The ghost of Ravenclaw - 142

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト

――Harry――



 秋学期最後のホグズミード休暇のあと、ハリーは一体どうやって三本の箒からハニーデュークスの地下室まで戻り、どうやってトンネルを抜けてホグワーツへ戻ったのか、さっぱり覚えていなかった。イライラとするハナの足音と聞いたばかりの話で頭の中がいっぱいになって、自分が何をしているのかほとんど意識がなかったのだ。

 あんな重要な話をどうして今まで誰も教えてくれなかったのか、ハリーにはさっぱり理解出来なかった。ダンブルドアだって、ハグリッドだって、ウィーズリーおじさんだって、ファッジだって――みんな真実を知っていたし、それぞれがハリーに伝える機会だってあったのに、誰も何も言わなかったのは一体どういうことなのだろう。どうして誰も彼も、ハリーの両親が唯一無二の親友の裏切りで死んだと教えてくれなかったのだろう。

 城の中では、ロンとハーマイオニーが終始気遣わしげにハリーのことを見ていた。夕食の間も頻繁にハリーの方を見ては三本の箒で漏れ聞いた会話について話したそうにしていたけれど、周りには他のグリフィンドール生達がわんさかいたので、とても話せる状況ではなかった。特に夕食の席では近くにパーシーがいたので尚更だ。けれども、ハリーも2人とブラックについて話したいとは思えなかったので、パーシーが近くにいたことがむしろ有り難かった。

 無言の夕食を終えてグリフィンドール寮に戻ると、談話室ではフレッドとジョージが秋学期最終日ということでテンションが高くなっているのか、糞爆弾を半ダースも爆発させたところだった。ハリーは双子に見つかって無事にホグズミードに辿り着けたかと質問されたくなかったので、お祭り騒ぎの談話室をこっそりと横切り螺旋階段を上がって寝室に戻った。

 寝室にはまだ誰もいなかった。夕食直後だし、みんな談話室でフレッドとジョージのお祭り騒ぎに参加しているに違いない――ハリーはしんと静まり返った寝室を横切り、自分のベッドの脇にある本棚へ向かった。本棚には教科書がぎっしり詰まっていて、ハリーはそれらをよけると、奥から革表紙のアルバムを取り出した。2年前、ハグリッドから貰ったものだ。

 靴を脱いでベッドに座り、周りのカーテンを完全に閉め切るとハリーはそっとアルバムを開いた。中にはハリーの両親の魔法写真――中に写っている人が動画のように動く――がぎっしりと貼ってある。1ページ、1ページ捲っていくと、どのページでも両親がハリーに笑い掛け、手を振っていた。しかし、今ハリーが見たいのは両親の写真ではなかった。ハリーが探しているのは――。

「これだ……」

 ぽつりと呟くと、ハリーは両親の結婚式の写真で手を止めた。ここでも、写真の中の父親がハリーに向かってニッコリ笑って手を振っている。服はタキシードのようなおしゃれなローブ姿だったけれど、髪はどうにもならなかったのかハリーと同じクシャクシャで、あちらこちらに飛び出している。その隣ではウェディングドレス姿の母親が父親と腕を組み、ニコニコしながらハリーに手を振っていた。笑顔が幸せで輝いている。

 そんな両親のすぐそばに、そいつはいた。
 そいつは花婿付添人として父親のすぐ近くに立ち、ハリーに向かって笑いながら何やら楽しげに自身の胸ポケットを指差していた。よくよく目を凝らして見てみると、胸ポケットからほんの僅かに写真のようなものが覗いていて、胡麻粒のような手が4つ、ハリーに向かってヒラヒラとしている。何か写真を入れているらしい。

 胸ポケットの写真はハリーがいくら目を凝らしても、掌しか見えなかった。けれど何となく、右から2番目の手の振り方が父親にそっくりで、その隣、右から3番目――左から数えると2番目――の手はほっそりとしていて女の人の手だった。ハリーはその手を母親のそれと比べてみたけれど、手の振り方がどこか母親とは違うような気がした。ハリーはどうしてこの花婿付添人が父親とそれから母親ではない女の人が並んで写っている写真を大事に胸ポケットに入れているのか、さっぱり分からなかった。

 そもそもハリーはこの花婿付添人のことを一度も考えたことがなかった。胸ポケットの写真だって今日初めて気付いたくらいだ。だって、ここに写っている人が後の凶悪殺人犯で、親友のフリをしてハリーの両親をヴォルデモートに差し出したシリウス・ブラックその人だと、どうして分かるというのだろう? だって、ハリーは今日三本の箒に行くまでそんなこと知りもしなかったのだ。

 それにブラックの顔はハリーのアルバムの中の写真と予言者新聞に載っていた手配写真では、まったく違っていた。このアルバムの中のブラックは痩せこけた蝋のような顔ではなくハンサムだったし、溢れるような笑顔だ。この写真を撮った時にはもう、ヴォルデモートの下で働いていたのだろうか――ハリーは写真の中で快活に笑うブラックを見つめながら思った。こんな風に笑いながらもひっそりとハリーの両親の死を企み、裏切りのタイミングを今か今かと待ち侘びていたのだろうか?

 言いようのない憎しみがハリーの心の内に渦巻いて、物凄いスピードで体中を駆け巡っていた。これ以上ブラックの楽しげに笑う顔は見ていられそうになかった。ハリーはアルバムをピシャリと閉じると本棚に戻し、それからローブを脱いで眼鏡を外すと、ベッドに潜り込んだ。

 けれども、アルバムを閉じたというのに、ハリーの目にはブラックが笑っている姿が焼きついて離れなかった。それどころかピーター・ペティグリュー――なぜかネビル・ロングボトムの顔が重なった――を粉々にする場面や、ブラックが興奮気味に自らの主君に秘密の守人になった報告をしている場面がありありと見えてくるようで、吐き気がした。

 あんなにひどい仕打ちをハリーの両親にしたのに、ブラックは吸魂鬼ディメンターの影響を何も受けないのだと思うと腑が煮えくり返る思いがした。ブラックは12年間もアズカバンにいて、四六時中吸魂鬼ディメンターがそばにいても平気だったし、ハリーのように母親の悲鳴を聞かずに済むのだ。

 ハナもきっと「ジェームズ」を殺した犯人を同じように憎んでいるのだろう――ハリーは不意にそう思った。ハナは自分自身が辛い思いをしてきたからこそ、何人もの人々を殺したブラックが大嫌いで、夏休みの間も予言者新聞にブラックの記事があると暖炉に投げ捨てていたのではないだろうか。そうやって犯人が憎くて仕方がない時、ハナはどうやって平静を保っているのだろう。少なくとも夏休みの間、ハナはハリーに八つ当たりしたことは一度もなかった。

 ハリーはハナに相談してみたかったけれど、地図を使ってこっそりホグズミードに行ったことをハナに知られる訳にはいかなかった。ホグズミードに行ったと知れたら、地図のことをハナにも話さなくてはならないからだ。そうしたら、ハナは自分にだけ印が付いていると知ることになる。そうなれば、ハナはまたセドリックと距離を置こうとするかもしれない。折角前のような関係に戻ったかもしれないのに、そんなのは嫌だ。ハーマイオニーだってまた泣いてしまうかもしれない。

『それってあんまりだわ……どうしてハナが自分の幸せを諦めなくちゃいけないの?』

 真夜中に1人泣いていたハーマイオニーを思い出して、ハリーは布団をすっぽりと被った。途中、ロンが様子を見に来てくれたのが分かったけれど、ハリーはじっとしまま寝たフリをして、1人、悲しみと苛立ちと憎しみに耐え続けていた。