The ghost of Ravenclaw - 132

15. 秘密だらけのホグズミード

――Harry――



 しばらくの間、ハリーは信じられない気持ちでその場に立っていた。こんなに素晴らしい地図をフレッドとジョージはハリーに譲ってくれると言う。もうすべて暗記してしまったから、自分達には必要ないと言っていたけれど、絶対に手放すのが惜しかったはずだ。それでも2人はハリーを元気づけようと譲ってくれたのだ。

 この地図さえあれば、誰にもバレることなくホグズミードに行くことが出来る――ハリーは無数の茶色い点が動き回る地図をじっと見つめながら考えた。すぐそこにある隻眼の魔女の像からの道は、フィルチすら知らない道だとフレッドとジョージは話していた。それが本当なら、ハリーは吸魂鬼ディメンターの横を通らずに済む。

 地図の上では、ミセス・ノリスの小さな点がちょうど左に曲がって立ち止まったところだった。じっと動かなくなったところを見るに、床の上にあるものの臭いでも嗅いでいるのかもしれない。そのミセス・ノリスの飼い主であるフィルチはまだ玄関ホールにいて、ホグズミードへ向かう生徒に目を光らせている。そして、ハリーのいる4階の廊下にはほとんど誰もいない。

 今ならバレずにホグズミードへ行けるかもしれない。
 ハリーは興奮ではち切れそうになりながらその場に佇んでいた。ウィーズリーおじさんが以前、「脳みそがどこにあるか見えないのに、独りで勝手に考えることが出来るものは信用してはいけない」と話していたし、これはその危険な魔法の品に当てはまるのだろうけど、でも、でも――。

 ハリーは頭の中で言い訳をした。これは独りで勝手に考えることが出来るものだけど、ハリーはこれを危険なことに使うわけではない。ただちょっとだけホグズミードに行くのに使うだけだ。何かを盗むためでも、誰かを襲うためでもない。それに、フレッドとジョージがもう何年も使っているけど、危険なことは何も起こらなかった。

 突然、何かに突き動かされるようにしてハリーは地図を丸めてローブの内側に押し込むと、教室の扉へと急いだ。念には念を入れて、外に誰もいないことをしっかりと自分の目でも確かめてから廊下に出ると、隻眼の魔女の像の陰に滑り込んだ。しかし、像のどこにも扉のようなものは見られない。

 どうやったら入口が開くんだろう? フレッドもジョージも肝心なことを言い忘れたらしい。ハリーは何かヒントが載っていないかと、もう一度地図を確かめてみることにした。そうして、ローブから取り出して見てみると、そこに点以外のものが現れていることに気付いてハリーは目を丸くした。「ハリー・ポッター」の名前の下に小さな人影があったのだ。

 その小さな人影は、ちょうどハリーが立っている4階の廊下の真ん中辺りにいた。一体どうしてハリーだけが点ではなく人影になったのか分からず、ハリーがじっと地図を見ていると、地図の中のハリーが小さな杖を取り出し、魔女の像をコツコツし始めた。何やら叩いているらしい。ハリーは急いで自分も同じように杖を取り出して、像を叩いてみた。しかし、何起こらない。

 ハリーはもう一度地図を見た。すると、今度は自分の人影の横に小さな吹き出しのようなものが現れた。吹き出しの中には何やら言葉が書かれている――。

「ディセンディウム!」

 もう一度杖で像を叩きながら、ハリーは吹き出しの中に書かれてある言葉を唱えた。すると、たちまち像のコブが割れて細い隙間が出来た。クラッブやゴイルは無理だが、ハリーなら何とか通り抜けられるだろう。ハリーはもう一度辺りを確認すると、ローブの中に地図を戻してから隙間に体を押し込んだ。

 隠し通路の先は急な下り坂になっていた。ハリーは滑り台を滑るようにしてその坂道を滑り下りると、湿った冷たい地面に着地した。結構な距離を下りてきたらしく、辺りは真っ暗な上、入口を見上げてみても長い坂道がぼんやりと見えるだけで他には何も見えない――。

「ルーモス!」

 杖を取り出し明かりを灯してみると、ようやく辺りがはっきりと見えるようになった。隠し通路は天井が低く、かなり狭い土のトンネルになっていて、それがずっと先まで続いている。この先にハニーデュークスがあるのだ。ハリーは期待と不安と興奮でドキドキしながら、また地図を取り出すと、フレッドとジョージから言われた通りにしっかりと地図を消してから歩き出した。

 隠し通路は大きなウサギの巣穴のようだった。曲がりくねっていて、地面もデコボコして歩きづらい。おまけにそれが永遠と続くものだから、ハリーは実際に歩いた時間よりもっと長い時間歩いているような奇妙な感覚に囚われた。しかも出口がなかなか見えないので尚更だ。それでもハリーはハニーデュークスに行くのだという一心で歩いた。

 1時間以上は歩いただろうか。デコボコ道が上り坂になったかと思うと、やがてハリーの目の前に古びた石段が現れた。とんでもなく長い石段で、見上げてみても終わりは見えない。けれども、これを上がりきれば間違いなくハニーデュークスだ――。

 ハリーは、数百はあろうかという石段を物音を立てないように気を付けながら上がり始めた。100段、200段と過ぎていき、もう何段か分からなくなってきたところで、ゴツン、と頭に何か固いものがぶつかって石段は突然終わりを迎えた。上を見上げてみれば、観音開きの撥ね戸がある。どうやらこれが出口らしい。

 ハリーはぶつけた頭をさすりながらじっと耳を澄ました。撥ね戸の向こうには誰もいないようで、何の物音も聞こえない――よし、今のうちだ――ハリーはゆっくりと慎重に撥ね戸を押し開け、僅かに出来た隙間から外を覗き込んだ。どうやら撥ね戸の先はハニーデュークスの倉庫の中らしい。辺りには木箱やケースが所狭しと並べられている。

 目視でも誰もいないことをしっかりと確認すると、ハリーはようやく通路から出た。それから通路が見つからないようすぐに撥ね戸を元に戻すと、戸はそこにそんなものがあるとはとても分からないぐらい埃っぽい床によく馴染んだ。これなら、ここに入口があることはハニーデュークスの人達にすら分からないだろう。

 倉庫には上階に続く木の階段があった。店内に出る扉は見えないが、きっとこの先にあるに違いない。階段に近付くと案の定店内の音がはっきりと聞こえてきた。ガヤガヤという話し声やチリンチリンと鳴るドアベルの音、それからドアがバタンバタンとひっきりなしに開いたり閉じたりする音まで聞こえる。さて、ここからどうやって店内に出ようか――ハリーが考えあぐねていると急にすぐ近くの扉が開く音が聞こえた。誰かが階段を降りてくるようだ。

「“ナメクジゼリー”をもう1箱お願いね、あなた。あの子達ときたら、店中ごっそり持っていってくれるわ――」

 開いた扉の隙間から女の人の声がしたかと思うと、ハリーの目の前に階段を降りてくる男の足が2本、飛び込んできた。ハリーは大急ぎで階段から離れると近くにあった大きな箱の陰に隠れ、足音が通り過ぎるまで待つことにした。どうか見つかりませんように――ハリーは息を潜ませた。

 運のいいことに、男はハリーに気付いていないようだった。耳をそばだてていると、階段を下りて倉庫までやって来た男の足音がハリーのすぐそばを通り過ぎ、反対側の箱へと向かったのが分かった。「ナメクジゼリー」の箱は階段から離れた場所にあったらしい。ホッと胸を撫で下ろして箱の陰から様子をうかがってみると、男が大きな尻をハリーに向けて何やら木箱を動かしているところだった。禿頭を箱の中に突っ込んでいる。チャンスは今しかない――ハリーは急いで箱の陰から滑り出ると一気に階段を駆け上がり、扉からするりと出た。

 扉の外はハニーデュークスの店内にあるカウンターの裏だった。ハリーは見つからないよう頭を低くして横這いに進み、そして何食わぬ顔をして立ち上がった。店内はホグワーツ生で溢れかえっていて、みんながお菓子に夢中になっているからか、たった今カウンターの裏から現れたハリーに気付く人は誰もいなかった。

 ハリーはそんな人混みの中をすり抜けて進みながら辺りを見回した。ハニーデュークスの店内にある棚という棚に甘くて美味しそうなお菓子がずらりと並んでいる。ねっとりしたヌガー、ピンク色に輝くココナッツ・キャンディ、蜂蜜色のぷっくりしたタフィー。手前の方にはきちんと並べられた何百種類ものチョコレート、百味ビーンズが入った大樽、浮上炭酸キャンディやフィフィ・フィズビーの樽もある。

 別の壁一杯には「特殊効果」と書かれた菓子の棚があった。部屋一杯にリンドウ色の風船が何個も広がって何日も膨れっぱなしになる、ドルーブル風船ガム。ボロボロ崩れそうでへんてこりんな、歯みがき糸楊枝型ミント。豆粒のような、黒胡椒キャンディ。歯がガチガチキーキー鳴る、ブルブル・マウス。胃の中で本物そっくりに跳ぶ、ヒキガエル型ペパーミント。脆い、綿飴羽根ペン。爆発ボンボン――。

 ハリーは6年生の集団の中を抜けて、今度は「異常な味」という看板の掛かった店の一番奥まった場所にあるコーナーへと足を向けた。その看板の真下にロンとハーマイオニーの姿がある。なんと2人はタイミングよくハニーデュークスの店内にいたのだ。血の味がするキャンディが入った盆の中を覗き込んで品定めしている。

「ウー、ダメ。ハリーはこんなもの欲しがらないわ。これって吸血鬼ヴァンパイア用だと思う」
「じゃ、これは?」

 ハリーはゆっくりとロンとハーマイオニーの背後に忍び寄った。血の味がするキャンディに渋い顔をする ハーマイオニーの鼻先にロンがゴキブリ・ゴソゴソ豆板の瓶を突きつけている。それはあまりお土産に欲しくないお菓子だ。ハリーは2人の間にぬっと顔を出すと口を開いた。

「絶対嫌だよ」

 次の瞬間、ハーマイオニーは「ハリー!」と金切り声を上げ、ロンは危うく瓶を落としそうになった。ハーマイオニーは驚きのあまり目を見開いたまま、なんだか辺りを気にしてオロオロしながら、戸惑ったようにハリーに訊ねた。

「どうしたの、こんなところで? ど――どうやってここに――?」

 逆にロンの回復は早かった。

「ウワー! 君、姿現し術が出来るようになったんだ!」

 感心したように声を上げると、最近何かとお気に入りの「姿現し」を持ち出して言った。ハナが突然医務室に現れた時もそうだったが、どうやらロンは何かあると姿現しを持ち出すのがブームになっているらしい。ハリーはおかしそうに笑いながら「違うよ」と否定した。そして、

「実はね――」

 周りの6年生の誰にも聞こえないようにしながら、忍びの地図の一部始終を2人に話したのだった。