The ghost of Ravenclaw - 158
18. グリフィンドールの合言葉
あれからも時間を掛けて話を聞き、ようやくハーマイオニーは落ち着きを取り戻した。それでもハーマイオニーの目は真っ赤に腫れていたので、私は悪戦苦闘しつつどうにかこうにかバレないくらいにまで腫れを戻した。かなり時間は掛かったけれど、朝食が始まる時間には間に合い、私達は他の人に会わないように気を付けながら大広間に下りた。擦っていたせいか、ハーマイオニーの目元はまだほんの少し腫れが残っていたけれど、この分なら目元をじっくり見ない限りは、泣いてしまったことはバレないだろう。
大広間では、早起きをした生徒達がもう既に朝食を食べ始めていた。各寮のテーブルは4分の1ほどが埋まっていて、ハッフルパフのテーブルにはセドリックの姿もある。私はヒラヒラと彼に手を振って挨拶すると、1人グリフィンドールのテーブルへ行こうとするハーマイオニーを誘って、レイブンクローのテーブルに着いた。
「さあ、食べて。こういう時は美味しいものを食べなくちゃ」
こんがりと焼けたトーストにたっぷりとジャムを塗り、スクランブルエッグやサラダを皿に盛ると、ハーマイオニーの前に差し出しながら私は言った。ハーマイオニーはそれを受け取りつつも、レイブンクローのテーブルは慣れないのか、ソワソワしている。
「レイブンクローのテーブルってなんだか、新鮮だわ。グリフィンドールの雰囲気とは少し違うみたい」
「こっちもなかなか素敵でしょう?」
「私、レイブンクローの雰囲気もとっても好きだわ。それにハナと一緒に食事が出来るのは……その、もっと嬉しい……。ありがとう」
「私も貴方と食事が出来て嬉しいわ、ハーマイオニー」
最後の方を少しだけ恥ずかしそうにそう言うハーマイオニーにニッコリすると、私もトーストにジャムを塗って食べ始めた。それから5分もすると同室の子達がやってきて、私達の向かい側に腰掛けた。彼女達は珍しくレイブンクローのテーブルにいるハーマイオニーを快く迎えてくれて、全員が選択している古代ルーン文字学の話や他の科目の話で盛り上がったりした。
同室の子達と話している間、ハーマイオニーは話が合うのが嬉しいのか、楽しそうにしていた。古代ルーン文字学以外にも、マンディは魔法生物飼育学、パドマは占い学、リサはマグル学、私は数占い学と私達は満遍なく選択していたので、ハーマイオニーがどの科目の話をしても誰かが必ず返事を返すことが出来たし、たとえ選択してなくても誰もが興味津々で話を聞いたからだ。ハーマイオニーはそれが新鮮で嬉しいようで、宿題をするのにどの本が参考になるかなど情報交換をし合ったりしていた。
「ハーマイオニー、今日は楽しかったわ!」
「またこっちのテーブルに来てね!」
「その時はまた一緒に話しましょう!」
「ええ、また! 今朝は本当にありがとう」
朝食を終えると、私達は大広間を出て、それぞれの授業に向かうことになった。話が合ったからか、ハーマイオニーも同室の子達もすっかり仲良くなった様子で、お互いにこやかに手を振り合っている。最後に私も「また図書室出会いましょう」と話し合うと、ハーマイオニーは微笑んで頷いた。
「ええ、また図書室で!」
*
1日の授業を受け、またまたたっぷりと宿題を出されると、ようやく1週間の授業が終わり、金曜日の放課後がやって来た。明日はいよいよグリフィンドール対レイブンクロー戦ということで、生徒達はどこか浮き足だって、至るところからクィディッチの話題が聞こえてきている。放課後の図書室でも、ヒソヒソと明日の試合について話をしているのが聞こえていて、何人かの生徒が司書のマダム・ピンスに厳しく注意を受けていた(「そこ! お喋りするなら出ていきなさい!」)。
そんなヒソヒソ声とマダム・ピンスの注意する声が聞こえる図書室の中を私は本を探して歩いていた。今日探しているのはバックビークの裁判に役立ちそうな本だ。宿題は土日に回して、今日は今日はハグリッドの裁判の手伝いを進めておこうと思ったのだ。予定通りいけば、裁判まではあと2ヶ月はあるけれど、時間が十分あるとは言い難かった。いろいろあるのはもちろんだが、何よりハーマイオニーがパンク寸前だからだ。
こういう時、本当はバックビークの裁判の手伝いは私がすべて引き受けると言う方がハーマイオニーの負担が減るのだろう。裁判の手伝いがなくなれば、宿題だけに集中出来るからだ。私自身、ハーマイオニーにはそうさせてあげたいけれど、きっとそれを私が言ってしまえば、ハーマイオニーがもっと落ち込みそうな気がした。それに、ハーマイオニーは人一倍責任感が強いから、一度約束したことを途中で投げ出したがらないだろう。
なので、なるべくハーマイオニーの負担を減らせるよう、私は然りげ無く手伝いを進めることにした。それから、逃げ出したであろうワームテールの行方も追う必要がある。
「こんな状況でなければ、恋の話を聞いてあげられたのに……」
人気のない書棚の影でそう呟いて、私はひっそりと溜息をついた。ハーマイオニーは自分の言った言葉の意味に気付いていないようだったけれど、あれはそういう意味に違いないのだ。それに、そうだとすると、ハーマイオニーがロンに対してだけ特に素直になれないのも頷ける気がした。意識し過ぎて気恥ずかしくて、つい言い返してしまうのだ。
本当にこんな状況でなければ、もっと話を聞いてロンを振り向かせるためにあれこれ相談に乗ったりも出来たのに。けれども、裁判にワームテールのこともある今、恋の話に花を咲かせている時間はないに等しかった。それに、ワームテールについてはシリウスにも話をしなければならない。既に寮を出ていれば、グリフィンドールに乗り込まなくて済むかもしれないし、寮の中に隠れているなら乗り込んで寮から追い出さなければならない。考えることはたくさんある。
考え事をしつつ、私は魔法生物の裁判に関する本を探して書棚の間を歩き、いくつかの本を手に取った。ホグワーツの蔵書数は驚くほど多いので、参考になる本はまだまだあるだろう。それに意外なところに参考になる記述が載っていることもあるので見落とせない。まずは目の前の問題に集中しなければ――そう考えていると、どこからか話し声が聞こえて私は足を止めた。近くからだ。
「父上が対策を練ってくださった。あいつは確実に敗訴になるだろう。しかし、僕が処刑の場に立ち会えないのは残念だ。父上は、僕がその場に居合わせない方がいいだろうと仰って、よしとはしなかった――」
マルフォイの声だった。どうやらバックビークの裁判についての話をしているらしい。私はハッとして片手で口許を抑えると、そっと書棚の影に身を隠した。対策がどうのと聞こえたけど、ルシウス・マルフォイはまだ何か考えているのだろうか。まだ、何か――。
「来週が楽しみだ」
顔が見えないのに、そう言ったマルフォイの口許がニヤリと吊り上がった気がした。