The ghost of Ravenclaw - 156

18. グリフィンドールの合言葉



 2月最初の木曜日の朝、魔法省が吸魂鬼ディメンターに対し、「接吻キス」の執行許可を出したと発表された。予言者新聞の一面にその記事が載った時、私とセドリックが震え上がってしまったことは記憶に新しいけれど、ホグワーツの生徒の間では、そのことはほとんど話題になってはいなかった。私達以外の生徒の誰もが、凶悪な逃亡犯にどんな罰が下るかなんて興味がなかったのだ。

 生徒達の興味のあることは目下、2日後の土曜日に行われるグリフィンドール対レイブンクロー戦だった。この試合結果によって、どちらが優勝争いに残るのかが決定するし、何より開幕戦で箒を失ったハリーが次にどんな箒を使用するのかは、生徒達の格好のネタになった。スリザリン生達はハリーが学校にある年代物の流れ星に乗って練習していることを知りバカにしていたし、レイブンクロー生やハッフルパフ生はあれこれ箒のブランド名を出しては議論を白熱させた。

 そんなハリーの新しい箒となる予定のファイアボルトは、木曜日の夕食の時点ではまだ返却されていないようだった。聞いた話によると、マクゴナガル先生はフリットウィック先生と共にあらゆる呪いについて調べているらしい。もし試合当日までにマクゴナガル先生が返却してくれたのなら、ホグワーツ中の生徒が驚くことだろうが、検査に時間が掛かっているようで、返却日はハリーにすら分かっていなかった。

 ファイアボルトが返却されないことが原因なのか、ハリーとロンは相変わらずハーマイオニーと口を利いていなかった。それどころかハーマイオニーは私やセドリック、先生達以外とはほとんど口を利いていないようだった。春学期になってから大量の宿題とバックビークの裁判の手伝いに追われ、過剰なストレスから日に日に神経質になっていくので、事情を知らない周りの子ども達はハーマイオニーを避けているのだ。

「まだファイアボルトを調べてるだと?」

 シリウスもまた、神経質になっていた。
 吸魂鬼ディメンター接吻キスについての記事が出たその日の夜、テントの中で私からファイアボルトの経過を聞いたシリウスはイライラとした様子で吐き捨てた。ここ最近のシリウスはハーマイオニーに負けず劣らずの神経質っぷりで、怒りっぽくなっているように思う。春学期始まってもう1ヶ月経つのに何1つとして行動出来ていないので、シリウスもまた焦りとストレスが溜まっているのだ。

「呪いなんか掛かってないというのにご苦労なことだ」
「2日後にレイブンクローとの試合があるから、その時までには返してくれると思うんだけど……。少なくとも、今日の夕食の時までには返ってきていなかったわ」
「なら、明日までにはハリーの手元に戻るだろう。マクゴナガルも試合には間に合わせたいだろうからな」

 ソファーに座っているシリウスは少しつっけんどんな態度でそう言った。イライラしたように足を揺すっては、何度もテントの入口を見ている。こういう時、ハーマイオニーの時みたいに気分転換に外に連れ出せたらいいのだけれど、今朝の記事のことを考えるととても連れ出せる状況ではなかった。接吻キスのことは、予め忠告しておいた方がいいだろうか、それとも――。

「ねえ、シリウス」

 私は僅かに逡巡したのち、口を開いた。ポケットの中に捩じ込んでいた日刊予言者新聞を取り出し、シリウスの方へと差し出す。

「今朝、魔法省が吸魂鬼ディメンターに対し、接吻キスの執行許可を出したわ。貴方を見つけ次第、それを実行してもいいって――」
「そりゃあ、いい」

 シリウスは予言者新聞を受け取ると鼻で笑った。ここ最近のストレスで復讐さえ果たせるのなら、自分がどうなっても構わないという方へ意識がかなり傾いてしまっているのかもしれない。やはり話さない方が良かっただろうかと不安になりながら、私はシリウスの様子をうかがった。

「シリウス、本当に気を付けて。私もセドもとっても心配なの。貴方に何かあったら……」
「君達は心配し過ぎだ」

 記事に目を通しながら、シリウスは心底どうでも良さそうに言った。

吸魂鬼ディメンターに怯えていては何も出来ない。多少の危険を冒さなければ、ワームテールは捕まえられないだろう」
「それは、そうだけど。本当に心配なの。私、この先の未来も今年の6月までのことしか分からないし……しかも、それも完全に知っているとは言えないわ……」
「少なくとも6月にワームテールを捕まえるまで、私は生きてるさ。それに、ダンブルドアは校内に吸魂鬼ディメンターを入れたがらない。ホグワーツから出ない限り、私は安全だ。だろう?」

 それからシリウスはこちらをチラリと見て、途端に困ったような表情をした。

「あー……なんだ。冷たく言い過ぎた。君を泣かせたりしない。だから、そんなに不安そうな顔をしないでくれ――最近、どうにも落ち着かずにイライラしてしまうんだ。悪かった」
「いいえ。クルックシャンクスが中々外に出られないから進展が見込めないものね――このまま合言葉の入手が出来ない場合、私がポリジュース薬でグリフィンドール生になりすまして、合言葉を入手するって手もあるけれど」
「君の言う6月の満月の日まであと4ヶ月しかないからな……。ワームテールを寮の外に出すためには、早めにグリフィンドール寮に乗り込んで、こちらから仕掛けなければならない」
「もう少し待ってみて、それでもダメなら、私が入手するわ」

 残り4ヶ月というのは長いようであまりにも短かった。その4ヶ月の間にバックビークの裁判があるし、学年末の試験はあるし、どうにかしてワームテールをグリフィンドール寮から追い出さなければならない。もしワームテールが逃げ出したら、ロンとハーマイオニーは更に揉めることになるだろうけど、今は耐えるしかないだろう。私達は6月の満月に向けて、確実に準備を整えなければならないのだ。

「でも、ロンの心のケアのことは先に考えておかなくちゃいけないわね。ペットを失う訳でしょう?」
「しかも、とんでもない形で、だ。あんな奴がペットだとはおぞましいな」
「ハーマイオニーにもお詫びをしなくちゃ。私達のせいで、ハーマイオニーにはとんでもない負担を強いられているもの」
「なんにしても、計画が上手くいかなければケアも何もないさ」

 シリウスが冷たく言い放った。

「あいつを捕まえなければ何も変わらないんだから」