The ghost of Ravenclaw - 161

18. グリフィンドールの合言葉

――Harry――



 金曜日の授業を終え、クィディッチの練習時間になるとハリーはファイアボルトを手に、ロンと一緒にクィディッチ競技場に向かった。クィディッチの練習には相変わらずフーチ先生が同席し、ハリーに危険がないか見張っていたのだが、ハリーがファイアボルトを手に現れると、そのことをすっかり忘れた様子で箒に夢中になった。

「このバランスのよさはどうです!」

 練習開始前、箒を手に取りうっとりしながらフーチ先生が言った。

「ニンバス系の箒に問題があるとすれば、それは尾の先端に僅かの傾斜があることですね――。数年も経つと、これが抵抗になってスピードが落ちることがあります。柄の握りも改善されていますね。クリーンスイープ系より少し細身で、昔のシルバー・アロー系を思い出します――。なんで生産中止になったのか、残念です。私はあれで飛ぶことを覚えたのですよ。あれはとてもいい箒だったわねぇ……」

 フーチ先生は終始こんな調子で延々とうんちくを傾けた。しかも、今日がグリフィンドールにとって「レイブンクロー戦直前の最後の練習」という、とても重要なことまで忘れているようで、一向にハリーに箒を返す気配がなかったので、遂にウッドが痺れを切らしてフーチ先生のうんちくを遮った。

「あの――フーチ先生? ハリーに箒を返していただいてもいいですか? 実は練習をしないといけないんで……」

 これにより、ウッドはフーチ先生を現実に引き戻すことに成功した。フーチ先生はようやくグリフィンドール・チームが練習しなければならないことを思い出すと、ハリーに箒を返し、ロンと共に観客席に座って練習を監視することになった。

 一方グリフィンドール・チームはやっと始められるとばかりにウッドの周りに集まり、明日の試合に備えてウッドの最後の指示を聞いた。レイブンクローのシーカーはチョウ・チャンという4年生の女の子だった。怪我をしていて出場が危ぶまれていたが、完全に回復したので明日の試合には出場するらしい。かなり上手いそうで、ウッドは残念そうに顔をしかめていた。

「しかしだ」

 ウッドは気を取り直すと続けた。

「チョウ・チャンの箒はコメット260号。ファイアボルトと並べればまるでおもちゃだ」

 それからハリーの箒に熱い視線を送ると、ウッドは号令を掛け、練習を開始した。チームメイト達が箒に跨って地面を蹴り上げて飛び立ち、ハリーも同じようにファイアボルトに跨って飛び上がった。クリスマスに手元に届いて約2ヶ月――遂にハリーはファイアボルトに乗って飛翔した。

 ファイアボルトは、想像以上の乗り心地だった。軽く触れるだけで向きを変え、まるで柄の操作より前にハリーの考えを読んでいるかのようだ。ハリーがこう飛びたいと思えば、本当にそう飛んでくれるのだ。それに、ピッチを横切るスピードときたら、ピッチの地面に生えた芝が霞むほどだった。

 ターンのスピードも抜群だ。それに、急降下も文句なしだった。間違いなくこれまでで1番の速さで地面に向かって真っ逆さまに飛んでいるのに、完全にコントロールが効くのだ。お陰でニンバス2000の時よりももっと地面スレスレで方向転換し、急上昇に転じることが出来た。あまりにも地面スレスレだったので、爪先が芝生をサッと掠めたほどだった。

 スニッチを捕まえる練習も最高の出来だった。ハリーは、選手を箒から叩き落とそうとするブラッジャーと競うように飛び、そしてそれをあっという間に追い抜くと、ウッドが解き放ったスニッチをすぐに見つけ、10秒後にはそれをしっかりと握り締めていた。

 次にハリーは、捕まえたスニッチを放して先に飛ばせ、1分後に全速力で追いかけてみることにした。しかし、これも何の問題もなかった。ハリーは今度もあっという間に追いつき、ケイティ・ベルの膝近くに隠れているスニッチを見つけ、楽々と回り込んでそれをまた捕まえた。

 この飛びっぷりにはチームの全員が歓声を上げた。それにチームの中にファイアボルトがあるということが、ハリー以外の選手達にもいい影響を与えた。みんなの意気が揚がり、それぞれが完璧な動きを見せたのだ。練習はこれまでで最高の出来となり、いつもはあれこれと注文をつけてくるウッドも、今日ばかりは一言も文句のつけようがなかった。ジョージが「こんなことは前代未聞だ」と言った。

「明日は、向かうところ敵なしだ!」

 練習後、地上に降り立ったチーム全員の顔を見渡してウッドが言った。そんなウッドにハリーは力強く頷いた。なぜなら今回はしっかりと吸魂鬼ディメンターの対策をしているからだ。自分の創り出す守護霊が弱々しいことだけが残念でならないけれど、ルーピン先生は足止めは出来るだろうとお墨付きをくれた。少なくとも気を失って箒から落ちているうちに敵にスニッチを取られるなんてことにはならないはずだ。

 それからみんなが着替えのためにロッカー・ルームに引っ込んでいくのを見送ると、ハリーは意気揚々と観客席に座っているロンの方に向かった。これから約束通り、ロンをファイアボルトに乗せてあげるのだ。ロンの方も練習が終わったことが分かったのか、待ちきれないとばかりにピッチに降りてきて、ハリーのもとに駆け寄ってきた。フーチ先生は観客席ですっかり眠り込んでいて、練習が終わったことに気付いていなかった。

「さあ、乗って」

 ハリーがロンにファイアボルトを手渡すと、ロンは夢見心地な表情で箒に跨り、暗くなりかけた空に舞い上がった。ハリーはそんなロンの様子をピッチの端に沿って歩きながら眺めた。どうやら全部とはいかないが、昨日のスキャバーズのことで落ち込んでいた気持ちを少しは浮上させることに成功したようだった。

 それから、ますます暗くなってくるとようやくフーチ先生が目を覚まして、ハリーとロンは城に帰ることになった。ハリーはファイアボルトを担いでロンと並んで競技場から城へと校庭を横切りながら、先程までのファイアボルトの素晴らしい動きについて語り合った。動きがとても滑らかだったよ。あの加速はニンバスでも出せない。方向転換も凄かった、などなど――ファイアボルトの素晴らしさは、いくら語っても語り尽くせないほどだった。

 そうして、城までの道を半分ほど歩いたところで不意に左側を見たハリーは心臓がひっくり返る思いがした。暗闇の中で、ギラリと光る2つの目玉を見つけたのだ。ハリーは思わずその場に立ちすくんだ。心臓がドクンドクンどころかバンバン脈を打っている。

「どうかした?」

 急に立ち止まったハリーにロンが訊ねた。しかし、ハリーは言葉にならなかった。指だけ持ち上げて、目玉が見えた暗闇を指差すのがやっとだった。そんなハリーの様子にロンが不思議そうにしながら杖を取り出して「ルーモス!」と唱えた。

 パッとロンの杖先に光が灯って、暗闇を照らし出した。光は芝生を横切って流れ、木の根元に当たり、生い茂る枝や春の訪れを告げる小さな芽吹きが見えたかと思うと、最後に、オレンジ色の塊が丸くなっているのが見えた。クルックシャンクスだ。

「うせろ!」

 クルックシャンクスを認めるなり、ロンが吠えた。屈んで校庭に落ちていた石を拾い上げ、それからハリーが止める間もなくクルックシャンクスに投げつけようとしたが、それよりもクルックシャンクスの動きの方が速かった。クルックシャンクスは長いオレンジ色の尻尾をシュッと一振りして、暗闇の奥へと消えていった。

「見たか?」

 怒り狂った様子で石を投げ捨てながらロンが言った。

「ハーマイオニーは今でもあいつを勝手にフラフラさせておくんだぜ――おそらく鳥を2、3羽食って、前に食っておいたスキャバーズをしっかり胃袋に流し込んだ、ってとこだ……」

 ハリーは何も言わなかった。どっと安心感が押し寄せてきて、ハリーは深呼吸しながら未だに心臓がバクバクと脈を打つ心臓を落ち着かせようとした。クルックシャンクスの目が死神犬グリムに見えただなんて、どうかしている――ハリーは自分が死神犬グリムを怖がっているなんてことが恥ずかしくて、ロンにはそのことを話さなかった。

 それから、玄関ホールに辿り着くまで、ハリーは決して右も左も見なかった。