The ghost of Ravenclaw - 146

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト

――Harry――



 その日の朝のグリフィンドール談話室の雰囲気は最悪だった。朝食の時もロンとハーマイオニーは喧嘩したままで、ハーマイオニーはハリーとロンを避けるように1人で大広間に向かい、早々はやばやとハナの隣に座っていたし、ロンはロンで、そこから離れたところに座って朝食を食べた。ハナは、先に大広間に現れたハーマイオニーから事情を聞いていたのか、ハリーと目が合うと困ったような、悲しそうな顔で苦笑いしていた。

 朝食を終え、談話室に戻ってきてもロンとハーマイオニーはやっぱり喧嘩したままだった。ハーマイオニーはクルックシャンクスを女子寮に閉じ込めはしたものの、ロンが蹴り飛ばそうとしたことに対して怒っていたし、ロンはロンで、クルックシャンクスがまたもスキャバーズに襲いかかったことにカンカンだった。

 はじめ、ハリーはなんとか2人が口を利くよう努めた。クリスマスだし、親友2人が喧嘩をしたままなのは嫌だったからだ。けれど、ハリーがどんなに取り持とうとしても2人は頑なだった。まったく口を利こうとしないので、やがてハリーは仲裁を諦め、ファイアボルトをしげしげ眺めたり、ハナから貰ったチャームを手に取ったり、ミニチュア・ニンバスを飛ばしてみたりすることに没頭した。朝食の席でハナにお礼を言った際に聞いたのだが、このミニチュア・ニンバスは「アップ」の呪文で浮かび上がり、「ゴー」で飛び始める凄い代物なのだ。ミニチュア・ニンバスはハリーが杖を振った通りに談話室を飛び、ハリーを楽しませた。

 ハーマイオニーはハリーがミニチュア・ニンバスを飛ばしている間は何も言わなかったが、ファイアボルトを眺めている時はそうではなかった。どうしてだか不快そうにチラチラとハリーの方を見るのだ。まるでファイアボルトまでもがクルックシャンクスを非難した言わんばかりである。

 ハリーは今日1日、ハナがルーピン先生と過ごすことが残念でならなかった。もしハナがハリー達と過ごすと言ってくれたのなら、ハリーだけがロンとハーマイオニーの板挟みにならずに済んだのに。けれども、ルーピン先生の体調が絶不調らしく、ハナは今日1日看病に徹するのだと朝食の終わり際に話していた。次に会えるのは夕食の席だという。

 そんなこんなで午前中をなんとか乗り切るとハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は昼食を摂りに大広間に下りた。3人が大広間に入ると、大広間は普段とは様変わりしていた。各寮のテーブルは壁に立て掛けられ、広間の中央にテーブルが1つ置かれているだけになっている。テーブルの上には食器が12人分用意されていた。

 ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプ、スプラウト、フリットウィックの教師陣はもう既に着席していた。管理人のフィルチも、古びたかび臭い燕尾服を着て座っている。生徒は、緊張でガチガチの1年生2人組とふてくされた顔のスリザリンの5年生が1人座っていて、ハリー達が1番最後だった。

「メリークリスマス!」

 ハリー達がテーブルに近付くとダンブルドアが上機嫌で挨拶した。

「これだけしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かに見えたのでのう……。さあ、お座り! お座り!」

 3人がテーブルに着くと、ダンブルドアが大きな銀色のクラッカーを取り出して、その紐の端をスネイプに差し出した。スネイプはひどく侮辱されたという顔をしたものの、早くこの屈辱的な時間を終わりにしようとでも考えたのか、渋々紐を受け取るとすぐさま引っ張った。

 途端に、クラッカーは大砲のような音を立てて弾けた。
 ハゲタカの剥製をてっぺんに載せた大きな魔女の三角帽子が中から現れると、ハリーはネビルのボガートを思い出し、ロンと目配せしてニヤリとした。一方スネイプはその帽子がお気に召さなかったらしい。唇をぎゅっと結びダンブルドアの方へ押しやっている。そんなスネイプとは違い、帽子を押し付けられたダンブルドアはいたく気に入った様子で、嬉々として自分の三角帽子を脱ぐと、すぐさまそれを被った。

 それから12人のクリスマス・パーティーが始まった。テーブルの上には丸々太った七面鳥のローストや山盛りのローストポテト、ベーコンが巻かれたチポラータ・ソーセージ、深皿いっぱいの豆のバター煮、クリスマス・プティングなどの豪華な料理が並び、ハリーはそれらを少しずつ皿に盛って全部の料理を制覇しようとした。

 そうしてハリーがローストポテトを取り分けている時、突然、大広間の扉が開いた。もしかして、ハナが来てくれたのだろうか――ハリーはそう期待して扉の方を振り向いたが、そこにいたのはハナではなかった。普段、北塔の天辺に引き籠っているトレローニー先生が珍しくも大広間にやって来たのだ。ハリーは内心ガッカリした。

「シビル、これはお珍しい!」

 トレローニー先生がこちらに近付いてくると、ダンブルドアが立ち上がって歓迎した。トレローニー先生はスパンコールのついた緑のドレスを着ておしゃれをしていたけれど、その服のせいでハリーにはますます煌めく特大トンボに見えた。

「校長先生、あたくし水晶玉を見ておりまして」

 トレローニー先生が、か細い声で答えた。あの、いつもの霧の彼方からのような声だ。

「あたくしも驚きましたわ。1人で昼食を摂るという、いつものあたくしを捨て、みなさまとご一緒する姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを拒むことが出来まして? あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでございますが、遅れまして、ごめんあそばせ……」

 とはいえ、12脚の椅子はいっぱいでトレローニー先生の座る席は空いていなかった。そこで、ダンブルドアが急遽13脚目の椅子を魔法で作り出した。スネイプとマクゴナガル先生が少し座席の間隔を空けて、新たに現れた椅子はそこに置かれることになった。

 しかし、新たに席が出来たというのに、トレローニー先生はなかなか座ろうとしなかった。巨大な目玉でテーブルを見渡したと思ったら、何やら怯えたような声を漏らしたきり動こうともしない。何か気に入らないことでもあるらしい――たとえば、自分が座ると誰かがもうすぐ死ぬとか、死神犬グリムが現れてなんとか、だ。

「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!」

 トレローニー先生が言った。

「あたくしがテーブルに着けば、13人になってしまいます! こんな不吉な数はありませんわ! お忘れになってはいけません。13人が食事を共にする時、最初に席を立つ者が最初に死ぬのですわ!」

 ほーら、きた。ハリーは心底うんざりしながら思った。しかし、うんざりしたのはハリーだけではなかった。

「シビル、その危険を冒しましょう」

 学期の始めの授業で、占い学には忍耐強くないと話していたマクゴナガル先生もハリーと同じくらいイライラしていた。

「かまわずお座りなさい。七面鳥が冷えきってしまいますよ」


 *


 クリスマス・パーティーは約2時間行われた。
 その間、ハナもルーピン先生もまったく姿を見せなかったが、ハナが来なかったことを残念に思っていたハリーですら、それで良かったのかもしれないと思った。なぜならトレローニー先生ときたら、ルーピン先生が病気と知るや否や、もう先が短いだのなんだのと適当なことを言い出したからだ。もし、ハナがこれを聞いていたら、あの怖い顔をしてトレローニー先生を睨みつけていただろう。

  しかしながら、ハナは現れなかったので現実にそんなことは起こらなかった。もちろん、最初に席を立った人が死ぬこともない。13人のうち、最初に席を立ったのはハリーとロンだったが、2人共、大広間の扉の向こうで殺人鬼が待ち構えていて、扉を開けた途端に殺されるなんてことにはならなかった。

 大広間をあとにする際、ハリーはハーマイオニーにも声を掛けたが、マクゴナガル先生に話があると言うので、その場に残ることになった。ハーマイオニーのことだから、きっと勉強のことに違いないと、ハリーとロンは2人で談話室に戻った。そうして、ホグワーツの歴代の校長の何人かとパーティーに興じているカドガン卿の肖像画を潜り抜けると、ハリーはファイアボルトを取りにまっすぐに寝室に向かった。ハーマイオニーの前で眺めているといい顔をされないので、今のうちに思う存分堪能しようという魂胆だ。

 ハリーはファイアボルトとハーマイオニーが誕生日にくれた箒磨きセットを寝室から持ち出し談話室に戻ると、何かしたくて堪らなくて、どこか手入れする場所はないか探した。しかし、隅から隅まで眺めても穂には曲がった小枝1つなければ、柄もピカピカでどこも磨く必要はない。結局ハリーはロンと共にファイアボルトをあらゆる角度から眺めることに専念した。ファイアボルトは何度眺めても飽きないほど最高だった。

 しかし、ファイアボルトを堪能出来るのはここまでだった。なぜなら、余程のことがない限りグリフィンドールの談話室にはやって来ないマクゴナガル先生が、談話室に現れたかと思うと、ハリーに送られたファイアボルトは差出人不明なので「呪いが掛けられているかどうか、調べる必要があります」と言って取り上げてしまったからだ。

 どうやらハーマイオニーがマクゴナガル先生に言いつけたらしい。昼食のあとでマクゴナガル先生に話があるからと行ってその場に残ったのは勉強のことを聞きたかったのではなく、ファイアボルトについて告げ口したかったからなのだ。ハリーはショックで頭が真っ白になり、ロンは自分のことのように怒り狂った。

「一体何の恨みで、マクゴナガルに言いつけたんだ?」

 マクゴナガル先生が去ったあと、ロンがハーマイオニーに食ってかかると、ハーマイオニーは敢然とした態度で言い返した。

「私に考えがあったからよ。――マクゴナガル先生も私と同じご意見だった。きっとハナも同じことを考えてるわ――その箒はたぶんシリウス・ブラックからハリーに送られたものだわ!」