The ghost of Ravenclaw - 136

15. 秘密だらけのホグズミード



「なんてお喋りなのかしら――」

 まさか、あの話までするとは思ってもみなかった。
 マクゴナガル先生、フリットウィック先生、ハグリッド、ファッジ大臣の4人が話を終えて三本の箒から出ていくと、私は溜息混じりに呟いた。悲しさや虚しさ、悔しさ、やるせなさといった感情がない混ぜになった言葉は、賑やかなパブの喧騒に紛れ、あっという間に消えていった。

 真相を知らない人達がシリウスのことを悪くいうのはある意味仕方がないことだ。そんなことはもうとっくに分かっている。多くの魔法族にとっては予言者新聞で報じられていることがすべてだからだ。だから、殺人を犯した脱獄囚と報じられているシリウスを悪くいうのは当然のことだし、恨む気持ちは私にだって理解出来る。けれど、かと言ってシリウスの悪口を受け入れられるかと言われたら、そうではなかった。そもそも真実はまったく違うし、シリウスがジェームズを裏切るはずがないのだから――。

 特に先程の話は相当堪えた。途中、何度も本当はそうじゃないと叫びそうになって、我慢するのに必死だった。もし許されるのなら、今にも杖を引っこ抜いて、あれ以上喋れないようにシンレシオを掛けてしまいたかったし、シリウスは裏切っていないと叫びたかった。それに、あれがもしハリーの耳に入ったらと思うと、どうにも胃が痛くて仕方がなかった。しかも、私の見間違いでなければ、この三本の箒の店内にはロンとハーマイオニーがいる。

「It’s terrible......」

 本当に最悪だ。私は窓際に置かれたクリスマス・ツリーをチラリと見遣るとひっそりと悪態をついた。入店してきた時は確かに暖炉の脇に置かれていたそれは、いつの間にか不自然に動いていて、枝葉の隙間からふさふさとした栗色の髪と燃えるような赤毛が覗いている。彼らも偶然この場に居合わせ、私達と同じように先生達とファッジ大臣の話を聞いていたに違いない。

 騒がしいパブの中で、私達の周りだけがやけに重苦しい空気に包まれているような気がした。あんなに楽しく過ごしていたのに、今ではそんな気分にもなれなかった。脳裏に過るのは不安ばかりで、ロンとハーマイオニーがあの話をハリーに話してしまったらと考えると、胃どころか頭も痛くなる思いがした。時が来たらハリー達には本当のことを打ち明けるつもりでいるけれど、それまでの間、ハリーはとんでもなくシリウスを恨んで過ごすだろう。

 私のすぐそばでは、セドリックが何かを堪えるような表情してじっとバタービールのジョッキを見つめて座っていた。セドリックは優しい人だからシリウスに対する謂れのない言葉の数々に心を痛めているのかもしれない。けれども、その気持ちをどうすることも出来なくて、じっと耐えてくれているのだ。

 もし、何も知らないままだったらこんなに複雑な思いをさせなくて済んだだろうに――私はなんだか申し訳ない気持ちでセドリックを見た。すると、突然何かを決意したような顔をして、セドリックが目の前のジョッキをむんずと掴んだ。そうして、まるでやけ酒する大人のようにジョッキに残っていたバタービールを一気に飲み干すと、ガンと空になったジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけた。

「僕達、今夜は思いっきり騒ぐべきだと思う」

 なんの脈絡もなく、セドリックは言った。

「その権利が彼にはあるんだ」

 セドリックはなんだか怒っているように見えた。私と同じようにやり場のない怒りを抱えて、それをどうにかしようとしているような、そんな感じだ。

 だというのに、私はセドリックが怒ってくれていることが無性に嬉しかった。正直、セドリックに洗いざらい話してしまったことが本当に正しかったのか、今でも思い悩むことがある。彼が危険な目に合わないか今でも心配だ。けれども、こうしてシリウスに対する理不尽を共に怒って、共に幸せを願ってくれる人がいるということは、今の私にとって何よりも心強いものに違いなかった。

「ええ、ええ、そうね――」

 少しの間ののち、私は頷いた。

「その権利が彼にはあるし、彼にその権利があることを思い出させられるのは私達だけだわ」
「笑顔に出来るのもね」
「ええ、やりましょう!」

 セドリックと同じように残ったバタービールをぐいっと飲み干して、勢いよくジョッキをテーブルに叩きつけると私は言った。

「ゾンコの店に行って悪戯グッズを仕入れて、ハニーデュークスでお菓子もたくさん買いましょう」
「それから早めに帰って厨房だ。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達に3人分の料理を頼まないと」
「決まりね!」

 重苦しい空気を一転、私達はニッコリ笑い合うとバタービールの瓶を私のポシェットの中に入れて、三本の箒をあとにした。私もセドリックも、周りがなんと言おうと何がなんでもシリウスを笑い転げさせてやる! という気分だった。もしかしたら2人共自棄になっていたのかもしれない。何でもいいから兎に角、この共に感じた悔しさを跳ね除けたい気分でいっぱいだった。

 それに、シリウスはもう十分様々なものを失ってきた。友達に裏切られ、親友を失い、名誉を傷付けられ、最終的には人生すら奪われた。そんな彼からこれ以上何かを奪うことなど許されるはずがないのだ。彼には他の人と同じように日々を楽しむ権利がある。暖かく幸せな気持ちでクリスマスを迎えたっていいのだ。その気持ちを思い出すことに何の罪もないのだ。ジェームズやリリーだってシリウスがそうすることを望んでいるに違いない。

 吹雪の中、私達はゾンコの店まで戻った。
 ゾンコの店は吹雪だというのに大盛況で、セドリックは物珍しそうにしながら店内を見回していた。どうやらセドリックはゾンコの店にはあまり訪れないらしい。私はそんなセドリックを引っ張って目当ての棚に向かうと、森の中でも使えそうな悪戯グッズや面白そうなゲームをあーでもないこーでもないと言いながら選んだ。

 ゾンコの店のあとは美味しい紅茶を出す店へと立ち寄った。その店はカフェもしているけれど茶葉も売っていて、私とセドリックはクリスマス・パーティーに合いそうな茶葉を選んで購入した。

 茶葉を買ったあとはハニーデュークスだった。ハニーデュークスには色とりどりの甘いお菓子がズラリと並んでいて、私はセドリックに聞きながら、なるべく甘さが控えめのお菓子を購入した。もちろん、リーマスへのチョコレートのお土産も忘れない。あと少ししたら満月で、今日から脱狼薬を飲みはじめたばかりなので、チョコレートはいくらあっても困らないだろう。

 それから馬車で早めに学校へ戻ると私とセドリックはこっそり厨房に侵入して料理をたっぷりお願いした。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達は突然のお願いにもかかわらず快く了承してくれて、完成したら私のベッドにこっそり届けてくれると言ってくれた。セドリックは初めて入る厨房にウキウキした様子で、この時ばかりは彼も年相応の男の子に見えた。

 その日の夜、私達は思いっきり騒いだ。バタービールで乾杯して、美味しい料理をたっぷり食べて、選んだ本をプレゼントして、ゾンコの店で購入したゲームに興じた。何か察知したのか途中でクルックシャンクスもやってきて、彼はどこからか拾ってきた小さな悪戯グッズをシリウスにプレゼントして、シリウスを大いに喜ばせた。

 私達は笑って、笑って、笑い続けて、来年のクリスマスはもっと堂々とそして盛大にクリスマスが迎えられることを密かに祈ったのだった。