The ghost of Ravenclaw - 154

17. いなくなったスキャバーズ

――Harry――



 1回目の吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練の数日後、レイブンクロー対スリザリン戦が行われた。この試合結果によってはレイブンクローが優勝する確率がグンと上がることになる。そのことから、ハリーはもちろんのことグリフィンドールの選手達の誰もが試合結果に注目にしたが、結果はなんと僅差ながらもスリザリンの勝利だった。

 これはグリフィンドールにとって、非常に喜ばしい結果だった。来月行われるレイブンクロー戦に勝利すれば、グリフィンドールが2位に浮上することになるからだ。そこで、ウッドはチームをしごくために練習を週5日に増やした。ルーピン先生の吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練も週に1回あるのに、それに加えてクィディッチが5日もあるのだ。ハリーは実質一晩でその週の宿題をこなさなければならなくなり、驚くほど多忙となった。

 それでも、ハーマイオニーに比べたら、ハリーはまだマシな方だった。いつもたくさんの勉強をこなしているハーマイオニーも、春学期になるとどの科目もたくさんの宿題を出すようになり、流石に膨大な負担が掛かっているようだった。ハーマイオニーは毎日1日の授業を終えると夕食まで図書室に籠り、夕食後は夜遅くまで談話室の片隅を占領して、ほとんど誰とも口を利かずにいくつもの宿題をこなし、次第に邪魔をされるとヒステリック気味に怒鳴るようになっていった。

 ハリーもロンもハーマイオニーが一体どうやっていくつもの授業を受けているのか、さっぱり分からなかった。ハーマイオニーは授業を選択し過ぎて数占い学やマグル学などが他の授業と重なっているのだが、どの授業も休んだことがないというのだ。つい先日は、魔法生物飼育学と被っているというのに、数占い学のベクトル先生と授業の内容について話をしているのをロンが聞いたと言うし、半分は占い学と授業が重なっているマグル学もハーマイオニーは休んだことがないらしい。

 しかし、ハリーにはハーマイオニーがどうやってたくさんの授業に出ているのかロンと議論する暇はなかった。なにせ、宿題が山ほどある――クィディッチの練習が週に5日もあるから仕方がないなんて言ってくれる先生は誰もいないのだ。特にスネイプの魔法薬学の宿題が終わらなかった日にはどんな罰を与えられるか分かったものではない。

 そんなこんなで、吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練やクィディッチの練習、それにたくさんの宿題に追われているうちに1月はあっという間に過ぎ、2月になった。次のレイブンクロー戦がどんどん近くなり、練習は激しくなるばかりだったが、クィディッチの勝利に関わる重大な問題が未だに解決されていなかった。そう、ファイアボルトの件である。

 マクゴナガル先生は未だにファイアボルトを没収したままだった。ハリーは変身術の授業がある度に、マクゴナガル先生にファイアボルトがどうなったか訊ねたが、12回も訊ねてもまだ「うっちゃりの呪い」がどうのと言って、箒の検査は続いていた。今では春学期が始まる前日にファイアボルトの件を聞き、足繁くマクゴナガル先生の元へ行き経過を訊ねていたウッドでさえ、ハリーに別の箒を買うよう勧めるくらいだったが、ハリーはどうしてもファイアボルトが諦められなかった。

 吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練も思うように進んでいなかった。あれからもう2回ほど訓練が行われ、ハリーは倒れることはなくなったし、もやもやした銀色の影を作り出せるようにはなっていたけれど、吸魂鬼ディメンターを追い払えるまでにはなっていなかった。ハリーの守護霊は、守護霊と呼ぶにはあまりにも頼りなげな半透明の雲のようで、しかもその形をなんとか保とうとするとクィディッチの練習を6回もこなしたあとくらいヘトヘトになった。

 きっとハナはもっと上手く守護霊を作り出せるのだろう。ハリーはそう考えて、何度も落ち込んだ。ハナが努力家なことはハリーも分かっていたが、それでもどの呪文もハリーより上手にこなした。きっと守護霊の呪文だって練習してクリアしてしまったに違いない。だからルーピン先生のアドバイスだって必要としなかったのだ。ハリーは守護霊の呪文を使う時、ハナがどんな思い出を思い浮かべているのか気になったが、ハナはハーマイオニーと一緒にいることが多く、話す機会はなかなか巡ってこなかった。

「高望みしてはいけない」

 4回目の訓練のあと、ルーピン先生が言った。

「13歳の魔法使いにとっては、たとえぼんやりした守護霊でも大変な成果だ。もう気を失ったりしないだろう?」

 確かにそうだけれど、ハリーはまったく現状に満足していなかった。なぜなら、ハリーの守護霊は、ただの一度も吸魂鬼ディメンター・ボガートを追い払ったことがないからだ。しかも、1人相手にするだけでもかなりの体力と精神力を費やしてしまう。もし、開幕戦の時のように大勢の吸魂鬼ディメンターが押し寄せてきたらどうなるだろう? ハリーはそれが不安でたまらなかった。

 けれども、ルーピン先生はハリーが短い間にとてもよく出来るようになったと褒め、きっと大丈夫だと励ましてくれた。もし、次のクィディッチ試合に吸魂鬼ディメンターが現れたとしても、しばらく遠ざけておいて、その間に地上に下りることが出来るだろうと、にっこり微笑んでくれた。それから、この日はいつものチョコレート以外のものを先生が出してくれた。

「バタービールだ! ウワ、僕大好き!」

 ルーピン先生の鞄から出てきた2本の瓶を見て、ハリーは嬉しさのあまり思わず口が滑った。ホグズミードに行ったことがなく、長い間マグルの親戚と共に過ごしてきたハリーがどうしてバタービールの存在を知っているのか――先生の眉が不審そうに動くのが分かって、ハリーは慌てて付け加えた。

「あの……ロンとハーマイオニーが、ホグズミードから少し持ってきてくれたので。この間のホグズミード休暇の時に」

 あの日、ハナとセドリックがこれと同じ瓶を3本購入していたことを思い出してハリーは言った。ルーピン先生はそれでもまだ腑に落ちない様子だったけれど、有り難いことにそれ以上深く追求するようなことはしなかった。

 ハリーは、ルーピン先生とレイブンクロー戦での勝利を祈って乾杯すると一緒にバタービールを飲んだ。飲み始めてしばらくの間、2人は黙って飲んでいたが、おもむろにハリーが口を開いた。思い切って、先日聞けなかったことを訊ねてみようと思ったのだ。

「ルーピン先生は、レイブンクローの幽霊について何かご存知ですか?」
「な、なんだって――?」
「レイブンクローの幽霊です。あの、灰色のレディではなく、18年くらい前にホグワーツにいた女子生徒で……」
「その話を誰から聞いた?」

 ルーピン先生がギョッとしたように言った。でも、先生は灰色のレディではない「レイブンクローの幽霊」とは一体なんなのか、とは訊かなかった。

「マルフォイです」

 ハリーは正直に答えた。

「去年、マルフォイがその話をしているのを聞きました。ハナが、えっと――その人の娘だとか、なんとか――」

 すると、ルーピン先生は少し表情を和らげ、おかしそうに笑った。

「ああ、なるほど。これくらいなら君に教えてもいいだろう――ハリー、私は彼女を知っている。大事な親友だ。でも、これははっきりと言えることだが、ハナは決してレイブンクローの幽霊の娘ではない。君がマルフォイ君からどう聞いたのかは分からないが、ハナはマグル生まれだからね」
「じゃあ、レイブンクローの幽霊って一体誰なんですか? どうして、幽霊なんて呼ばれてるんですか? それに、どうして――」
「ハリー」

 矢継ぎ早に質問するハリーをルーピン先生がきつい口調で制した。

「私からはこれ以上は教えられない。ただ、他に言えることがあるとするなら、レイブンクローの幽霊は決して君の敵ではない。それだけをしっかり覚えておくんだ。いいね、ハリー」