The ghost of Ravenclaw - 148

17. いなくなったスキャバーズ



 冬用マントを着込み、しっかりとマフラーをして、私はハーマイオニーを連れて図書室をあとにした。寒々しい廊下を歩き、樫の木の玄関扉を潜ると、雪が降り積もった校庭へと向かう。空は、明け方と同様にそのほとんどが雲に覆い尽くされていたけれど、ところどころに青空が見え、雲間から柔らかい冬の陽射しが降り注いでいた。厳しいホグワーツの冬にしては割と穏やかな天候だ。

 まだ誰も通っていない雪の校庭を私達はザクザクと踏み締めて、当てもなく進んだ。吐いた息が2人分、真っ白になって立ち昇り、ちょっと空気を吸い込んだだけで冷気が肺を満たしていく。さて、行く当てもなく出てきたけれど、どこに向かおうか。誰もいないだろうし、湖の方へと足を向けてもいいかもしれない――私はチラリとハーマイオニーを見ながら考えた。ハーマイオニーはすっかり落ち込んだ様子で俯いたまま、何も言わずに私の少し後方を歩いている。

「今日は穏やかな天気でよかったわ」

 私は努めて明るく言った。

「湖の方へ行ってみましょうか? 分厚い氷が張ってるかもしれないわ。私、日本ではこんなに寒いところに住んでいなかったから氷が張った湖なんて見たことがないの。どうして今まで見に行かなかったのかしら」

 返事はなかったものの、私は気にせず笑い掛けて湖の方へ進んだ。やがて、右手にハグリッドの小屋が小さく見えてくると、その近くで何やらハグリッドが作業している姿が見えた。本来なら近くまで行って声を掛けるところだけれど、ここはハーマイオニーを優先すべきだろう――私がそんな風に考えていると、不意にハグリッドが顔を上げてこちらを振り向いた。どうやら視線を感じたらしい。

「お前さん達、そこで何しちょる?」

 私達がいることに気付くと、ハグリッドは雪の中を大股で進みながら近付いて来た。その手には、大きなイタチが逆さまに握られている。もしかしたらイタチはバックビークの餌にするのかもしれない。

「おはよう、ハグリッド。ハーマイオニーをデートに誘ったところなのよ」

 私が冗談っぽく言うとハグリッドはこちらを見て、それからハーマイオニーを見た。すると、いつになく元気のないハーマイオニーに気付いたのだろう。ハグリッドは何かあったと悟ったのか、気遣わしげな視線をハーマイオニーに向けた。

「デートなら、いい場所を知っちょる」

 ややあって、ハグリッドが言った。

「暖かくて熱い紅茶と甘いお菓子が出て、それに――あー――美しい魔法生物も見られる。ちーっとも危険じゃねぇ……」
「私達、湖に行こうと思ってたんだけど、それよりずっと素敵だわ。私もその魔法生物に挨拶出来るかしら」
「丁寧にお辞儀をすれば大丈夫だ。ハーマイオニー、お前さんもどうだ?」

 ハグリッドの問い掛けにハーマイオニーが小さく頷くと、私達は行き先を変えて、ハグリッドの小屋に向かうことにした。ハグリッドの小屋では、一頭の魔法生物が部屋の隅の方に寝そべって大人しくしている。半鳥半馬の生き物でどうやらこれがヒッポグリフと呼ばれる生き物らしい。先日理事会から手紙が届いた時、繋いでおけと書かれてあったので、小屋に入れてあげたのだろう。私が興味津々で見つめているとそのバックビークと思われるヒッポグリフは初めて会う私を警戒心たっぷりに睨みつけた。

「ハナ、目を逸らさずにお辞儀をするんだ――瞬きはあんまりせん方がええ。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせる奴を信用せんからな」

 バックビークの様子を見てハグリッドは私にそう言った。なので言われた通りに深々とお辞儀をして、僅かに目線を上げてバックビークの様子を窺うと、バックビークはじっくり私が信用出来るか吟味したあと首を下げてお辞儀のような仕草をした。どうやら合格らしい。

「はじめまして、バックビーク。お辞儀を返してくれてありがとう。貴方、とっても綺麗ね。羽毛から馬毛へ変わっていくところが不思議で、素晴らしいわ」

 たっぷり褒めてあげて嘴を撫でると、バックビークはすっかり警戒心を和らげて大人しく撫でられていた。ハグリッドはそれを見て心底安心したように何度か頷くと、私とハーマイオニーに椅子を勧めて、お茶の準備をしてくれた。

「さ、ハーマイオニー、落ち着くぞ」

 紅茶がたっぷり注がれたマグカップとお手製のロックケーキ――焼き過ぎなのかかなり固くなっている――を差し出してハグリッドが言った。それに対してハーマイオニーが「ありがとう……」と弱々しく呟いた。

「俺が落ち込んでた時、お前さん達はいつもこうしてくれた。ついこの間も――だから、こういう時はお互いさまだ。ハーマイオニー、落ち着くまでずーっとここにおったらええ」

 ハグリッドにそう言われるとハーマイオニーはこくりと頷いたきり、また黙り込んだ。ハーマイオニーはそのまましばらくじっとしたままだったけれど、やがてマグカップを両手で持つとゆっくりと口に運んだ。マグカップを握る手にあまりに力が入り過ぎているせいか、指先が白くなっている。

 昨日、朝食の席で会って以降、一体何があったというのだろうか――私はハーマイオニーが口を開くのを待ちながら考えた。クルックシャンクスとスキャバーズの件で更に言い合いになったか、それとも差出人不明のファイアボルトの件で何かあったのだろうか。たとえば、シリウスのことを疑っていたハーマイオニーがマクゴナガル先生に話して、ハリーとの関係までもが悪くなった、とかだ。そして、

「私、マクゴナガル先生にファイアボルトのことをお話ししたの」

 私のその予想は、見事に的中してしまったのだった。