The ghost of Ravenclaw - 160

18. グリフィンドールの合言葉

――Harry――



 2月最初の木曜日の夜、ロンのベッドシーツにスキャバーズの血痕が見つかってからというもの、流石のハリーもロンとハーマイオニーの友情はこれまでか、と思わざるを得なかった。お互いがお互いに対してカンカンになっていたので、到底仲直りなんて出来そうになかったからだ。

 ロンは、「クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまおうとしているのに、ハーマイオニーはそのことを一度も真剣に考えず、猫を見張ろうともしなかった」と猛烈に主張した。一方のハーマイオニーは、「ロンは魔法動物ペットショップでクルックシャンクスが頭の上に飛び降りてきた時からずっとクルックシャンクスに対して偏見を持っている」と反論した。その上、男子寮のベッドの下を隈無く探したのかだとか、本当にクルックシャンクスが食べてしまったという確実な証拠はどこにもないだとか、オレンジ色の猫の毛はクリスマスの時からあったかもしれないなどと言うので、ロンは益々怒りを爆発させた。

 ハリー自身は、クルックシャンクスが食べてしまったのだろうと考えていた。これまでだってクルックシャンクスは何度もスキャバーズを狙ってきたのだ。遂に食べてしまったとしても何の不思議もない。それに、目撃者はいないものの、ベッドシーツについた血にオレンジ色の猫の毛まで見つかったとあっては、状況証拠は十分だ。

「ハーマイオニー、クルックシャンクスは本当に食べちゃったかもしれないよ」

 談話室でロンと散々激しい口論が繰り広げられたあと、ハリーはハーマイオニーを刺激しないよう出来るだけ柔らかいトーンで話し掛けた。ロンはすっかり落ち込んだ様子で、ハーマイオニーとは離れたところに座っている。ハリーはそれをチラリと見遣ると続けた。

「ほら、状況証拠は揃ってるし……」

 しかし、今のハーマイオニーを刺激しないようにするのは到底無理な話だった。ハリーとしては、意地を張っているハーマイオニーが素直にロンに謝れるきっかけを作って2人がまた話が出来るようにしたかったのだけれど、ハーマイオニーはハリーの意見を聞くや否や、ハリーにまで癇癪を起こしたからだ。

「あら、目撃者はいないわ!」

 ハーマイオニーはピシャリと言った。

「貴方はロンの味方って訳ね。いいわよ。ロンに味方しなさい。どうせそうすると思ってたわ! 最初はファイアボルト、今度はスキャバーズ。みんな私が悪いって訳ね!」

 失敗した、とハリーは思った。ハーマイオニーはヒステリーを起こしていて、とてもじゃないけど、素直にロンに謝るような状態ではなかったからだ。ハリーがどうしようかと考えあぐねていると、ハーマイオニーがまた口を開いた。

「ハナなら、もっと公平に物事を見て判断してくれるわ! 少なくとも誰かさんみたいに碌すっぽ探しもせず、決定的な証拠もないのに決めつけたりしないわ! スキャバーズが本当にどこにもいないかどうか探そうとするし、私の話も聞いてくれる。ファイアボルトの件だって、ハナは私の話を聞いてくれた。クルックシャンクスの件だってそうよ! いつだってハナは私の話を真剣に聞いてくれたわ! なのに、貴方もロンも――いいえ、いいわ。もう放っといて、ハリー。私、とっても忙しいんだから!」

 ハーマイオニーはそう言い切るなり、テーブルの上に広げられた本や羊皮紙を掻き集めて、プリプリしながら女子寮の方へと歩いて行った。ハリーはそんなハーマイオニーの後ろ姿を呆然と眺めながら、なんだか申し訳ない気持ちが芽生えた。確かにハナならまず、ハーマイオニーとロン、両方の話をきちんと聞くだろうとハリーには思えたからだ。しかし、今の自分はどうだろう――シーツの血とオレンジ色の毛だけで、クルックシャンクスの仕業だと決めつけてしまった。襲われて怪我をしたけど命からがら逃げ出した可能性だってあったのに、ロンと一緒に寝室を隈なく探そうともしなかった――。

 しかし、今更ロンに対してそのことを話すなどハリーには出来なかった。スキャバーズを失ってしまったことで、ロンはすっかり意気消沈していたし、ハーマイオニーとの仲が拗れてしまった今、ロンとまで拗らせようとは到底思えなかったのだ。それでも、ハリーは就寝前、スキャバーズが隠れていないかとロンの目を盗んで自分のベッドの下をこっそりと確認したりした。

「スキャバーズ」

 暗い寝室の中でハリーは小声で呼び掛けた。

「いたら、出てきてくれよ。頼むから」

 けれども、ハリーがいくら探してもスキャバーズはベッドの下にはいなかった。途中、キャビネットの隙間で何かが動いたような気がして慌てて覗いたけれど、そこにもやっぱり何もない。これは本当に食べられてしまったと考えるしかないのだろうか? そうしたらロンとハーマイオニーが仲直りすることはもうずっとないのだろうか――ハリーはファイアボルトが戻ってきた喜びなどすっかり忘れて絶望的な気分になった。

 眠ったらすっかり元通りになっていないだろうか?
 ハリーはそんな風に思ったものの、状況はそんなに簡単には収まらなかった。翌朝起きてもロンはスキャバーズのことですっかり元気をなくしていたし、ハーマイオニーはハリーとロンを避けてレイブンクローのテーブルで朝食を食べていた。きっと早起きをしてハナに話を聞いてもらったに違いないとハリーにはすぐに分かった。それでハナはハーマイオニーが孤立してしまうと考えて、一緒にいることにしたのだろう。しかし、ロンはそれが気に入らないようだった。

「ハナはそうするだろうって思ってたさ」

 レイブンクローのテーブルを一瞥して、ロンが不快感を顕にしながら言った。

「そもそもハナはスキャバーズが嫌いなんだ。初めてスキャバーズを見せた時からそうだった!」

 このロンの主張に、ハリーは言い返せなかった。なぜならハリー自身もハナはスキャバーズが嫌いなのだと思っていたからだ。ホグワーツ特急の中で初めて会った時からハナは怖い顔をしてスキャバーズを見ていたし、この間の夏休みの時もスキャバーズを睨みつけていた。けど、どうしてハナがスキャバーズにだけそんな態度を見せるのかハリーには分からなかった。ハナが怖い顔をするのはとんでもなく悪いことをした相手にだけだったからだ。たとえば、ハリーを虐げてきたダーズリー一家だとか、ハリーの両親を侮辱したマルフォイだとかだ。

「ハナってどうしてスキャバーズが嫌いなんだろう?」
「僕がそんなこと知る訳ないじゃないか。スキャバーズは何も悪いことをしてないのに、大方ネズミだってだけで嫌いなんだろ。ハナがスキャバーズを見る時の目を覚えてるか? 怖い顔をして、まるで親の仇を見るみたいじゃないか。え?」

 親の仇というのは言い得て妙だ、とハリーは思った。確かにハナがスキャバーズを見る時、そんな顔をしているのだ。けれども一方で、ハナがネズミ嫌いだというのは何か違う気がした。なぜなら、魔法動物ペットショップにみんなで行った時、ハナは店内にいたネズミを興味深そうに眺めていたからだ。その時、ハリーがそのネズミは平気なのかとハナに聞いたら、ハナは曖昧に笑っていたけど、あれはどういう意味だったのだろう。

「どうせ、ハナもスキャバーズがいなくなって清々したって思ってるさ。誰もスキャバーズの心配なんかしないんだ。悲しんだりもしない……」

 話しているうちに、ロンがまたみるみる落ち込んでしまったので、ハリーは元気づける最後の手段で、夜に行われるグリフィンドール・チームの練習にロンを誘うことにした。練習のあとでファイアボルトに乗ってみたら、と提案したのだ。これは効果覿面てきめんだった。

「やった!」

 ハリーは僅かながらも、ロンの気持ちをスキャバーズから離れさせることに成功した。

「それに乗ってゴールに2、3回シュートしてみていい?」
「もちろん」

 ハリーはホッとしながらニッコリした。

「練習のあと、乗る時間があると思うよ」