The ghost of Ravenclaw - 151

17. いなくなったスキャバーズ



 春学期は翌日から始まった。
 クリスマス休暇中にも宿題が出たというのに、どの先生も新学期の最初の授業からたっぷり宿題を出した。一番ひどいのは古代ルーン文字学で、バスシバ・バブリング先生は「予定通り春学期から翻訳の勉強に入ります」というと、その日のうちに翻訳の宿題を山ほど出した。先生曰く簡単な翻訳らしいけれど、これがまたとても難しくて、私はルーン語の辞書を片手に何日も頭を悩ませることになった。

 最低限の授業数の私ですら宿題をこなすのが大変だったので、当然ながら全部の授業を選択しているハーマイオニーの宿題の量はとんでもないことになっていた。という訳で私はセドリックと相談し合っていた通り、翌日の夕方にはハーマイオニーを捕まえて、遠慮するハーマイオニーを半ば強引に引っ張り、図書室の奥の席に案内した。

 ハーマイオニーは最初の間、とても遠慮している様子だった。「貴方達2人だけの場所だったのに」とか「貴方達の邪魔は出来ないわ」としきりに呟いていたけれど、私もセドリックも根気よく彼女を説得した。そもそもセドリックはクィディッチの練習や監督生ということで予定が入りやすいので、週の半分以上、図書室の奥の席は私の貸切状態なのだ。ハーマイオニーはそのことを知ると、私が1人の時なら、と図書室の奥の席によく現れるようになった。きっと遠慮しつつも寂しかったのだと思う。

 ハーマイオニーはセドリックが図書室に現れる日は大抵違う席で勉強したり、ハグリッドの小屋を訪れたりしているようだったが、時々奥の席でセドリックとも鉢合った。セドリックはハーマイオニーのことをとてもよく気に掛けてくれて、自分の宿題やクィディッチの練習、O.W.L試験の合間にハーマイオニーの宿題のアドバイスをしてくれたし、私とハーマイオニーが暇を見つけてバックビークの裁判資料を探している時にも手伝ってくれたりして、ハーマイオニーは感激しきりだった。

「彼ってなんて素晴らしいのかしら。宿題のアドバンスもとても分かりやすいし、裁判の手伝いまでしてくれるし、それに私なんかにも優しくしてくれるし……何より貴方のこととてもよく見てるわ。優しい目をして貴方のことを見てるのよ。私、そのことがとっても嬉しい」

 こんな風に春学期開始当初、ハーマイオニーは比較的落ち着いた様子だった。けれども元気いっぱいかと言われると決してそうとは言えず、更には日を追うごとに宿題が増えるので、1ヶ月もするとハーマイオニーは過大なストレスから次第に追い詰められ、どんどん神経質になっていった。クリスマス休暇から始まったハリーとロンとの仲違いが未だに続いていたのもハーマイオニーのストレスの一因となっているようだ。

 ハリーとロンは、クリスマス以降、ハーマイオニーとほとんど口を利いていないようだった。何度か3人で話す機会を設けようと試みたけれど、ロンは「どうせ君はハーマイオニーの味方なんだろ」と怒っていたし、ハリーの返答もなんだか曖昧だった。どうやらハリーはファイアボルトを取り上げられたショックが大きいらしい。ハーマイオニーは自分を心配して善意でマクゴナガル先生に話したのだと分かってはいるものの、今はそのことがハリーの中で大きなしこりとなっているようだった。

 その上、ハリーはハーマイオニーと負けず劣らず忙しかった。春学期の最初の週にはリーマスによる守護霊の呪文の練習が始まったし、更にはクィディッチの練習も増えたからだ。先日行われたレイブンクロー対スリザリンのクィディッチ戦でスリザリンが勝利し、グリフィンドールの優勝の可能性が高まったとあって、オリバー・ウッドが張り切っているらしい。そういう訳で、ハリーは週に1度の守護霊の呪文の訓練と、週に5日のクィディッチの練習で1週間のほとんどを費やすことになり、まともに宿題をこなせるのは週にたったの1日だけだった。それでもハーマイオニーに比べたらハリーはマシな方だった。


 *


 勉強や裁判の手伝い、それに満月と忙しくしている間に1月はあっという間に過ぎ去り、2月になった。シリウスはクルックシャンクスが女子寮に閉じ込められる時間が増えたことで、未だにグリフィンドール寮の合言葉を入手出来ずやきもきしているようで、最近何かとイライラしているようだった。毎晩会いに行くと忙しなくテントの中をウロウロすることが増えたのだ。きっと、動いていないと落ち着かないのだろうと思う。

 一方ハリーの方もここ最近では落ち着かない日々を過ごしていた。というのも、2月の最初の土曜日にグリフィンドール対レイブンクローのクィディッチ戦が迫ってきているというのに、ファイアボルトが一向に戻ってこないからだ。マクゴナガル先生はギリギリまで呪いの調査をするようで、ハーマイオニーもそのことをとても気にして、ますます神経質になった。

 日刊予言者新聞の一面にある記事が掲載されたのは、そんな誰もが落ち着かない時期のことだった。木曜の朝、日刊予言者の記事を目にした私とセドリックはお互い記事を読んで顔を真っ青にして震え上がった。魔法省が吸魂鬼ディメンターに対し、シリウスを発見したら「吸魂鬼ディメンター接吻キス」を執行する許可を出したのだ。

 吸魂鬼ディメンター接吻キスとは、吸魂鬼ディメンターが徹底的に破滅させたい者に対して実行するものだ。彼らは獲物の口を自らの上下の顎で挟み込み、魂を吸い取るという。吸い取られた魂は永遠に戻ることはない――吸い取られた者は、脳や心臓が動いていれば体だけは生き続けられるものの、もはや自分が誰なのかも分からず、記憶もない、生きる屍と成り果てるのだ。

「シリウスは、死なないはず……」

 私は何度も何度も予言者新聞の記事を読み返しながら呟いた。例の友人はシリウスが作中で亡くなったと話したことはあっただろうか? 友人はシリウスの話をよく聞かせてくれたけれど、私の記憶が確かなら、彼が死ぬとは一度も言わなかったはずだ。つまり、シリウスが吸魂鬼ディメンター接吻キスを執行される可能性は限りなく低いということだ。

 けれども、私はどうしても不安が拭えなかった。なぜなら私は、『アズカバンの囚人』から先の出来事を一切知らなかったからだ。友人がするのはいつもシリウスの過去の話ばかりで、物語の話も毎回アズカバンのことばかりだったのだ。私はそのことを特別気にもしていなかったけれど、シリウスの未来の話をしなかったのはなぜだろう。友人は「ハナがハリー・ポッターを読む気になったら、この先を教えるわ」と言っていたけれど、あれはいつか私が読むことを期待して、ネタバレを気にしてくれていただけだろうか。

「大丈夫……よね?」

 この先、一体何が待ち受けているのだろう。未来が分からなくなっていくことに、私は密かに身震いした。