The ghost of Ravenclaw - 141

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト



 プレゼントの開封を終え、ウィーズリーおばさんのセーターに着替え、リーマスの靴下を履き、談話室での運動も済ませると、私は朝食が始まる15分前にレイブンクロー寮を出た。もちろん、他のプレゼントは大事に仕舞っている。ただ、今着ているセーターや靴下以外にも、いくつかのものは持ち歩くことに決めた。

 持ち歩くことにしたのはジニーのヘアゴムやお菓子、何かの時のための悪戯グッズ、それからセドリックのブックマーカーとグリーティング・カードだ。カードは寮の寝室に飾っておこうかと思ったんだけれど、それだと同室の子達に揶揄からかわれそうだし、ローブの内ポケットに入れてお守り代わりに持ち歩くことにした。私はそれくらい、彼が「味方だよ」と言ってくれたのが嬉しかったのだ。

 クリスマスのホグワーツ城内はどこもかしこもクリスマス一色となっていた。廊下には柊や宿り木を編み込んだ太いリボンが張り巡らされ、そこここに置かれた鎧の中からは神秘的な灯りが煌めいている。地下の厨房ではクリスマスの特別な料理の準備がなされているのか、離れた場所を歩いていても美味しそうな匂いが漂っていた。

 ゴースト達や絵画達もクリスマスは早起きだった。朝早い時間だと廊下を漂っているゴーストもほとんど見掛けないし、絵画の中の人達も眠っているけれど、今日だけはみんなもうすっかり起きていて、誰も彼もクリスマスの雰囲気を楽しんでいる。私が廊下を歩いていると絵画達は必ず「メリークリスマス」と挨拶してくれたし、すれ違ったゴースト達ともクリスマスの挨拶を交わした。

 そんな賑やかな廊下を進むと、私は予定通り大広間ではなく3階の女子トイレに向かった。ゴーストにふくろう便を送れるのか分からなかったので、完成したリースを手渡しするのだ。完成したリースはクリスマス・デザインの袋に入れてきちんと持って来ている。

 マートルに会いに行くのは随分久し振りのことだった。今年はシリウスのことでかかりきりとなって中々会いに行けなかったからだ。前回マートルと会ったのは2年生の学年末に秘密の部屋に乗り込んだ時だから、実に半年振りである。

「あーら、記憶を失くしたんだとばかり思ってた」

 プレゼントを手に3階の女子トイレを訪れると、マートルの機嫌は最悪だった。どうやら新学期が始まって以来私がずっと会いに来なかったので怒っているらしい。マートルは私がトイレにやって来たと分かるや否や奥の個室から水を撒き散らしながら飛び出してきて、嫌味を言いまくった。

「ごめんなさい、マートル。いろいろあったのよ」
「おぉぉぉぉぅ、そうでしょうとも。いろいろ!」
「貴方のことを忘れた訳じゃなかったのよ。ほら、クリスマス・プレゼントを持って来たの。リースを作ったのよ。ゴーストは強い香りだと楽しめると聞いたから、とびきり強い香りをつけたの。どう?」

 時間を見つけて会いに来るべきだったと反省しつつ手に持っていたプレゼントを掲げて見せると、私はラッピングを解いた。すると、途端に香水の瓶や芳香剤をまるごとひっくり返したような強い香りが辺りに広がった。私は自分で作っておきながら思わず息を止めると、マートルが水浸しにした奥の個室に入り、リースを飾って急いで離れた。離れていても相当な香りがして、トイレの中はあっという間にリースの香りでいっぱいになった。ちょっと香りをつけ過ぎただろうか。

「フン、物で釣ろうったって無駄よ」

 マートルは不服そうに鼻を鳴らしながらスーッといつもの個室に引っ込むと飾りたてのリースの周りをウロウロしたり、通り抜けたりし始めた。どうやらゴーストが香りを楽しむ時はああやって近くを彷徨うろついたり、通り抜けたりしなければならないらしい。香りを楽しんでいるマートルの表情は相変わらず不機嫌なままだったけれど、香りに対して文句を言う気配はないので気に入ってくれたのかもしれない。

「かなり強いからしばらく楽しめると思うわ。でも、トイレの扉は開けないように気をつけて。香りが流れていっちゃうもの」

 何度もリースの周りを往復しているマートルにニッコリと笑ってそう言うと、私は「いいクリスマスを」と告げ、マートルの女子トイレをあとにした。服に香りが移っていないか念入りに確認してから大広間に向かうと、丁度朝食の時間になったばかりなのか、そこにはスリザリンの5年生が1人いるだけだった。

 スリザリンの5年生以外にはまだ誰も来ていなかった。グリフィンドールもハッフルパフのテーブルもガランとしていて、それぞれのテーブルの真ん中辺りに朝食が並べられているだけだった。因みにレイブンクローのテーブルには何も載っていない。休暇に入ってから私がグリフィンドールのテーブルで食べているのを屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達も知っているのか、いつの間にか食事が並べられなくなったのだ。

 そういう訳で私はグリフィンドールのテーブルに着き、ハリー達よりひと足先に朝食を食べ始めた。しばらくすると何やら楽しげな様子のハッフルパフの1年生2人が大広間にやって来て、それからまた少しすると今度は何やら不機嫌そうなハーマイオニーが1人でやって来た。どうやら朝から何かがあったらしい。ハーマイオニーは無言のままドカリと私の隣に腰掛けると、むんずとトーストを引っ掴んで乱暴な手つきでジャムを塗りたくり始めた。

「メリークリスマス、ハーマイオニー」

 出来るだけ優しく声を掛けるとハーマイオニーはこれでもかとジャムをトーストに塗りながらつっけんどんな返事を返した。

「メリークリスマス」

 これは相当ご立腹らしい。もしかして、クリスマスの朝からクルックシャンクスが何かやらかしたのだろうか。私は心配になりながら訊ねた。

「ハーマイオニー、一体どうしたの?」

 ハーマイオニーは未だにジャムを塗りたくっている。

「何かあったのよね? 良かったら、何があったか聞かせてくれないかしら? もちろん、ここじゃないところでもいいわ。どう?」

 私がそう言うと、ハーマイオニーはとうとうジャムを塗りたくる手を止めて、申し訳なさそうな顔をした。いくら腹が立つことがあったからとはいえ、私に八つ当たりするような感じになってしまったことを反省しているのかもしれない。私が宥めるように背中を撫でると、ハーマイオニーは「ごめんなさい」と謝った。

「折角のクリスマスなのに朝から上手くいかないことばかりで、むしゃくしゃしてたの。貴方は何も悪くないのに――クルックシャンクスのことでロンと喧嘩になって――それにハリーにも心配なことが起こって――」

 ハーマイオニーの声は囁き声よりも小さく、隣に座る私にもようやく聞こえるくらい僅かなものだった。もしかしたら他の人達に聞かれないようにしているのかもしれない。私はハーマイオニーに顔を寄せると同じように声を潜めた。

「クルックシャンクスがスキャバーズを襲ったのね?」
「クルックシャンクスったら、スキャバーズのこととなると、ちっとも言うことを聞かないの。もう何度もスキャバーズを襲わないようにって言ってるのに、それでも男子寮の方に行こうとするのよ。今朝もハリー達の寝室に入ろうとしていたから慌てて追いかけて捕まえて――それで、私、そのまま連れ戻せば良かったのにハリー達の話し声が聞こえたものだから、寝室に入っちゃったの。しっかり捕まえていれば大丈夫だって思って――」

 そこまで話したところで、大広間にハリーとロンがやって来てハーマイオニーは慌てて口を噤んだ。グリフィンドールのテーブルの方へやって来たハリーはなんだか困り果てた表情していて、ロンはかなりご立腹な様子だ。そんな彼らの様子に、私は責任を感じずにはいられなかった。スキャバーズの件に関してクルックシャンクスが言うことを聞かないのは、私とシリウスに原因があるからだ。

「メリークリスマス、ハナ」

 ロンはハーマイオニーの方を一切見ようともせず、私に挨拶すると少し離れたところにドカッと腰掛けた。隣を見れば先程まで落ち込んだ様子で話をしていたハーマイオニーも意地を張っているのか、ツンとそっぽを向いてロンと目を合わせないようにしている。私とハリーはそんな2人を見て、ひっそりと苦笑いを交わした。

「ハナ、メリークリスマス」

 ハリーはすぐにはロンの所に行かなかった。私のそばまでやってくると困り果てた表情を一転させ、僅かに弾んだ声で言う。

「プレゼント、本当にありがとう。チャームもそれにミニチュア箒まで! 僕、粉々になったニンバスがあんな風になるだなんて思ってもみなかった。もちろん、ハナなら大丈夫だろうって思ってたけど、でも、思ってた以上だった」

 私がシリウスの手を借りて完成させたニンバスのチャームとミニチュア箒をハリーはとても喜んでいるようだった。そんなハリーに私はニッコリ笑った。チャームもミニチュア箒も完成まで結構時間が掛かってしまったけれど、私にもハリーに対して出来ることがあって本当に良かったと心からそう思えた。

「喜んで貰えてとっても嬉しいわ。いい出来でしょう?」
「最高だよ! 箱を開けた途端、小さなニンバスが浮かび上がってきて、僕の回りをクルクル飛んだんだ」
「予めそういう魔法を掛けておいたのよ。他にも“アップ”で浮かび上がって、“ゴー”で飛ぶよう魔法が掛かってるから、遊んでみて」
「本当に? 僕、あとでやってみるよ」
「チャームも是非使ってね。保護魔法を掛けたからちょっとやそっとじゃ汚れないわ」
「うん、授業の時に使ってる鞄につけることにしたんだ。そうだ――僕宛のプレゼントの中にカードがついていないものがあったんだ。ハナ、何か知らないかな?」

 思い出したようにハリーがそう言って、私は途端に嫌な予感がした。なぜなら、カードのないプレゼントを贈りそうな人物にとっても心当たりがあったからだ。なるほど、先程ハーマイオニーが話していたハリーにも心配なことが起こった、というのはこのことらしい。

「カードのついてないプレゼントって何を貰ったの?」

 動揺を悟られないようにしながら私は訊ねた。私に対してすらあれだけ高級なものを贈ってくれたのだから、ハリーにはもっと凄いものを贈ってしまっているに違いない。今の状況でハリーに匿名でプレゼントなんてしたら、呪いだのなんだのと疑われることは容易に想像出来るだろうに――頭を抱えたくなる思いでハリーの答えを待っていると、興奮したような声でハリーが言った。

「実はファイア・ボルトなんだ」