The symbol of courage - 020
4. キッチンと必要の部屋
ホグワーツも2週目になると城内の移動にも慣れて生活にも余裕が出てくるようになった。私は今週末は必要の部屋に行きたいからと、平日は毎日図書室通いをする決心をした。同室の子達も誘ってみたのだけれど、彼女達は各々で勉強をするようだった。レイブンクローは他寮に比べるとあっさりとした関係性な気がする。
それ故にレイブンクローは団結力が低いと言われるところがあるようだった。しかし、個人個人で勉学に励むのは私にとっては利点だった。なぜならレイブンクロー生は勉学に対する好奇心が旺盛過ぎて妙な魔法を練習していたりする人も見受けられるからだ。
なので、たとえ私が変身術をひたすら勉強していようが、1年生で無言呪文を習得しようとしていようが変に思われないのだ。まあ、それでもレイブンクローの1年生で一番のガリ勉の称号を得たのは間違いないけれど。
水曜日には遂に飛行術の授業も始まった。飛行術の授業はハッフルパフとの合同授業なのだけれど、至って順調だった。最初の授業は「アップ!」で地面に置かれている箒を手に収めるところから始まり、箒の握り方、そして地面を蹴って上昇、下降の仕方を勉強した。後半は箒の手入れの仕方についても勉強した。
ハリーとロンに会う機会も先週よりは格段にアップした。朝挨拶をし合ったり、廊下ですれ違ったら軽くお喋りをしたりした。ハリーはまだ他の生徒達からジロジロ見られることが多いようだったけれど、それも少しずつ減ってきてだいぶ過ごしやすくなっているようで、ホッとした。
セドリックとも遭遇する機会が増えた。ハッフルパフは隣のテーブルなので、大広間で会ったら挨拶をしたし、授業の合間にも時々会った。セドリックに会うと同室の子達がきゃあきゃあして色めき立っていたので、若いなぁなんて微笑ましい気分になってしまった。セドリック、イケメンだものね。うんうん。
授業は先週と同じようなものだった。変身術や呪文学では褒められたけれど、魔法薬学ではスネイプ先生は相変わらずだった。けれども、魔法薬学は可愛い方で、私が最も苦手としていたのはD.A.D.Aの授業だった。あの匂いとクィレルからの視線に耐えるのは苦行と言えるだろう。唯一の救いはその授業が終われば休みに入ることだった。
「ハナ、今週末も図書室?」
金曜のD.A.D.Aの授業が終わり、ランチを食べるために教室から大広間へ向かっている最中、マンディが訊ねた。私はそれに当然のように「ええ、そうよ。ちょっと違うこともする予定だけれど」と答えた。
「貴方ってレイブンクローの鑑ね」
リサが「私も勉強は好きだけれど、そこまでは無理だわ」と褒めているのか呆れているのか分からない口調で述べた。
「でも、ハナが図書室通いをしているのは、あれでしょ? ハッフルパフの王子様」
パドマがクスクス笑いをしながら続けた。途端にマンディとリサもクスクス笑いを始めるので、私は慌てて口を開いた。
「セドリックは違うわ。私、勉強を――」
「ディゴリーがなんだって?」
セドリックに悪いので否定しなければと口を開いたところで、後ろからひょっこり誰かが顔を出してきて、私は言葉を切った。見れば、私の両脇に同じ顔が2つある。
「フレッド、ジョージ。突然現れないで」
「ハナが近くにいるって分かったからつい」
「レイブンクローの淑女諸君、これから彼女を借りてもいいかな?」
両側から私の肩に手を回して2人がウインクをすると、同室の3人は揃いも揃ってポーッとしながらただ無言で頷いた。フレッドとジョージってセドリックみたいな芸術的イケメンではないものの、人気があるみたいなので、彼らのウインク攻撃にやられてしまったのだろう。そんな乙女心に微塵も気付かないフレッドとジョージは、
「ありがとう、淑女諸君」
と言って、私を名実共に小脇に抱えて廊下を歩き出した。
「歩ける! 私、歩けるわ!」
「まあまあ、良い所に連れてってやるよ」
「良い所?」
「素晴らしい場所さ」
彼らはなんとそのまま私を小脇に抱えたまま、昼飯時で人が多い大広間前の玄関ホールを非常にゆっくり闊歩した。丁度大広間に向かうところのハリーとロンに「ハナ!?」とびっくりされたし、セドリックにも見られて呆然としている彼に「ハーイ、セドリック」と苦笑いで言うのが精一杯だった。
1つ気になったことといえば、ハーマイオニーだった。彼女が1人ポツンとグリフィンドールのテーブルに座っているのが、玄関ホールを横切るときに見えたのだ。声を掛けたかったが、マクゴナガル先生に見つかりそうになったフレッドとジョージが走り出してしまったので、声を掛けられずに終わってしまった。
「なんとか撒いたな」
フレッドが周囲を確認しながら言った。
「一体、何なの?」
ようやく私が解放されたのは、城の地下だった。魔法薬学の教室は玄関ホールにある大理石の階段の左側のドアから下に降りるのだけれど、私の記憶が確かなら、フレッドとジョージは右側のドアから地下に降りてきたように感じる。その証拠に同じ地下だと言うのに、広い石の廊下は明々と松明に照らされている。
「ここは大広間の真下さ」
ジョージがそう言って廊下に飾られている食べ物を描いた絵画の中の一枚――巨大な銀の器に果物を盛った絵画――の前に立った。そこには梨が描かれている。ダンブルドアがわざと口を滑らせた、あの梨だ。
「貴方達、どうして私が梨をくすぐりたがっていると知っているの?」
ダンブルドアとお茶会をしてから、梨を見つけたらくすぐってみようとは思っていたが、あからさまに探したり誰かにその話をしたりはしなかった。だったらどうしてフレッドとジョージは分かったのだろう。それとも偶然なのだろうか。偶然、厨房の場所を教えたくなった? そんなバカな。
「あー、俺達は水曜の夜、ダンブルドアに会った」
「寮を抜け出したのね」
「まあ、話を聞きたまえ」
「そのとき、お優しいダンブルドアは見逃してくれたんだが、去り際にこう仰った」
「『そういえば、ミス・ミズマチが梨をくすぐりたがっていたのぅ』って」
「俺達は見逃す代わりに君に厨房の場所を教えろと言うご命令だと受け取ったのさ」
なるほどダンブルドアの仕業だったのか、と私は妙に納得した。彼が口を滑らせた時にくすぐりたいと思っていたことを見透かされていたのだろう。ダンブルドアって心を読む魔法でも知っているのかしら。今度そういう魔法がないか調べてみよう。
「でも、ダンブルドアはどうして君に教えるように言ったのかは不思議だったな」
ジョージが怪訝そうにそう言った。
「うーん、それは私がくすぐりたがっているとダンブルドア先生が分かったからだわ。この間お茶をしたの」
「ダンブルドアとお茶? 君、ダンブルドアとどういう関係なんだ?」
食い気味で聞いてくるフレッドに私はもう一度「うーん」と唸った。ダンブルドアは別に後見人であることを隠すつもりはないようだったし、話してもいいのかもしれない。しかし、
「ダンブルドア先生が私の後見人だからよ」
この時の私はまだ知らなかった。彼らにそれを明かすとどうなるのかということを。