The ghost of Ravenclaw - 145

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト

――Harry――



 炎の雷・ファイアボルト――それは夏休みにダイアゴン横丁にある高級クィディッチ用品店に突如として現れた最新型の箒だった。その箒がショーウィンドウに展示されてからというもの、ハリーは毎日飽きもせず通いつめて眺めたし、いつかこの箒に乗ることが出来たのならどんなに素晴らしいだろうかと何度も夢見た。けれども、ファイアボルトは店頭に値段が表示されないほどの高級品で、両親が遺してくれた金庫のお金でホグワーツに通っているハリーには、とてもじゃないが買えない代物だった。

 そのファイアボルトが目の前にある。夢にまで見たあの箒と正真正銘同じものだ。取り上げてみると、箒の柄が燦然と輝き、飛びたそうにブルブルと振動しているのを感じた。そこで、ハリーがパッと手を離すと箒は空中に浮かび、ハリーが跨るのにぴったりな高さで止まった。

 ハリーは箒を隅から隅まで吸い寄せられるように見つめた。それこそ、柄の端に刻み込まれた金文字の登録番号から完璧な流線型にすらりと伸びた樺の小枝の尾まで、とにかく全部だ。間近で見るファイアボルトは思わず溜息が漏れるほど素晴らしく、他には何も考えられなくなるくらいハリーはすっかりファイアボルトを眺めるのに夢中になった。

 しかし、こんなに素晴らしい箒を一体誰が送ってきたのか、ハリーにはさっぱり分からなかった。初めはハナかもしれないと思っていたが、こんなに高級な箒を送ってくるなんて間違いなくハナではないだろう。なぜなら、ハナもハリーと同じようにダンブルドアから譲って貰った金庫のお金で生活しているからだ。ダンブルドアの金庫にいくら金貨が山ほど詰まっているからといえども、ハリーにポンッと高級品を贈るだなんてことはしないだろう。

 そこでハリーはクリスマス・カードが入っていないか、包みの中を探すことにした。けれども、破った包装紙を広げて探してみてもてもカードらしきものは見つからないし、差出人のサインすら書かれていなかった。

「マーリンの髭! おっどろいた。一体誰がこんな大金を君のために使ったんだろう?」
「そうだな――賭けてもいいけど、ダーズリーじゃないよ」

 髭の部分をパンツやお気に入りの下ネタに変えるのを忘れるくらい驚いているロンにハリーはすぐさま答えた。ダーズリー一家からの贈り物でないことは明らかだったからだ。ハリーに50ペンス硬貨とか爪楊枝1本だけしか送って来ない人達がこんな高級品を買い与えるはずがない。そもそも箒が50ペンス――魔法界だと1シックル――にも満たない安物でも、ダーズリー一家はハリーに買ってあげようなんて思わないだろう。あの一家は魔法とか科学で説明出来ない不可思議なものが大嫌いなのだから。

 ハリーはロンと一緒になってファイアボルトの送り主は誰かとあれやこれやと考えた。ロンが言うには、ハナじゃなければ、ダンブルドアやルーピンじゃないか、ということだった。ダンブルドアは以前もハリーに名前を伏せて透明マントを送ってきたし、ルーピン先生はハリーを好いているからという理由だった。

 しかし、ハリーはそのどちらとも違うのではないかと思っていた。なぜならダンブルドアが透明マントを送ってきたのは、それが父親から借りていたものだったからだ。いくらなんでも生徒1人に対して何百ガリオンもの金貨を使うはずがない。それにルーピン先生にしてもそうだ。仮にルーピン先生がハリーを好いていたとしても、大金を使うはずがなかった。そもそもそんなにお金を持っていたらルーピン先生はもっといい服を着ているはずだ。

 けれども、ロンは譲らなかった。

「だけど、君のニンバス2000が玉砕した時、ルーピンはどっかに行ってていなかった。もしかしたら、そのことを聞きつけて、ダイアゴン横丁に行って、これを君のために買おうって決心したのかもしれない――」
「いなかったって、どういう意味?」

 ロンの言い回しが引っかかって、ハリーが訊ねた。

「ルーピンは僕があの試合に出てた時、病気だったよ」
「ウーン、でも医務室にはいなかった。僕、スネイプの罰則で、医務室でおまるを掃除してたんだ。覚えてるだろ?」

 それでも、ルーピン先生がハリーに箒を買うとは到底思えなかった。それに、もし仮にルーピン先生が医務室にいなかったとしても病気だったことには間違いないのだ。D.A.D.Aの授業に戻ってきた時のルーピン先生の顔色は病人のそれだったし、ダイアゴン横丁へ行けるような雰囲気でもなかった。しかも、クリスマス休暇に入ってからも具合が悪そうだし、ハナも時々ルーピン先生の様子を見に行ったりしている。

「2人して、何を話してるの?」

 ハリーとロンがあれこれ議論していると、ハーマイオニーが男子寮の寝室へとやって来た。ガウンを着て、クルックシャンクスを抱え、僅かに息を弾ませている。クルックシャンクスは、首に光るティンセル・リボンを結ばれて不服そうにブスッとしていたが、そんなクルックシャンクスにロンも同じくらいブスッとした。

「そいつをここに連れてくるなよ!」

 抗議の声を上げるとロンは急いでベッドの奥からスキャバーズを拾い上げ、パジャマのポケットに仕舞いしまい込んだ。ハーマイオニーはロンの言葉に一瞬たじろいだように見えたが、スキャバーズがロンのポケットに入るのを見届けるとクルックシャンクスを抱いたまま少し離れたところにあるシェーマスのベッドに腰掛けた。

「まあ、ハリー!」

 ハーマイオニーはそこでようやくハリーの目の前に転がるファイアボルトに気付いたようだった。口をあんぐりと開け、驚きの声を上げている。そんなハーマイオニーの腕の中にいるクルックシャンクスは不満げにロンのポケットを睨みつけていた。

「一体誰がこれを?」
「さっぱり分からない。カードも何にもついてないんだ」

 ハリーがそう答えると、驚いたことに、ハーマイオニーはロンのように興奮した様子は見せなかった。それどころかみるみる表情を曇らせ、難しい顔をして唇を噛んでいる。その様子を見たロンが「どうかしたのかい?」と訊ねたが、ハーマイオニーの返事はなんだか釈然としないものだった。

「分からないわ――でも、何かおかしくない? つまり、この箒は相当いい箒なんでしょう? 違う?」
「ハーマイオニー、これは現存する箒の最高峰だ」
「なら、とっても高いはずよね……」
「多分、スリザリンの箒全部を束にしても敵わないぐらい高い」

 ハリーの代わりにロンが自慢げに答えた。しかし、どんなにいい箒だと説明しても、ハーマイオニーは表情を曇らせたままだ。

「そうね……そんなに高価なものをハリーに送って、しかも自分が送ったってことを教えもしない人って、誰なの?」
「誰だっていいじゃないか」

 ハーマイオニーが結論を言わず、回りくどい言い方をしているように思えたのだろう。とうとうロンがイライラしたようにぶっきらぼうに返した。これ以上ハーマイオニーの話に付き合っていられないと思ったのか、ハーマイオニーの話を打ち切ると、今度はくるりとハリーの方を振り返った。ハーマイオニーのことは気にしないことに決めたらしい。

「ねえ、ハリー、僕、試しに乗ってみてもいい? どう?」

 しかし、ロンがそう言った途端、ハーマイオニーが金切り声を上げた。

「まだよ。まだ絶対誰もその箒に乗っちゃいけないわ!」

 あまりの大声にハリーもロンも驚いてハーマイオニーを見た。どうしてハーマイオニーが箒に対していい反応をしないのか、乗ってはいけないなんて言うのか、2人にはさっぱり分からなかった。

 けれども、それがどういう訳か訊ねる前に新たなる事件が発生した。ハーマイオニーが何か言う前にクルックシャンクスがハーマイオニーの腕から飛び出して、ロンの懐を直撃したのだ。

「こいつを――ここ――から――連れ出せ!」

 クルックシャンクスの爪がロンのパジャマを引き裂くと、ロンは怒鳴り声を上げた。ロンはポケットから間一髪のところで逃げ出し、自分の肩を乗り越えようとしているスキャバーズの尻尾を引っ掴むと、2度目の攻撃を与えようとしていたクルックシャンクスを蹴り飛ばそうとした。

「やめて! お願い、やめて!」

 今度はハーマイオニーが悲鳴を上げて、クルックシャンクスをなんとか取り押さえようとした。当のクルックシャンクスはロンの蹴りを軽々とかわし、華麗に床に着地した。お陰でロンは的を外してハリーのベッドの端にあったトランクを蹴り飛ばす羽目になり、痛さのあまり叫びながらその場でピョンピョン跳ねた。

 同時に、蹴られたハリーのトランクも勢いよくひっくり返った。中身が辺り一面に散らばり、ホグワーツ特急の中でバーノンおじさんの古靴下の中にしまい込んだスニーコスコープまで飛び出してきている。靴下から解放されたスニーコスコープは、数ヶ月分の鬱憤を発散させるかのように、床の上でヒュンヒュン甲高い音を立て、ピカピカ光りながら回っている。

 スニーコスコープが転がり出てくると、クルックシャンクスは毛を逆立たせて怒りを顕にした。そのそばではロンとハーマイオニーがお互いに対してカンカンになっていて、ハリー以外の全員が怒っているという最悪な状態だった。ハリーはこの場にハナがいないことを心底嘆きたくなった。ハナがいたら上手くこの場を収めてくれたかもしれないのに。

「ハーマイオニー、その猫、ここから連れ出せよ」

 しかし、いくら嘆いてもこの場にハナいなかった。ロンはハリーのベッドの上で爪先をさすりながら、ハーマイオニーに冷たく言い放っていたし、ハーマイオニーもそれに対して不快感を顕にした。ぐっと下唇を噛むと、ハーマイオニーはフンッとそっぽを向いて、黄色い目で意地悪くロンを睨んだままのクルックシャンクスを抱え上げると、ツンツンしながら寝室を出ていった。

「そいつを黙らせられないか?」

 ハーマイオニーが出ていくと、ロンの怒りが今度はハリーに向いた。どうやら腹の虫が治らないらしい。とはいえ、スニーコスコープにイライラするなと言う方が難しかった。転がり出てきたスニーコスコープは未だにヒュンヒュンうるさく鳴りながら、くるくる回り続けていたからだ。

 ハリーは急いでスニーコスコープを拾い上げるとまた古靴下の中に詰め、他のものと一緒にトランクに投げ入れた。そうしてトランクを閉じるとスニーコスコープの甲高い音は聞こえなくなったが、ロンはまだ怒ったままだった。怒りと痛みで呻き声を上げながら、手の中で丸くなっているスキャバーズを見ている。

 スキャバーズが鼻先以外をハリーに見せたのは、本当に久し振りのことだった。ロンの手の中で震え上がっているスキャバーズは、誰がどう見ても弱りきっていた。嘗てはあんなに肥っていたというのに、今や痩せ衰えて、あちこち毛が抜け落ちている有様だ。

「あんまり元気そうじゃないね、どう?」
「ストレスだよ! あのでっかい毛玉のバカが、こいつを放っといてくれれば大丈夫なんだ!」

 ロンの言葉を聞きながら、もしかしたらスキャバーズは、クルックシャンクスは関係なく、もう寿命が尽きようとしているのではないかと思った。ダイアゴン横丁にある魔法動物ペットショップの店員だって、ネズミは3年しか生きないと話していたし、そう考えるとスキャバーズは随分長く生きた方だった。もし、スキャバーズが普通のネズミではなく、今まで見せたことのない力を持っているなら別だが、そうでなければ、やはり寿命なのだろう。

 しかし、もしスキャバーズが死んでしまったら、ロンはどんなに嘆くことだろう。ハリーはそう考えて、胸を痛めていた。