The ghost of Ravenclaw - 143
16. 危険生物処理委員会とファイアボルト
――Harry――
翌日、ハリーが目覚めると寝室は空っぽだった。
明け方まで眠れなかったせいで体が重く、寝起きは最悪だ。それでもそろそろ起きなければならないだろうと、ハリーはのろのろと服を着替えて寝室を出て、談話室に向かった。談話室へ続く螺旋階段のそこここに設けられている窓の外はもうすっかり明るく、陽が昇ってから随分と経っていることが
談話室に入ると、そこは寝室同様空っぽだった。いつもは上級生達が陣取っている暖炉の目の前の一番いい席にロンとハーマイオニーがいるだけで、それ以外には誰の姿もない。ハリーはクィディッチの試合があるわけでもないのにどうして他には誰も談話室にいないのかと、思わず首を傾げた。
「みんなはどうしたの?」
ロンとハーマイオニーのそばに歩み寄りながら、ハリーは訊ねた。ロンは腹をさすりながら蛙ペパーミントを食べているところで、ハーマイオニーはここぞとばかりにいくつもテーブルを占領して宿題をしているところだった。どのテーブルにも教科書や参考書、羊皮紙の束が広げられている。
「帰ったよ!」
ハリーの問いにロンが答えた。
「今日から休暇だからね。覚えてるかい?」
そういえば、そうだった。ハリーはロンの言葉でようやくみんながいない訳を思い出した。昨日の夜、フレッドとジョージがあれだけお祭り騒ぎをして、糞爆弾を半ダースも爆発させていたのに、それを忘れるなんて、まだ寝ぼけているのかもしれない。
それに、みんな帰ったということはもう11時を過ぎているということだ。汽車の発車時刻は11時だし、帰宅組はとっくにみんな乗り込んで出発してしまったに違いない。ハリーは随分と遅くまで寝ていたのだと思いながら、ほとんど空っぽの談話室を見渡した。昨夜爆発した糞爆弾の悪臭は1つも残っていなかった。
すっかりいつもの臭いに戻った談話室の窓からは、まだ雪が降っているのが見えた。昨日のように吹雪いてこそないけれど、この様子ではまだまだ雪が続くかもしれない。ハリーは少しでも暖かい場所に座ろうと、ロンとハーマイオニーと同じように暖炉前の椅子に腰掛けた。暖炉前ではクルックシャンクスが床に寝そべっていて、虎の剥製の敷物さながら、オレンジ色の絨毯のようになっている。
「ねえ、本当に顔色が良くないわ」
ハリーがクルックシャンクスを眺めていると、ハーマイオニーが気遣わしげな声を出した。見れば、ハーマイオニーもロンもハリーの顔をまじまじと覗き込んでいる。
「大丈夫」
ブラックのことで眠れなかったのだと知られたくなくて、ハリーは平静を装って答えた。けれども、それが痩せ我慢だと2人は気付いているに違いなかった。その証拠にハーマイオニーがますます心配そうな顔をした。
「ハリー、ねえ、聞いて」
表情とは裏腹に、諭すような声音でハーマイオニーが言った。その時、意味ありげにロンと目配せをしているのをハリーは見逃さなかった。
「昨日私達が聞いてしまったことで、貴方はとっても大変な思いをしているでしょう。でも、大切なのは、軽はずみなことをしちゃいけないってことよ」
どうやらハーマイオニーはロンと2人で、ハリーが寝室に引き籠っている間、どうやってハリーを諭すか練習でもしていたらしかった。ハリーはすぐにピンと来た。もしかすると会話のシミュレーションもしていたのかもしれない。ハリーが「どんな?」と訊ねると、ロンがやけにはっきりとした口調で「たとえば、ブラックを追いかけるとか」と言った。
「そんなことしないわよね、ね、ハリー?」
「だって、ブラックのために死ぬ価値なんて、ないぜ」
ハーマイオニーとロンの言葉にハリーは何とも言えない気持ちになった。2人はそう言うけれど、ハリーにしてみれば、2人は何も分かっていないも同然だったからだ。
「
言いようのない思いが胸のうちに渦巻いて、ハリーはずっと言わずにいたことをとうとう切り出した。そうすれば、自分の気持ちを少しでもロンとハーマイオニーが理解して、ハリーを諭そうとするのを辞めてくれると思ったのだ。
「母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いをする声が聞こえるんだ。もし君達が、自分の母親が殺される直前にあんな風に叫ぶ声を聞いたなら、そんなに簡単に忘れられるものか。自分の友達だと信じていた誰かに裏切られた、そいつがヴォルデモートを差し向けたと知ったら――」
「貴方にはどうにも出来ないことよ!」
ほとんど泣き出しそうな声でハーマイオニーが言った。
「
「ファッジが言ったこと聞いただろう」
ハリーがつっけんどんに返した。
「ブラックは普通の魔法使いと違って、アズカバンでも平気だって。他の人には刑罰になっても、あいつには効かないんだ」
他の誰もが刑罰になることが、ブラックにはまったく意味を成さないのだ。けれども、かと言って、自分がブラックをどうしてやりたいのか、ハリー自身にすら分かっていなかった。殺してやりたいとか、一発ぶん殴ってやりたいとか、そこまで具体的なことまで考えられていなかったのだ。ただ唯一はっきりとしているのは、ブラックが野放しになったままだと言うのに何もしないで城の中に閉じこもっているのは到底我慢ならないということだった。
果たして自分はブラックをどうしてやりたいんだろう――ハリーはそこまで考えたところで、マルフォイのことを思い出した。マルフォイは以前、ハリーに「僕なら、自分で追いつめる」と言ったことがあったのだ。
「マルフォイは知ってるんだ」
ハリーは出し抜けに言った。
「魔法薬学の授業で僕に何て言ったか、覚えてるかい? “僕なら、自分で追いつめる……復讐するんだ”」
「僕達の意見より、マルフォイの意見を聞こうってのかい?」
ロンが怒ったように口を挟んだ。
「いいかい……パパに聞いたんだ。ブラックがペティグリューを片づけた時、ペティグリューの母親の手に何が戻ったか――マーリン勲章勲一等、それに箱に入った息子の指1本だ。それが残った体の欠けらの中で一番大きいものだった。ブラックは狂ってる。ハリー、あいつは危険人物なんだ――」
しかし、ハリーはロンの話を無視した。
「マルフォイの父親が話したに違いない。ヴォルデモートの腹心の1人だったから――」
「例のあの人って言えよ。頼むから」
ロンがまた怒ったように言ったが、ハリーはそれも無視して続けた。
「だから、マルフォイ一家は、ブラックがヴォルデモートの手下だって当然知ってたんだ――」
「そして、マルフォイは、君がペティグリューみたいに粉々になって吹っ飛ばされればいいって思ってるんだ! しっかりしろよ。マルフォイは、ただ、クィディッチ試合で君と対決する前に、君がのこのこ殺されに行けばいいって思ってるんだ」
それからも3人の話は堂々巡りだった。ハーマイオニーは今や涙で目が光っていたし、ロンは自暴自棄のようになっているハリーに怒っていた。ハリーは2人が自分のことを心配してくれているのを分かっていながら、ブラックに対する憎しみが溢れてどうにもならなかった。
――あいつのせいで父さんも母さんも死んだ。僕は、そのせいで一生2人が僕に何を望んだのかも知ることはないし、言葉を交わすこともないんだ。