The ghost of Ravenclaw - 134

15. 秘密だらけのホグズミード

――Harry――



 三本の箒は小さなパブだった。
 中は人でごった返していて、うるさくて、煙でいっぱいで、でも、暖かかった。通常の飲食スペースにはたくさんのホグワーツ生がいて、バースペースには荒くれ者の魔法戦士達がたむろしている。壁際にあるカウンターの奥には女性が1人立っていて、忙しそうに働いていた。

 女性はこのパブの店主でマダム・ロスメルタというらしい。小粋な顔をしていて、曲線美豊かな魅力的な体つきをしている。ロンはどうやらこのマダム・ロスメルタに憧れにも似た気持ちを抱いているらしく、進んで飲み物を買いに行きたがった。きっと、マダム・ロスメルタとちょっとだけでも話したかったに違いない。

 ロンが飲み物を買いに行っている間、ハリーとハーマイオニーは先に空いている席に座っておくことになった。店内は寒さを凌ぎに来た生徒や魔法使い、魔女達で満席かと思われたが、店の奥のクリスマス・ツリーが置かれている窓際の辺りはまだ数席空いていて、2人はそちらに向かうことにした。窓際の席のすぐ近くには暖炉があるものの、こんな寒い日に特に冷える窓際には誰も座りたがらなかったらしい。

「あ!」

 賑やかな人混みの中を縫うように進み、ツリーの方へ向かっていると突然ハーマイオニーが声を上げた。口許を両手で覆って、どこか一点を見つめてキラキラと目を輝かせている。

「ああ、ハリー。私、とっても嬉しい――」

 ハーマイオニーの視線の先にいたのはハナとセドリックだった。やっぱり2人は以前のような仲良い関係に戻ったのだ。ツリーから少し離れた場所にいる2人は、もう既に恋人同士のような雰囲気でテーブルに向かい合って座り、何やら楽しそうにニコニコと話をしている。テーブルの上にはジョッキに入った飲み物がそれぞれ1つずつとフィッシュ・アンド・チップスの大皿、それから瓶入りの飲み物が3本も置かれていた。

 2人の間に何があったのか聞いてみたい気もしたが、それを聞くのは野暮というものだろう。それに、ハナが楽しそうに笑って過ごしているなら、ハリーもハーマイオニーもそれで十分嬉しかった。2人は顔を見合わせて頷き合うと、ハナとセドリックの邪魔をしないよう少し遠回りしてから窓際のテーブル席に着いた。喧騒の中でハナが嬉々として話す声が微かに聞こえた(「ねえ、セド、このソースとっても美味しい!」)。

 やがて、ロンが大ジョッキを3本抱えてやってきた。ロンはマダム・ロスメルタと話が出来たことで何やら顔が赤くなってポーッとしていて、途中、ハナがセドリックと一緒に座っていたことに気付いていない様子だった。ハーマイオニーはそれに呆れ返った顔をしつつ肩を竦めて見せたが、ロンはそれすら気付いておらず、ポーッとしたままハリー達にバタービールを配った。

 初めて見るバタービールは見た目はまさにビールのそのものだった。黄金に輝く飲み物の上の方が泡立っているところまでそっくりで、でも、グビッと一口飲むとビールとはまったく違った。アルコールなんて入ってなくて、バターと甘い蜜にちょっぴり生姜の味が効いる。ハリーはビールを飲んだことはなかったけれど、バタービールの方がそれよりずっと美味しいに違いないと思った。

 すっかりバタービールで体が温まったかと思うころ、店の扉が開いてまた新たな客の入店を知らせた。冷たい風が店の奥までピューッと吹き込んできて、ハリーの髪を逆立てている。どうやら外はまだまだ吹雪いているらしい――ハリーはバタービールをグビッと飲みながら視線を出入口へと向けて、

「ゴホッゴホ……ッ!」

 直後に盛大にむせ返った。
 なんと、出入口にマクゴナガル先生とフリットウィック先生が立っていたのだ。しかもそれだけではない。先生達のすぐ後ろにはハグリッドが立っていて、ライム色の山高帽を被り、細縞のマントを纏ったでっぷりとした魔法使いと話に夢中になっている――コーネリウス・ファッジ魔法大臣だ。

 思わぬ顔ぶれの来店にロンとハーマイオニーは慌ててハリーの頭の上に手を置くと、無理矢理テーブルの下に押し込んだ。あまりに力強く押し込まれたので、ハリーは勢いよく椅子から滑り落ち、飲み掛けのバタービールは容赦なくジョッキから溢れた。床にバタービールの水溜まりが出来てなかなかの惨事だったが、ハリーはなんとか声を上げるのを我慢してテーブルの下に蹲った。

 すっかり空になってしまったジョッキ片手にひっそりと様子をうかがうと、先生達やファッジは足しか見えなくなっていた。その足がカウンターの方へ歩いて行き、しばらく立ち止まって何か注文したかと思うと、方向を変えて真っ直ぐにハリー達の方へ向かってきた。どうか見つかりませんように――ハリーが息を潜めて祈っていると、頭上からハーマイオニーが呟くのが聞こえた。

「モビリアーブス!」

 どうやら物を動かす呪文らしい。
 ハーマイオニーが唱えた途端、そばにあったツリーが僅かに浮かび上がるのを見てハリーは思った。ツリーはふわふわと漂ってゆっくり横に移動したかと思うと、ハリー達のテーブルの真ん前に軽い音を立てて着地し、3人の姿を隠した。ハーマイオニーはハリーが見つからないよう、ツリーを目隠しにしてくれたのだ。

 これでテーブルの下にハリーが隠れていることは先生達には分からないはずだ。ハリーがツリーの枝葉の隙間から様子を見てみると、先生達とファッジはツリーが動いたことにも気付かずに、テーブルに着くところだった。4組の椅子の足が後方に動くのが見え、ハナとセドリックが座っていたテーブルの辺りでもテーブルや椅子が動くのが分かった。

 先生達とファッジが座ったテーブルはハリー達のすぐ近くのようだった。というのも4人分の足が椅子に腰掛けるのが見えるや否や、フーッという溜息や、やれやれという声がはっきりと聞こえてきたからだ。あまりの近さにハラハラしながらハリーが見守っていると、やがてトルコ石色のハイヒールを履いた足が近付いてきて、女性の声がした。注文した飲み物を持ってきたらしい。

「ギリーウォーターのシングルです――」
「私です」
「ホット蜂蜜酒4ジョッキ分――」
「ほい、ロスメルタ」
「アイスさくらんぼシロップソーダ、パラソルの飾りつき――」
「ムムム!」

 マクゴナガル先生、ハグリッド、フリットウィック先生と飲み物が配られ、最後の紅い実のラム酒がファッジだった。ファッジはお礼を言いながら飲み物を受け取ると、トルコ石色のハイヒールを履いた女性――マダム・ロスメルタを飲みに誘った。久し振りに聞いたファッジの声は元気いっぱいとは言い難かったが、魅力的なマダム・ロスメルタを前に饒舌だった。

「君にまた会えてほんとに嬉しいよ。君も一杯やってくれ……こっちに来て一緒に飲まないか?」
「まあ、大臣、光栄ですわ」

 マダム・ロスメルタのハイヒールが軽やかに遠ざかっていくのをハリーは気が遠くなる思いで見つめた。先生達やファッジから上手く姿を隠せているものの、一体いつまでこうしていなければならないのか分からなかったからだ。先生達が長居するとなるとハリーはここを抜け出せなくなる。夕食までに戻れるだろうか? 先生達がここを出る時、ハニーデュースクはまだ開いているだろうか? あそこからでないと戻れないのに、閉店していたら最悪だ……ハリーの脇で、ハーマイオニーの足が神経質にぴくりとした。

「それで、大臣、どうしてこんな片田舎にお出ましになりましたの?」

 少ししてマダム・ロスメルタが戻ってくると、空いている席に腰掛けながら訊ねた。すると、誰か立ち聞きしていないかチェックするかのようにファッジの太った体が椅子の上で捩れたかと思うと、ファッジが低い声で言った。

「他でもない、シリウス・ブラックの件でね。ハロウィーンの日に、学校で何が起こったかは、うすうす聞いているんだろうね?」
「噂は確かに耳にしてますわ。大臣、ブラックがまだこの辺りにいるとお考えですの?」

 マダム・ロスメルタの言葉に、ファッジは「間違いない」ときっぱりと答えた。ブラックはハリーの命を狙っているのだ。そのことを知っている人物なら誰しも、ブラックがホグワーツから離れるはずがないと分かっているに違いなかった。だからこそ魔法省は毎晩吸魂鬼ディメンターによるホグズミードのパトロールを行なっているのだ。

吸魂鬼ディメンターが私のパブの中を二度も探し回っていったことをご存知かしら?」

 しかし、そんな事情をまったく知らないマダム・ロスメルタは吸魂鬼ディメンターのパトロールが不服らしかった。ファッジに対する言葉はどこか刺々しい。

「お客様が怖がってみんな出ていってしまいましたわ……大臣、商売あがったりですのよ」
「ロスメルタのママさん」

 ほとほと困り果てたようにファッジが言った。

「私だって君と同じで、連中が好きなわけじゃない……しかし、用心に越したことはないんでね……残念だが仕方がない……。つい先ほど連中に会った。ダンブルドアに対して猛烈に怒っていてね――ダンブルドアが城の校内に連中を入れないんだ」
「そうすべきですわ」

 今度はマクゴナガル先生が強い口調で言った。

「あんな恐ろしいものに周りをうろうろされては、わたくし達教育が出来ませんでしょう?」
「まったくもってその通り!」

 フリットウィック先生のキーキーとした声がした。背が小さいせいで床まで届かない足が、テーブルの下でブラブラとしている。

「にもかかわらずだ」

 ファッジが負けじと言い返した。

「連中よりもっとタチの悪いものから我々を護るために連中がここにいるんだ……知っての通り、ブラックの力をもってすれば……」

 すると、ファッジが言い終わらないうちに、マダム・ロスメルタが言った。その声はどこか考え深げだ。

「でもねえ、私にはまだ信じられないですわ。どんな人が闇の側に荷担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと、私は思ってました……あの人がまだホグワーツの学生だった時のことを憶えてますわ。もしあのころに誰かがブラックがこんな風になるなんて言ってたら、私きっと、“あなた蜂蜜酒の飲みすぎよ”って言ったと思いますわ」
「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ」

 ファッジがぶっきらぼうに答えた。

「ブラックの最悪の仕業はあまり知られていない」
「最悪の?」

 好奇に満ちた声でマダム・ロスメルタが訊ねた。

「あんなにたくさんの可哀想な人達を殺した、それより悪いことだって仰るんですか?」
「まさにその通り」
「信じられませんわ。あれより悪いことってなんでしょう?」
「ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ」

 ファッジに代わり、マクゴナガル先生が呟くように言った。

「あの人の一番の親友が誰だったか、覚えていますか?」
「えぇ、えぇ。いつでも一緒、影と形のようだったでしょ? ここにはしょっちゅう来てましたわ――ああ、あの2人にはよく笑わされました」

 話を聞く限り、学生時代のブラックは今とはまったく違ったようだった。ヴォルデモートも学生時代は優等生でダンブルドア以外の人の目は騙せていたようだけれど、それと似たようなものだろうか。それとも、何かがブラックを心変わりさせてしまったのだろうか。ハリーが考えていると、マダム・ロスメルタが昔を懐かしむように笑う声が聞こえて、そして、

「まるで漫才だったわ、シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」

 次の瞬間、到底信じられないことがハリーの耳に飛び込んできたのだった。