The ghost of Ravenclaw - 138

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト



 ホグワーツの理事会から手紙が届いてからというもの、ハグリッドはすっかり気が動転してしまっているようだった。代わりに手紙を受け取ったあと、落ち着かせようと紅茶を勧めても手付かずで、ハグリッドは真っ青になったままテーブルの上に置いた封筒を見つめている。それはまるで封筒を開けた途端に強力な呪いが飛び出してくるとでも思っているかのような怯えようで、私はどうしたらいいのかとしばらく迷った末、おずおずと事情を訊ねた。

「ねぇ、ハグリッド。一体どうして理事会から手紙が届いたの? マルフォイの件はダンブルドア先生が取り計らってくれて、無事に教師を続けられているのよね?」

 すると、ハグリッドはぽつりぽつりと事情を話し始めた。最初の授業で問題が起こってから、ダンブルドア先生が尽力してくれたこともあり、ハグリッドは一先ず教師を続けられることになったそうだ。しかし、それはあくまでも一先ずであり、理事会による正式な結論は未だに出ていなかったのだという。

 今回手紙が届いたのは、ようやくその正式な結論が出たということらしい。結論に3ヶ月半以上も掛かるなんて、ルシウス・マルフォイが息子の不自然に長引いている怪我を理由にごねたからに違いない。彼は去年理事から外されたことを根に持っているだろうから、仕返しする機会を絶対に逃しはしないからだ。理事会は、そんなルシウス・マルフォイとハグリッドを擁護するダンブルドア先生の意見との間で相当悩んだのだろう。

「悪い結果が書いてあるに違いねぇ……。やっぱり教師を辞めろとか、ホグワーツを出て行けとか、バックビークを処分しろとか……」
「ハグリッド、弱気になっちゃダメよ。それに貴方にはダンブルドア先生という心強い味方がいるわ。ここまで無事に教師を続けられているんだから、間違いなく辞めろって話にはならないだろうし、バックビークだって処刑だなんてバカなことにはならないはずよ。とりあえず、手紙を読んでみましょう?」
「お、俺には怖くて出来ねぇ……。ハナ、お前さんが代わりに読んでくれ……頼む……」

 ハグリッドは悪い未来しか想像出来なくなっているようだった。大きな体を小さく丸めて震えている。私はそんなハグリッドの背中を撫でて宥めながら、迷うように封筒を見た。本当に私が読んでもいいのだろうか?

「ハグリッド、本当に私が読んでもいいの?」
「ああ……頼む……。俺には無理だ……」
「分かったわ。じゃあ、私が読むわね」

 私はしっかり頷くとテーブルに置かれたままになっている封筒を手に取った。封蝋を丁寧に剥がして封筒を開け、中に入っている羊皮紙を取り出す。羊皮紙は1枚だけだった。



 ハグリッド殿

 ヒッポグリフが貴殿の授業で生徒を攻撃した件についての調査で、この残念な不祥事について、貴殿には何ら責任はないとするダンブルドア校長の保証を我々は受け入れることに決定いたしました。

 しかしながら、我々は、当該ヒッポグリフに対し、懸念を表明せざるを得ません。我々はルシウス・マルフォイ氏の正式な訴えを受け入れることを決定しました。従いまして、この件は、「危険生物処理委員会」に付託されることになります。事情聴取は4月20日に行われます。当日、ヒッポグリフを伴い、ロンドンの当委員会事務所まで出頭願います。それまでヒッポグリフは隔離し、繋いでおかなければなりません。

 敬具



 手紙を読み上げると、私は思いっきり顔をしかめた。  どうやら理事会はダンブルドア先生とルシウス・マルフォイの両方の顔を立てることに決めたらしい。マルフォイ家はイギリス魔法界でも特に影響力が強い家なので、報復を恐れたのだろうか。理事会が完全にルシウス・マルフォイの言いなりにならず、ハグリッドが教師を辞めずに済んだことは良かったけれど、バックビークの事情聴取をするというのはあまり喜べない結果だ。ハグリッドをどうにか出来ないなら、バックビークだけでも処分しようという考えだろうか――。

 それにしても、危険生物処理委員会とは、どんなところなのだろう。魔法省の組織の1つであることはまず間違いないだろうが、名前からしてあまりいい組織とは思えない。危険な生物達を処理する委員会だからだ。対応や対処ならまだしも処理だ。しかも、魔法省の組織となると、ルシウス・マルフォイの影響が強くなる可能性がある。彼自身もそれを狙って危険生物処理委員会にバックビークの処分を委ねたかったに違いない。

「や、奴等、バックビークを処刑するつもりだ!」

 ハグリッドも私と同じことを考えたのだろう。私が読み上げるのを聞くなり、大声でそう言って泣き始めた。やはり危険生物処理委員会は危険だと思われる生物を処理――つまり、処刑する組織らしい。でも、ほんの少しかもしれないけれど、まだ望みはある。4月に行われるのはあくまで事情聴取だし、きっと弁護する機会を設けられるはずだ。そこでハグリッドが上手く弁護出来れば、処刑はされずに済むかもしれない。

「ハグリッド、まだ処刑されるって決まった訳じゃないわ。事情聴取よ。貴方の弁護だって聞いてくれるわ」

 くるみボタンのような目からボロボロと涙を零しているハグリッドに私はやや強い口調で言った。人でも生き物でも、罪のない方が不利益を被り裁かれるなんてあってはならない。バックビークの件だって、反省すべきなのはハグリッドの授業だからとか、相手は動物だからと見下した態度を取っていたマルフォイの方だ。

「きちんと弁護をしてバックビークが安全だって示すのよ。危険生物処理委員会の人達にヒッポグリフの性質や貴方がそのことをしっかり説明したことも話して、侮辱されなければ安全だって訴えなくちゃ」
「危険生物処理委員会の奴らはみんな怪物だ!」
「そんなにひどいところなの?」
「そうだ。連中はいつもおもしれぇ生き物を目の敵にしてきた。生き物をすぐに処刑したがるし、それに、ルシウス・マルフォイの手の内だ……」

 ハグリッド曰く、危険生物処理委員会に所属している魔法族達は弱味でも握られてしまっているのか、ルシウス・マルフォイをかなり怖がっていて言いなりらしい。やはり、ルシウス・マルフォイはより自分の都合のいいように動いてくれる組織に主導権を移したかったようだ。そうしたら自分の思い通りに嫌がらせが出来るし、処刑だって意のままだろうからだ。でも――。

「だからって、始まる前から諦めちゃダメよ!」

 大泣きしているハグリッドに向かって私は大声を出した。

「バックビークを守れるのは貴方しかいないのよ! それなのに貴方がそんな様子でどうするの? そのままだと、何も悪くないバックビークは本当に処刑されてしまうかもしれないのよ!」

 確かにバックビークはマルフォイを怪我させたのかもしれない。だけどそれはマルフォイがバックビークを侮辱したからだ。その事実を無視して、バックビークだけが責められ、処刑されるだなんてあってはならない。そして何より、それを弁護出来る機会があるなら何がなんでも弁護しなければならない。私だって、もし許されるのなら、12年前のあの時、シリウスのためにすべてを捨てでもそうしただろう。

「私、他の魔法生物で同じような事例がなかったか調べるわ。中には無罪放免になった魔法生物がいるかもしれない。調べるのは得意だし、ちょうどクリスマス休暇だからたっぷり時間があるもの」

 私はそう言うと、立ち上がって帰り支度を始めた。リースの材料を両手いっぱいに抱え込みながら続ける。

「何にも悪くない方が悪者にされるなんて、そんなバカバカしいことないわ」

 正直、バックビークとは関わったことはない。私は名前しか知らないし、そんな私がここまで熱くなるのもおかしな話なのかもしれない。けれど、ハグリッドは友達だし、シリウスの無実を勝ち取るために戦っている身からすると、とてもじゃないけれど他人事とは思えなかった。

「ハグリッド、待ってて。きっと調べてくるから」

 メラメラと熱い闘志を燃やして、私はハグリッドの小屋を飛び出した。やることが増えてしまったけれど、そんなことは言っていられない。私は私に出来る限りのことをして最善を尽くすのだ。

 そうして、この日からいつにも増して私は図書室に入り浸るようになったのだった。