The ghost of Ravenclaw - 159

18. グリフィンドールの合言葉



 なぜマルフォイは来週が楽しみだと言ったのだろう。
 図書室でマルフォイのヒソヒソ話に遭遇して以降、私はそのことが気になって仕方がなかった。危険生物処理委員会での裁判は4月20日だと、以前届いた手紙に書かれていたはずだけれど、マルフォイの口振りではまるで来週バッグビークが処刑されるかのようだった。ルシウス・マルフォイが練った対策というのが来週何か行われるのだろうか。

「もしかすると、裁判を早めるのかもしれない」

 夕食後の空き教室の中、私の話を聞いたセドリックは声を潜めて言った。

「裁判を?」
「元々そのつもりだったとは考えられないかな? 12月に手紙が届いて、4月20日に裁判なんて、なんだか日程が空き過ぎているような気がするし……」
「油断させておいて、実は初めから裁判を早めるつもりだったってこと?」
「おそらくね」

 私達は大広間から離れた場所にある空き教室で、扉という扉に施錠をし、額を突き合わせてヒソヒソと話をしているところだった。廊下から人影が見えないよう、椅子には座らず、物陰に座り込むのも忘れない。セドリックとはこうして毎晩シリウスの夕食を受け取るためにこの教室で会っているのだけれど、その際にセドリックがディゴリーおじさんから聞き出した魔法省の動向についてや、私が問題ごとの相談をするのはよくあることだった。今日はワームテールとハーマイオニー、それから放課後のマルフォイの話についてだ。

「それか、ハグリッドは必ず敗訴するだろうって高を括っていたけど、ハナやハーマイオニーが裁判の手伝いをしていることに気付いて急遽――ということもあるかもしれない」
「マルフォイが父親に手紙を書いて、その対策を練ったって訳ね。マルフォイがスリザリン生の誰かから聞いた可能性もあるわね。ほら、休暇中、5年生が1人残っていたから……」
「どちらにせよ、裁判が早まると考えた方がいいだろう」
「しかも、来週ね。問題が山積みだわ……」

 私はそう言うと、盛大に溜息をついて俯いた。一度は治っていた胃の痛みが復活してきているのか、腹の底に気持ち悪さが居座っているような気がした。向かい側ではセドリックが気遣わしげに私の顔を覗き見ている。どうやら心配させてしまっているらしい。

「ハーマイオニーのことも心配だけど、ワームテールも気にしないといけないからね。君は大丈夫かい?」
「ええ、あまり弱音を吐いてばかりはいられないわ。ある程度問題が起こることは覚悟していたし、それに、今は貴方が相談に乗ってくれるもの」
「僕でよければいつでも聞くよ。それから、ワームテールのことは僕も気に掛けておくよ。ハッフルパフは厨房の近くだしね」
「ええ、ありがとう。ワームテールのことは今夜にでもバレンに相談して、今後どうするか決めるわ」
「どこに隠れているか分かればもっと動きやすいけどな……」
「そうなのよね。出来ればまだ寮内にいるかどうかだけでも知りたいけれど……。それで、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフや絵画達に協力して貰うのはどうかって思ったけど、ネズミを探してるって知れたら、リーマスに怪しまれるかしら?」
「いや、友達のペット探しだと言えば怪しまれないかもしれない。ハリーやロンは君がハーマイオニーを信じて、スキャバーズが生きていると思って探していると思うだろうし、ルーピン先生もまさかそのネズミがワームテールだとは思わないさ」
「なら、バレンと相談して検討してみるわ」

 それからセドリックと二言三言言葉を交わすと、私達は「おやすみ」と言い合い、それぞれ空き教室をあとにした。セドリックはハッフルパフ寮のある地下へ、私はレイブンクロー寮のある5階へと向かって歩く。ローブのポケットの中は、セドリックから渡された今夜の夕食でパンパンに膨れていた。

 寮に戻ると、いつも通りみんなが寝静まるまで待つことにした。とはいえみんなが寝付くまでまだあと数時間はある。その間、宿題でもしようかと私は寝室へ向かった。談話室で勉強するのもいいけれど、今夜は寝室で静かに勉強する方がいいかもしれない。すると、寝室には珍しくリサの姿があった。何やら半泣きの状態で分厚い本を読んでいる。

「リサ、どうして泣いてるの?」

 私はギョッとして声を掛けた。表紙には『イギリスにおける、マグルの家庭生活と社会的慣習』とあり、とてもじゃないが、感動の涙が流せそうな本ではなかった。

「ハナ、私すっかり忘れていたの」

 リサが困り果てた様子で答えた。

「月曜日までにこの本を読む宿題がマグル学で出たことをすっかり忘れてたの。夕方、ハーマイオニーと会って、貴方はどごで読んだ? って聞かれてやっと思い出して……」
「うわあ……それ、何ページあるの?」
「600ページ以上もあるの! 終わりっこないわ!」
「600ページ? 今、どこまで読んだの?」
「50ページ……さっき読み始めて、ようやく……明日のクィディッチは行きたいし他の宿題もあるから、今日からしばらくは徹夜だわ……」

 そう言うとリサは涙目のまま本に視線を戻して読み始めた。そのリサの様子を今度は私が困り果てた様子で眺めた。「今日からしばらくは徹夜」と言うことは、少なくとも日曜日までは、真夜中に寝室から抜け出すことが難しくなるからだ。寝室の窓からこっそり抜け出すことはまず無理だし、目くらまし術を使って寝室から出る案も難しいだろう。毎晩いないことがバレてしまえば大問題になる。

 私は自分のキャビネットの方へ向かうと大急ぎで羊皮紙と羽根ペンを取り出した。今週末は行けないことや次に会ったら相談したいことがあるという旨を手紙に認めて、ロキに夕食と共にシリウスの元に運んでもらおうと思ったのだ。ワームテールの件は手紙に書こうかとも思ったけれど、誰かに見られる危険もなきにしもあらずだ。それならブレスレットはどうかとも考えたが、いくら長文のやりとりが出来るといっても限度がある。それに、実際に顔を見て話さなければ、もしシリウスがワームテールを探しに行こうとしてもすぐに止めることが出来ない。やはり、直接話すしかないだろう。

 手紙を書き終えると手頃な袋を手に私は寮を出てふくろう小屋へと急いだ。ふくろう小屋では相変わらず、ロキはヘドウィグと一緒にいるようで、私が現れると「ホーゥ」と嬉しそうに鳴いた。

「久し振りに仕事よ、ロキ」

 こちらにやってきたロキの足にテキパキと手紙や荷物を括り付けながら私は言った。

「これをバレンに渡してちょうだい。くれぐれも慎重にね」

 私がそう言うと、ロキは任せておけとばかりに私の指を甘噛みし、夜の森へと飛び立って行ったのだった。