The ghost of Ravenclaw - 149

17. いなくなったスキャバーズ



「私、マクゴナガル先生にファイアボルトのことをお話ししたの」

 ハーマイオニーは意を決したようにそう口にすると、時折言葉に詰まりつつも、昨日何が起こったのかを私とハグリッドに話して聞かせてくれた。昨日の朝に起こったクルックシャンクスとスキャバーズの問題で、ロンがクルックシャンクスを蹴ろうとしたことへの怒りと、ロンに対する申し訳なさでどうしたらいいか分からなくなっていたこと。ハリーに差出人不明のファイアボルトが届き、それがシリウスからではないかと心配で心配で堪らなかったこと。ハーマイオニーはそれらを1つ1つ丁寧に話した。

「命を狙われているっていうのに、ハリーもロンもちっとも真剣に考えていなかった」

 ハーマイオニーは震える声で言った。

「2人共、とっても高級で最新の箒が手に入ったものだから舞い上がるばかりで、私の言うことなんてただのお小言くらいにしか考えてなかった。でも、もしファイアボルトに強力な呪いが掛かっていたら――もし、それが判明する前にハリーやロンが乗ってしまったら――私、2人を怒らせるって分かってたけど、マクゴナガル先生に話さなくちゃって。ハリーを危険な目に遭わせられないって――私だってこんなこと、ほ、本当はしたい訳じゃ、な、ないのに――」

 それからハーマイオニーは両手で顔覆って泣き出した。怒らせることを覚悟してマクゴナガル先生に話したと言っていたけれど、いくら覚悟したとしても、親友から嫌われて平気な人なんてどこにもいない。ましてや、ハーマイオニーはまだ14歳なのだ。繊細な年ごろだし、たくさんのことを抱え込むにはまだ難しいだろう。耐えられないことだって多いはずだ。それでも、彼女は心からハリーを心配して行動した。

「ハーマイオニー、お前さんはハリーを心配して行動したんだ。それは悪いことじゃねぇ。絶対だ」

 ハグリッドは泣いているハーマイオニーを根気強く励した。

「クィディッチ選手は箒のこととなるとちーっとバカになるが、ハーマイオニーの選択は正しいことだってハリーにも分かっちょるはずだ」
「ハーマイオニー、大丈夫よ。落ち着くまでは時間が必要かもしれないけれど、分かってくれる時が来るわ。きっとよ」

 それからというもの、私はクリスマス休暇の残りの時間をなるべくハーマイオニーと一緒に過ごした。ハリーとロンはファイアボルトをマクゴナガル先生に没収されてしまったショックで冷静に物事を考えられる状態ではなかったし、このままではハーマイオニーが孤立してしまうと思ったからだ。

 そういう訳で、夜に寮で眠ったり、シリウスの元へ行く以外、私はハーマイオニーと一緒にいた。そのほとんどの時間は図書室で過ごして、私とハーマイオニーはお互い宿題をこなしたり、バックビークの裁判についてあれこれ調べたりした。マダム・ピンスは毎日通う私達を好意的に捉えたのか、それともバックビークの件を耳にして哀れに思ったのか、何度か私達に参考になりそうな本を渡してくれたりした。マダム・ピンスはいつも厳しいけれど、時々こうして優しくしてくれるのだ。

 この話は、もちろんシリウスにもした。シリウスはまさか子ども達の誰かに差出人が自分だと見破られるとは思っていなかったらしい。驚くのと同時に、ハーマイオニーに対して申し訳なさそうにしていた。けれどもシリウスは楽観的なのかなんなのか、そのうち必ずハリーの手元にファイアボルトが返ってくるだろうと話していた。

「そもそも私は呪いなど掛けてはいないし、それにマクゴナガルはファイアボルトを使い物にならない状態にはしないだろう」
「でも、聞いたところによると、分解するって仰ったみたいよ」
「マクゴナガルは元に戻せない状態まで分解したりはしないさ」

 シリウスはきっぱりと言った。

「なんたってマクゴナガルは大のクィディッチ好きだ――ファイアボルトがあればグリフィンドールの勝利が近づくのにそれをダメにしたりしないさ」


 *


 クリスマスから1週間ほど過ぎ、新年を迎えても、私は相変わらずハーマイオニーと一緒にいた。ハリーとロンはファイアボルトがマクゴナガル先生に没収され、分解までされることが相当ショックだったらしく、未だに口を利いていないからだ。いつもならロンとハーマイオニーの間に入り、仲を取り持ってくれてるハリーまでもが口を利こうとしないのが、喧嘩が長引いている原因かもしれない。

 このことでハーマイオニーはかなり参っているようだった。ファイアボルトの件については、自分は間違っていないのだと思っているものの、3人しか残っていない寮の中で孤立するのはやはり辛いのだろう。やがてハーマイオニーは毎朝早くに逃げるように私の元にやって来るようになり、度々弱音を吐いて泣き出すようになった。私はそんなハーマイオニーを根気強く慰めて、時々、事情を知っているハグリッドのことを頼った。ハグリッドは私と同じように粘り強くハーマイオニーを慰めてくれた。

 喧嘩して以降、ハリーとロンは図書室に近寄らなくなった。ハーマイオニーは自分のことが嫌いになって顔も見たくないから来ないのだととても落ち込んでいたけれど、バックビークの裁判の手伝いをやめようとはしなかった。それどころか、この休暇中誰よりも宿題が出ているというのに、あれもこれも抱え込もうとするので、私は注意深くハーマイオニーの様子を見て、度々図書室から連れ出した。そうでないとハーマイオニーがパンクしてしまいそうだった。

 クリスマスに満月が重なったことで、休暇の間のほとんどを私室で過ごすことになったリーマスは、このころになると大分体調も良くなっていた。ここ最近では体が脱狼薬に少しずつ慣れてきたのか、当初よりひどい体調不良にはなっていないように思う。この分だと次の満月の時はギリギリまで授業が出来るだろう。

「ねえ、ハナ。ルーピン先生の具合はどう?」

 ハーマイオニーがリーマスの体調について訊ねてきたのは、そんなある日の昼下がりのことだった。どうやらリーマスの体調のことをずっと気にかけていたらしい。新年が明けて数日が経ってもなかなか姿を見せないせいもがあるかもしれない。顔を上げてみると、図書室の大きなテーブルに本を山のように積み上げて作業しているハーマイオニーが本の隙間から躊躇いがちにこちらを見ていた。

「もうすっかり良いのよ。念の為休んでいるけれど、春学期が始まれば、授業に出て来るわ」

 私はなんてことない風を装って答えた。しかし、ハーマイオニーはなんだか釈然としない様子で、表情も少しばかり強張っているように見える。

「そう――あの、クリスマスの日、あー――貴方は、ずっとルーピン先生と一緒だったけれど、その、貴方は大丈夫なの? えーっと、なんて言うか、移ったりとか?」

 私はそんなハーマイオニーの言わんとしていることがなんとなく理解出来て、ドキリとした。と同時に、まだ14歳だというのにこの子はなんて頭がいいんだろうと舌を巻いた。ハーマイオニーはリーマスがいつ体調が悪くなるのか、その理由がなんなのか、既に見当がついているのだ。それで私を心配して訊ねてくれたに違いない。

 そういえば、以前スネイプ先生がリーマスの代理でD.A.D.Aの授業をした時、グリフィンドールの3年生相手に狼人間について事細かに説明したことを双子の姉であるパーバディから聞いたとパドマが話していた。あれはスネイプ先生が生徒の誰かにリーマスの秘密に気付いて欲しくてそうしたのだろうから、先生がハーマイオニーのこの様子を見たらさぞやお喜びになるだろう。

 しかし、気付いたのがハーマイオニーでなかったらどうなっていただろう。私はそのことを考えてゾッとした。もし、こんなに思慮深い子でなければ、今ごろホグワーツは大騒ぎになっていたに違いない。私に訊ねるまでの間、相当悩んだだろうに、ハーマイオニーが私以外の誰にも打ち明けた様子がないのは、狼人間の性質より授業を通して感じたリーマスの人間性や私との関係性などを重んじてくれたからだろうか。

「大丈夫よ、ハーマイオニー」

 私はニッコリ笑った。本当なら気付いているのに黙っていてくれたことへのお礼を言わなければならないのだろうけれど、いくら相手がハーマイオニーだと言えども、ここで私が勝手にリーマスの秘密を肯定するような発言をするべきではないだろう。それでもお礼の気持ちを込めて笑顔を作った。

「私はこの通りピンピンしてるわ」

 ハーマイオニーは私が話せないということを悟ったのだろう。やがて、固い表情をしつつ頷いていた。