブンクロー側はチームのビーターに拍手喝采した。すると、ジョージが素早く飛んできて、腹いせにもう1つのブラッジャーを相手チームのビーター目掛けて叩きつけた。標的となったビーターは慌てて一回転してギリギリのところでブラッジャーを避けた。

 それからまたしばらくして、今度はグリフィンドールのゴールポストの辺りで飛んでいるスニッチを発見し、ハリーは猛スピードで追いかけた。しかし、チョウがふっと目の前に現れたことで進路を遮られ、ハリーは再びスニッチを掴み損ね、見失う羽目になった。その様子を間近で見ていたウッドは、チョウ相手にハリーが遠慮していると思ったのだろう。途端に「相手を箒から叩き落とせ!」と大声で檄を飛ばした。

 試合は80対30となっていた。グリフィンドールが50点差をつけているが、決して勝利が確実な点差とは言えない。これでチョウがスニッチを取れば、あっという間に試合はひっくり返り、レイブンクローが勝つことになるからだ。その肝心なチョウはというと、ピッタリハリーについてきている。どうやら、スニッチ探しはハリーに任せ、自分は進路妨害をしたり、ハリーがスニッチを掴むのを阻止しつつ、最終的に横取りする作戦らしい。

 そんなチョウはどうしてだか、ハリーと目が合うと度々ニッコリ微笑んだ。それがまたとっても可愛くて、ハリーは箒から叩き落とすなんて野蛮なやり方をしては可哀想ではないか、という気分が芽生えていた。怪我が治ったばかりだと聞くし、また怪我をしてしまったら可哀想だ――いや、これではダメだ。ハリーは慌てて頭を振った。この試合に勝てないとグリフィンドールはまた優勝を逃してしまう。

 これは歴とした試合なのだと覚悟を決め、ハリーはチョウを振り切るためにフェイントをかけることにした。チョウがハリーに張り付いていることを利用し、スニッチを見つけたフリをするのだ。ハリーはぎゅっと箒の柄を握り締め、先程と同じように急降下を始めた。その後ろからチョウがハリーの思惑通りしっかりとあとをついてきている。もう少し――ハリーはどんどん地面に向かって突っ込んでいった。あともう少し引きつけて――よし、今だ!

 ハリーは地面スレスレで素早く柄を上に向けると、急上昇に転じた。ファイアボルトはハリーの思う通りに滑らかに急上昇していき、直後に急降下を続けるチョウとすれ違った。チョウは慌てて方向転換しようとしたがコメットでは対応が間に合わなかったらしい。ハリーはそのまま急降下していくチョウを横目に、猛スピードで上昇を続け、完全に引き離した。すると、視線の先に三度みたびスニッチを見つけた。レイブンクロー側のピッチの上空をキラキラ輝きながら飛んでいる。

 今度こそ――ハリーはスピードを上げ、スニッチ目掛けて疾走した。何メートルも下でようやく方向転換したチョウが加速するのが分かったが、先程引き離したおかげでハリーの方が圧倒的に優勢だった。

「あっ!」

 スニッチまであともう少しというところで、チョウが何やら一点を指差して叫び声を上げた。それにつられて思わずハリーも下を見ると、ピッチ上に吸魂鬼ディメンターが3人、立っているのが見えた。黒いフードを被った真っ黒な姿がハリーを見上げている。

 ハリーは迷うことなく胸元から急いで杖を取り出した。この時にむけて、守護霊の呪文を練習していたからだろうか。不思議と意識がはっきりとしている――ハリーは強い意思を持って杖先をサッと吸魂鬼ディメンターに向けると、大声で叫んだ。

「エクスペクト・パトローナム!」

 呪文を唱えると、杖先から白銀色のもやが吹き出して、真っ直ぐに吸魂鬼ディメンターに向かっていったのが分かった。けれども、ハリーはそれが直撃したかどうか見向きもしなかった。感覚的に間違いなく直撃したことが分かったし、何より意識がはっきりとしているうちにスニッチを掴んでしまいたかった。

 ハリーは前を向いた。今度こそ、スニッチは消えることなくハリーの向かう先でキラリキラリと太陽の光を反射しながら飛んでいる。もう少し――ハリーは杖を持ったまま手を伸びした。もう少し――ハリーは必死に腕を伸ばした。指先にスニッチが触れ、逃げようともがくそれをしっかりと包み込んだ。

 次の瞬間、観客席から大歓声が巻き起こった。チームメイト達がハリー目掛けて突っ込んできて、全員が空中でハリーを抱き締めた。グリフィンドールが勝った――ハリーは手の中にあるスニッチの感覚に喜びが湧き上がるようだった。吸魂鬼ディメンターに負けなかった――ピッチの中にグリフィンドール生が飛び込んできて、ハリーはあっという間に喜びの渦に取り込まれていった。