The symbol of courage - 019

3. はじめてのホグワーツ生活



 セドリック・ディゴリーはフレッドとジョージと同じ3年生で、ハッフルパフの王子様と呼ばれているイケメンだった。彼は穏やかで物静かであまりお喋りな方ではないけれど、優しくて紳士で、そして、とても真面目で成績も優秀という非の打ち所がない人間だった。会いたくなかったという最初の思いを早々に撤回することになったのは、至極当前のことだろう。貴方は魔法界の出木杉くんか。

 彼は私が「変身術にとても興味があるからもっと勉強したい」と話すと、親切にたくさんのことを教えてくれた。更にはクィディッチの選手なので練習が始まるとあまり付き合えないかもしれないけれど、時間さえあれば魔法の練習にも付き合ってくれるとまで言ってくれた。ここまで来ると神様仏様ディゴリー様である。私の彼への好感度はうなぎ上りだ。

「もうこんな時間だ」

 マダム・ピンスが教えてくれた図書室の奥の席で、私は変身術、セドリックは私に教えつつ自分の宿題をこなしていたら、ランチの時間があっという間にやって来た。静かな図書室は大広間へと移動する生徒の足音やヒソヒソと話す声で少しだけざわついている。

「本当だわ。あっという間だった。自分の宿題もあるのに色々教えてくれてありがとう、セドリック」
「僕の方こそ、こんないい席教えてくれてありがとう。ずっと静かに勉強出来る場所が欲しかったんだ」

 セドリックは荷物を一旦片付けながら言った。彼はどこをどう見ても完璧なイケメンなので、きっと談話室で勉強をしていても図書室で勉強ていても女子生徒が声を掛けて来るのだろうと思った。イケメンにはイケメンの悩みがあるのだ。

「ここ、マダム・ピンスが教えてくれたの。きっと私以外彼女に人気ひとけのない席はどこか、なんて聞く人はいないだろうから、この席は私と貴方の秘密にしましょう」

 私がそう言って彼に小指を差し出すと、彼もその意味を理解したのか小指を絡めてくれた。自分の時間を割いて私に変身術を教えてくれた彼へのせめてものお礼だった。図書室は私だけの場所ではないから絶対誰も来ないとは言えないけれど、秘密を守るくらいならお安い御用だ。

「ありがとう、ハナ。もちろん秘密は守るよ」
「その代わり、また変身術を教えてくれる?」
「もちろん」

 私達はお互い荷物をまとめるとランチを食べるために一旦図書室をあとにした。セドリックも私と一緒で午後からも図書室で勉強をするようなので、お互い誰にも捕まらなかったらまたあの場所で会おうと約束して、大広間の前で別れた。


 *


 土曜日の午後もセドリックと図書室の奥の席で過ごした私は、日曜日はハリーとロンの宿題を手伝うことになった。朝食の席で2人に声を掛けられたのだけれど、2人はなんと宿題の半分も終わっていなかったのだ。

「変身術はここを参考にするといいわ。魔法薬学はこの辺り、それから、薬草学はここね。他に参考になる本があるから私が持ってきてあげる」
「ありがとう、ハナ。僕達、どうしたらいいか分からなかったんだ」
「君の宿題を見せてくれたらもっといいんだけど」
「ダメよ、ロン。貴方のためにならないわ」

 口ではそう言ったが、勉強は嫌だよね、分かる分かると心の中で深く頷いた。子どもの頃は今やっている勉強がどれだけ大事なのか分からないものなのだ。私だってそうだったから、今は後悔のないように勉強しているのだ。今後の未来で、もしもっと勉強していたら、もしもっと難しい魔法が使えたら、なんていう後悔だけはしたくない。ハリーのために、そして何より、自分のために。

「ねえ、ハナ。そういえば、汽車の中でグリンゴッツに強盗が入ったって話をしたのを覚えてる?」

 宿題が終わりに近付いてきたころ、ハリーがマダム・ピンスが近くにいないのを確認してから小声でそう話し掛けてきた。ハリーとロンの向かいの席で昨日に引き続き変身術の本を読んでいた私は、その話に顔を上げた。

「ええ、覚えているわ。それが、どうしたの?」
「グリンゴッツに強盗が入った日は僕の誕生日の日だったんだ」

 ハリーは声を潜めながらも、誕生日の日にダイアゴン横丁へ行ったこと、そこでハグリッドがダンブルドアからの依頼で小さな包みを取り出し金庫を1つ空にしたこと、金曜の午後にハグリッドの小屋で見た日刊予言者新聞に金庫はその日のうちに空になっていたと書いてあったことを話した。

 話を聞いているうちにダンブルドアは興味を抱かせようと、わざとハリーの前で賢者の石を金庫から取り出させたのだとわかった。そうしたらハリーは興味を持つだろうと思ったのだ。同じ手口をジェームズにしたら必ず興味を持っただろうから、息子も同じく興味を持ってくれるだろうと思ったに違いない。

 ダンブルドアはハリーを危険から遠ざけるよりも段階を踏んでヴォルデモートと戦えるようにしようとしているようだった。けれど、何故なのだろう。改めて考えてみると不思議だ。ハリーはまだ子どもなのに。

 将来、ハリーがヴォルデモートを討ち破ることは想像に容易い。ハリーが主人公だからだ。けれど、私はどうしてそれがハリーでないとダメだったのか今まで想像したことすらなかった。主人公だから当たり前だと思っていたのだ。けれど、今私の生きているこの世界はもう物語の中でも、夢の中でもない。何故、ヴォルデモートと戦うのはダンブルドアではダメなのだろう。どうして、ハリーなのだろう。

「ハグリッドが話を逸らしたのなら、それはとても危ないものなのかもしれないわ」
「ハナは一体なんだと思う?」
「うーん、それが何かよりもハリー、魔法薬学の宿題が全然進んでいないわよ」

 ハリーの質問に答えられるわけもなく、私はそれとなく話題を変えた。ハリーはげんなりしながら羽根ペンを持つと「僕、スネイプに嫌われているかもしれない」と話した。ハリーは授業開始早々難しい質問をあれこれされ、ネビルが調合に失敗したのも自分のせいにされ減点されたのだそうだ。

「大丈夫よ、ハリー」

 私はなんとでもないという風に言った。

「私もスネイプ先生には嫌われてるの」

 「だから仲間ね」と笑うと、ハリーは少しだけ嬉しそうに笑顔を返した。