The ghost of Ravenclaw - 147

17. いなくなったスキャバーズ



 満月の夜は落ち着かない気持ちのまま過ぎた。
 というのも、朝起きてから数時間も経たないうちに次々に新たな問題が発生したからだ。聞くところによると、クリスマスの朝からクルックシャンクスがスキャバーズに襲いかかってロンとハーマイオニーが喧嘩になり、更にはハリーに差出人不明のファイアボルトが届いたという。

 私はその話を聞いた瞬間、頭が痛くなるの同時に自分で自分を恨んだ。クルックシャンクスに、どうしてクリスマスは何もしなくていいと言っておかなかったのだろう。彼は頭のいい猫だから、きっと言うことを聞いてくれたはずだ。それにシリウスにも、まだ逃亡中の身なのだから間違っても可愛い被後見人に高級品を送ってはいけないと言い聞かせておくべきだった。値段も表に張り出されないくらい高級な箒を送られては、とてもじゃないけれど、私が送ったものだなんて誤魔化せない。

 ハリーとロンは、ファイアボルトの差出人は善良な人だと信じて疑っていないようだった。ロンの予想ではダンブルドア先生やリーマスらしい。ハリーの置かれている状況を考えると、2人の考え方は少々楽観的過ぎるとは思ったものの、差出人を知っている身からすると私はそれでも特に問題ないように思えた。まだ確認は取れていないけれど、おそらく差出人はシリウスで間違いないからだ。けれど、楽観視していない人もいた――ハーマイオニーである。

 ハーマイオニーは、ハリーとロンとは違い、ファイアボルトに何かとんでもない危険が潜んでいるのではないかと危惧していた。なぜなら、ハーマイオニーもまた、ファイアボルトはシリウスが送ったものではないかと疑っていたからだ。ただ、ハーマイオニーが私と違うところはシリウスが凶悪犯罪者で、ハリーの命を狙っていると信じていることだろう。

 という訳でハーマイオニーは、シリウスがファイアボルトに強力な呪いを掛けてハリーを殺そうとしているのではないかと恐れているようだった。もしハリーやロンが乗ってしまって何かあったらと気が気じゃないのだろう。私はそんなハーマイオニーに何も心配いらないと言いたかったけど、結局何も言えずに終わった。どうして心配いらないと言い切れるのか、私はまだ説明出来ないのだから――。

 ファイアボルトが新たなトラブルを持ち込まないか心配で堪らなかったものの、クリスマスの夜は満月だったので、私は朝食を食べるとリーマスの私室に直行した。リーマスはクリスマスなのに私が1日中付き添うことを申し訳なく思っていたようだけれど、私はクリスマスだからこそリーマスと一緒にいるべきなのだと考えていた。

「リーマス、貴方は今、私の保護者の1人でしょう? だったら私、貴方と過ごすわ。だって、クリスマスってこちらでは家族と過ごすものなんだもの」

 それからもリーマスは、「家族というなら、ダンブルドア先生やハリーと過ごすべきだ」としばらくの間あれこれ言っていたが、私がまったく引かないものだから、結局はリーマスの方が折れることになった。やがてリーマスは弱々しく笑うと言った。

「君は強情だな」
「あら、リーマス、今ごろ分かったの?」

 それから昼まではぽつりぽつりと話したり、スネイプ先生が持ってきてくれた脱狼薬を顰めっ面で飲むリーマスにチョコレートを差し出したり、いつもの満月の日と変わらない時間を過ごした。お昼の少し前にはダンブルドア先生が現れて「メリークリスマス!」とご機嫌な様子で私達に豪華なクリスマスのランチと、陽気な飾り付きの派手な三角帽子を2つ置いていった。どうやら昼食時に他の人達とパーティーをするので、私達にもそのお裾分けをしてくれたらしい。出て行く時には私のセーターと靴下を褒めてくれて、私はニッコリした(「ハナ、素晴らしいセーターと靴下じゃ」)。

 午後はリーマスがひと眠りするというので、一度レイブンクロー寮に戻ってダンブルドア先生からプレゼントされた魔法薬学の本や宿題を持ち出すと、リーマスの隣で読書をしたり、宿題をしたりした。途中、スネイプ先生がゴブレットを回収しに再び現れたのだけれど、私が小難しい魔法薬学の本を読んでいるので鼻で笑って去って行った。

 夕方になるとリーマスが叫びの屋敷に移動するので、私は一旦リーマスと別れると少し遅めの夕食のために大広間に下りた。大広間では、もうほとんどの生徒が夕食を食べ終えているのか誰もおらず、ハリーやロン、ハーマイオニーの姿もなかった。夕食の席で会えれば、ロンとハーマイオニーの喧嘩がどうなったのか分かるかと思ったが、誰もいないのではどうなったのか分かるはずもない。仲直りをしていてくれたらいいけれど、朝の様子では、しばらく喧嘩は続くかもしれない。

「でも、あと半年は耐えなくちゃ――」

 そうすれば、何もかも解決するのだ。私はひっそりと溜息をつくと夕食を済ませ、満月の下、叫びの屋敷へと向かった。


 *


 翌朝、私は夜明け前に叫びの屋敷で目覚めた。
 昨日は朝から問題を起こしてしまったクルックシャンクスはどうやらハーマイオニーによって閉じ込められているようで、昨夜は現れないままだった。もしクルックシャンクスが現れたなら、ロンやハーマイオニーがどうなっているのか話を聞くことが出来ただろうけれど、やはり今日直接確かめるしかないだろう。

 鷲の姿のままリーマスに別れの挨拶をすると、私は今回も満月の夜に付き合ってくれたロキと共に一足早く城へと戻った。ホグワーツもホグズミードも雪に覆われ、凍えるほど寒かったけれど、今朝はもう雪は降っておらず、暗い空の雲間から少しだけ月が覗いている。もしかしたら今日は比較的穏やかな天気になるかもしれない。

 寒空の中を飛び、私は真っ直ぐにレイブンクロー寮に戻ると、ひと眠りすることにした。すぐにでも森へ行ってシリウスにファイアボルトの件を確認したい気持ちでいっぱいだったけれど、まずはハリー達の状況を確認してからにしようと思う。


 *


 2時間後――ひと眠りから目覚めると、もうすっかり朝食が始まっている時間だった。私はいつものルーティンと着替えを済ませると、図書室に行く準備をしてから遅めの朝食を食べに大広間に下りた。本当はもう少し早くに朝食を食べに行くつもりだったけれど、少し仮眠をとり過ぎてしまったかもしれない。

 ハリー達の様子を確認するはずだったのに、もう大広間にはいないかもしれない。そう思いつつ大広間に入ると、案の定、そこには誰もいなかった。私はガックリと肩を落としてテーブルに着くと、なるべく早く図書室に向かうことにした。昨日はリーマスのことがあったしクリスマスだったので、バックビークの裁判の手伝いはお休みだったけれど、今日からまた再開である。もしかすると3人共、図書室にいるかもしれない。

 しかし、大広間から大急ぎで図書室に行くと、そこにはハーマイオニーの姿しかなかった。ハーマイオニーはすっかり元気を失くした様子で本の山に埋もれ、バックビークの裁判資料探しに没頭している。辺りを見てみてもハリーとロンの姿は見当たらなかった。

「おはよう、ハーマイオニー」

 喧嘩が続いているので、2人は来なかったのだろうか――私は不安になりながらもなるべく朗らかに、尚且つ優しくハーマイオニーに声を掛けた。すると、すぐに本の山から顔を出してハーマイオニーがこちらを見た。いつもなら嬉しそうに「ハナ!」と笑ってくれるハーマイオニーの表情は固く、なんだか泣き出しそうな顔をしている。あれからまた更に何かあったに違いない。

「ハーマイオニー」

 私は一瞬思考を巡らせると、ハーマイオニーのそばに寄り、そっと彼女の背中に手を当てて言った。いつも私語には耳聡いマダム・ピンスは、割と近い場所にいたけれど、こちらに背中を向けて何やら作業に集中しているようだった。

「今朝はまだ雪が降っていないの。一緒に外を散歩するのはどう?」

 私がそう言うと、ハーマイオニーは目にいっぱい涙を溜めて頷いた。