The ghost of Ravenclaw - 137

16. 危険生物処理委員会とファイアボルト



 禁じられた森でひっそりとクリスマス・パーティーを楽しんだ翌日、ホグワーツはクリスマス休暇に突入した。この休暇中、レイブンクローで居残るのは私だけのようで談話室どころか寮全体が貸し切り状態となった。そのことで同室の子達は寂しくないかと心配してくれていたけれど、普段談話室では出来ない呪文の練習や勉強、作業が出来るとあって実は少しウキウキしていた。休暇中は存分に満喫するつもりである。昨夜この話を聞いたセドリックは「君らしいね」と笑っていた。

 実際、私は寮に1人きりでもそれほど寂しくはなかった。魔法界にやって来るまで私は一人暮らしだったし、そもそもクリスマス休暇なんてほんの数週間だ。それに何より、ホグワーツにはこの世界での私の家族や友達のほとんどが残っている。ダンブルドア先生、ハリー、ロン、ハーマイオニー、リーマス、シリウス、ハグリッド――それからそう、3階の女子トイレに行けばマートルだっている。唯一悲しいことといえば、その全員でクリスマス・パーティーを楽しむことが叶わないことだろう。

 そういう訳で寂しさはあまり感じていなかったけれど、一方で心配事はかなり多かった。昨夜は鬱憤を晴らすかのようにシリウスとパーティーを楽しんだけれど、ロンとハーマイオニーが三本の箒で聞いてしまったことをハリーに話してしまったらと思うと気が気ではないし、そのあとのハリーの気持ちを思うと胸が痛かった。他にもシリウスの無罪を無事に証明出来るかとか、クルックシャンクスの件でロンとハーマイオニーの仲が拗れないかとか、次の満月のこととか、兎に角尽きないのだ。

 ホグワーツは10時半を過ぎるころには、ほとんどもぬけの殻となった。私は完全防寒でホグズミード駅に向かう同室の子達に付き添い玄関ホールに行くと、同室の子達はもちろん、セドリック、フレッド、ジョージ、ジニー、ルーナを見送り、そのまま雪の舞う校庭へと出た。あと1週間もすればクリスマスがやってくるので、今のうちにマートルへのプレゼントを用意しようと考えたのだ。少し時間があるからクリスマス・リースのようなものを作ってもいいかもしれない。

 誰もいない校庭を横切り、私はまっすぐにハグリッドの小屋に向かった。マートルに何かプレゼントする時は毎回ハグリッドに頼んで森に入れてもらい、花を摘ませて貰ったりしているのである。こんなに寒いからあまり花は咲いていないかもしれないけれど、冬の花も少しはあるだろうし、ハグリッドならクリスマス・リースにピッタリなものを知っているかもしれない。

 校庭を進んで行くと、降り積もった雪の中に私が通った場所だけが1本の線のように描かれていった。夜は暗くてよく分からないけれど、昼間に見る禁じられた森はどこもかしこも銀色に煌めいていて、とても美しい。でも、かなり寒そうでもあるので、シリウスに毛布を追加した方がいいだろうか。テントの中は暖かいけれど、シリウスが凍えないか心配だ。

 そんなことを考えているうちに、私はハグリッドの小屋の前に辿り着いた。ハグリッドの小屋もすっかり雪が降り積もり、まるで粉砂糖がまぶされたケーキのようになっている。クリスマス・ケーキの上にちょこんと載せられていてもおかしくはない見た目だ。あとはサンタにトナカイがいたら完璧である。私はなんだかケーキが恋しくなりながら、扉の前に立つと軽くノックをした。

「おはよう、ハグリッド。ハナよ!」

 中にいるであろうハグリッドに聞こえるように声を掛けると、真っ先に反応したのはハグリッドの愛犬であるファングだった。早く出せと言わんばかりに扉を引っ掻いていて、そんなファングに大人しくするようハグリッドが言いつけている声が聞こえてくる。

「退がれ、ファング。待て、待て――」

 間もなくして、扉の隙間からハグリッドとブンブン尻尾を振っているファングが顔を覗かせた。ファングは今にも飛び出しそうで、ハグリッドがしっかりと首輪を捕まえて飛び出すのを防いでいる。

「待たせちまったな。とりあえず入ってくれ」
「ありがとう。私の方こそ突然来ちゃってごめんなさい」
「いんや、大丈夫だ。1人で来たんか?」
「ええ。友達を見送ってそのまま来たのよ」

 小屋の中に入ると、中はぽかぽかと暖かかった。暖炉では炎がパチパチと音を立てていて、そのそばでは串に刺さった丸々とした大きなハムが焼かれ、何やら美味しそうな匂いが漂っている。違うところではコンロでお湯が沸かされていて、大きなヤカンの注ぎ口から真っ白な煙が噴き出して出ていた。ハムもヤカンもハグリッド・サイズだ。

「そういや、今日からクリスマス休暇だったな」
「レイブンクローは私以外みんな帰っちゃったのよ。でも、ハリー達と過ごせるから楽しみだわ」
「ハリーと言えば、ハナ、あんまり1人で出歩かんように気ぃつけといてくれ――ほら、ブラックのことがあるからな――」
「ええ、気を付けておくわ」

 ハグリッドから解放されて私の足元で尻尾を振るファングを撫でながら、私はしっかりと頷いた。一瞬、「シリウス・ブラックもクリスマスにはパーティーして、チキンを頬張ってのんびりしてるから平気だ」と言おうかと思ったんだけど、流石にハリーを心底心配しているハグリッドにそんな冗談は言えなかった。因みに、昨夜のパーティーで嬉々としてチキンを頬張っていたのは本当である。

「それで、こんな早くからどうしたんだ?」

 ティーポットに茶葉を入れ、シューシュー湯気を立てているヤカンのお湯を注ぎながらハグリッドが訊ねた。ヤカンはハグリッド・サイズだけれど、ティーポットは小ぶりで、ハグリッドが持つとなんだかとびきり小さく見えた。

「今年もマートルにプレゼントがしたいの。クリスマス・リースのようなものを考えていて、それで、ハグリッドなら材料とか詳しいんじゃないかと思って」
「いつものやつか。リースを作りたいなら城の飾り付けの残りがあるぞ。ちーっと待っとれ」

 ハグリッドはそう言うと、ティーポットと空のティーカップをテーブルの上に置き、上着を羽織ってから一旦小屋の外へと出て行った。私は備え付けられている流しで手を洗ってから空いている椅子に腰掛けると、空のティーカップに出来立ての紅茶を注ぎ入れた。

「ほれ、あったぞ。好きなだけ持って行ってくれ」

 しばらくして、たくさんの材料を抱えてハグリッドが戻ってきた。テーブルの上にドサっと広げられたそこには、リースの土台になりそうな蔦や飾りにぴったりな柊やモミの木の枝葉、真っ赤なポインセチア、それからちょっぴり古くなったオーナメントまである。これなら十分リースが作れそうだ。

「ありがとう、ハグリッド。やっぱり、こういうことはハグリッドに聞くのが一番ね」
「ちょうど余っちょったからな……枝葉は剪定した残りだし、ポインセチアは取れちまったやつだ。このオーナメントも古くなって捨てるつもりだったもんだし、たいしたことはねぇ……」

 褒められて嬉しかったのか、謙遜しつつも髭の奥で口元が綻んでいるのが分かった。私はそんなハグリッドにニッコリして、もう一度お礼を言うと必要な分だけ材料を貰うことにした。

 ハグリッドが美味しそうに焼けたハムをスライスしてサンドイッチを作っている間、私はあれやこれやと材料を選んだ。すると、どこからともなくふくろうが飛んできて、窓を足でコツコツ蹴り始めた。嘴に何やら咥えているところを見るに、どうやら手紙を運んできたらしい。私と同じくふくろうに気付いたハグリッドが窓辺に近寄り、窓を少し開けると途端にビューッと冷たい風が小屋の中に吹き込んできた。

 しかし、そんな冷たい風に負けず劣らず、封筒を一目見たハグリッドの顔はみるみる冷え切り、真っ青になった。何事かと立ち上がって私もふくろうが咥えている封筒を見てみると、「ルビウス・ハグリッド殿」と宛名が書かれた裏面――差出人の欄に思いがけない名前が記されていた。

「ホグワーツ魔法魔術学校、理事会――」

 一体どうしてこんな時期に理事会から手紙が届いたのだろうか。私はなんだか嫌な予感がしつつもハグリッドの代わりに手紙を受け取ったのだった。