The ghost of Ravenclaw - 131

15. 秘密だらけのホグズミード

――Harry――



 それはまるで誓いの言葉のようだったが、確かに呪文に違いなかった。ジョージが唱えると、杖先が触れた場所から細いインクの線がクモの巣のように広がりはじめたからだ。その線はあちこちで繋がり、交差し、羊皮紙の隅から隅まで伸びたかと思うと、やがて、一番上の目立つところに、渦巻形の大きな緑色の文字が、まるで花開くようにポッ、ポッと現れた。



ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ
我ら魔法悪戯仕掛人のご用達商人がお届けする
自慢の品 忍びの地図



 それはホグワーツの地図だった。城の細部から校庭の隅に至るまで事細かに記されている敷地全体の地図だ。今までこんなものは見たことがない――ハリーは食い入るように目の前に現れた地図を見つめた。ホグワーツの詳細な地図というだけでも十分に価値があると思えるのに、この地図の素晴らしさはそこだけに留まらなかった。なんと地図の上を無数の小さな点が動いているのだ。しかも、その点の上に、1つ1つ細かな字で名前までついている。

 これは確かに古びた羊皮紙と呼ぶにはとんでもなく失礼だ――ハリーは先程のフレッドとジョージの反応を思い出してそう思った。だって、ハリーの考えが正しければ、これはまさに今、ホグワーツのどこに誰がいるのかひと目で分かる地図だからだ。成功の秘訣というのも頷けた。こんな素晴らしい地図、またとない。

 一番上の左隅を見ると、ダンブルドア教授と書かれた点が書斎を歩き回っている。フィルチの飼い猫であるミセス・ノリスは、3階の廊下を徘徊している。ポルターガイストのピーブズは今、トロフィー・ルームでヒョコヒョコ浮いている。そうして馬車でホグズミードへ向かったであろうロンとハーマイオニーの名前を見つけようと校庭に目を向けたところで、ハリーはあることに気付いた。

「あれ」

 燻んだ茶色ばかりの点や名前が動き回る地図の中で1つだけ、輝くサファイア・ブルーを見つけたからだ。それは「セドリック・ディゴリー」の名前とピッタリ並んでどんどん校門へ向かい、そして、校門を抜けて地図から見えなくなってしまった。

「気が付いたか? ハナさ」

 ハリーの視線の先に気付いたフレッドが言った。

「ハナだけがこの地図の中でたった1人目立つ色になってる。今までそんな奴、他にいなかった」
「どうして、ハナだけ色が違うんだい?」
「それが、僕達にも分からないんだ」
「俺達、ハナが入学してすぐにこの現象に気付いて、どうにかその謎を解こうと頻繁にハナに会いに行ったんだ。だけど、結局分からず終いさ」

 ハリーはハナの名前が消えて行った校門を、じっと見た。今度はハーマイオニーとロンの名前が通り過ぎようとしている。

「ハナに“印がついてる”って言ってみても、本人は何のことだか分かってないみたいだったな」
「印……。あ! 去年のクリスマスに君達が話してた“僕達にしか見えない印”ってこの地図のことだったんだね?」

 ピンと閃いて、ハリーは言った。確かに去年のクリスマス、2人はそういう話をハリーとロンとハーマイオニーにしたのだ。あの時、どうして2人がハナの行動を知っているのか不思議だったけれど、この地図を見た今なら納得だった。ハナは特に目立つ色をしているし、この地図を見れば行動がすぐに分かる。

「ハナが日曜日にどこに行くのか分かったの?」
「いや、結局毎週末消える秘密も分からないままさ」
「時々、ハナはずっと前からホグワーツにいて、俺達やこの地図を作った4人すら知らない部屋も熟知してるんじゃないかって思うことがあるよ」

 フレッドがそう言って肩をすくめるのを見て、ハリーは不意に「レイブンクローの幽霊」のことを思い出した。去年の夏、夜の闇ノクターン横丁にあるボーシン・アンド・バークスに迷い込んだ時、ルシウス・マルフォイがその話をしていたのを聞いたのだ。何でも見た目の特徴がハナにそっくりで、それを捜している人から手紙を貰ったとかなんとか――。

 そもそも「レイブンクローの幽霊」はあだ名のようなものらしかった。それから数ヶ月後、クリスマスの時にスリザリン寮に忍び込んで息子のドラコ・マルフォイから聞いた話では、彼女は今から約17年半前だか18年前だかにホグワーツにいたレイブンクローの女生徒だという。そして、見た目の特徴がそっくりなことからマルフォイ氏がハナはその「レイブンクローの幽霊」の娘ではないかと考えていたとも話していた。現在はマグル生まれだと偽っているのではないか、と。

 この疑惑こそ、マルフォイが「ハナはアズカバンの囚人の娘である」と考えている理由でもあった。なぜなら手紙の差出人がそのアズカバンの囚人の弟だったからだ。だから、マルフォイ氏はその魔法使いが兄の恋人だった女生徒を探し出そうとしていたのではないかと推測したのだ。ハリーは常々、魔法使いの兄がシリウス・ブラックのことではないかと思っていた。現にその噂を聞きつけたスネイプは、ハロウィーン以降、ハナがブラックの手引きをしているのではないかと疑っている。

 しかしながら、ハリーはマルフォイ父子おやこやスネイプが考えていることはまったくのデタラメだと考えていた。だって、ダンブルドアだってハナを信じてるって話していたし、ハナ自身が「マグル生まれ」だと話している。けれども、だとしたら「レイブンクローの幽霊」とは一体誰のことなのか、ハリーにはさっぱり分からなかった。ハナの母親ではないとするなら、ただのそっくりさんだろうか。それとも、ハナ本人ということは有り得るのだろうか?

 18年前といえば、ハリーの両親もホグワーツに通っていた時期だ。もし、ハナが何らかの方法で18年前にもホグワーツにいたとしたら、父親と顔見知りだとしてもおかしくはない。だから、2年前のハロウィーンの日、ハリーのことを思わず父親だと間違えてしまったのだとしたら――いや、そんなことあるはずがない――ハリーは頭を振った。ハナが18年前にもホグワーツに存在していたなんて、バカバカしい妄想だ。

「まあ、実際にはここに書かれていない部屋もあるからハナがダンブルドアやルーピンにその部屋を教えてもらっていても不思議じゃない――去年ハリー達が見つけた秘密の部屋だって載ってない」

 ハリーが考え込んでいると、ジョージが地図をトントンと指で叩いた。

「地図はまだ未完成ってことさ。とはいえ、ハナの色だけが違う理由にはならないけど」
「案外、製作者の好みの女の子に印がつくのかもしれないぞ。あれだけの美人だからな」

 地図にはそういうユニークな機能も備わっているのだろうか――ハリーはもう一度まじまじと地図を見た。フレッドとジョージの話が本当かどうかは分からないけれど、製作者のお眼鏡にかなった女の子に目立つ色が与えられると言いたくなるのは分かる気がした。ハナはそれだけ美人で可愛いからだ。

 そうして地図を眺めていると今度は別のことにハリーは気がついた。先程ジョージが書かれていない部屋もあると話していたが、なんと地図にはハリーが今まで一度も通ったことのない抜け道がいくつも示されていたのだ。しかも、そのうちのいくつかがホグズミードの方角に伸びている。

「お目が高い――ホグズミードに直行さ」

 ハリーの視線に気付いたフレッドが指でそのうちの1つを辿りながら言った。

「全部で7つの道がある。ところがフィルチはそのうち4つを知っている――」

 フレッドは指でその4つの通路の入口を示した。

「しかし、残りの道を知っているのは俺達以外ではハナだけだ。ハナには去年、ホグズミードに連れ出すのに教えたんだ」
「その時、ハナには地図を見せなかったの?」
「ああ。その時は誰かにこの地図の存在を明かすって選択肢が僕達にはなかったからな」
「ま、兎に角ハナも抜け道を知ってるが大した問題じゃない。ハナは、秘密は必ず守る――ただ、5階の鏡の裏からの道はやめとけ。俺達が去年の冬までは利用していたけど、ついこの間崩れっちまった――完全に塞がってる」

 今度は5階の廊下の辺りを指差してフレッドが言った。

「それから、こっちの道は誰も使ったことがないと思うな。なにしろ“暴れ柳”がその入口の真上に植わってる。しかし、こっちのこの道、これはハニーデュークス店の地下室に直通だ。俺達、この道は何回も使った。それに、もう分かってると思うが、入口はこの部屋のすぐ外、隻眼の魔女ばあさんのコブなんだ」

 フレッドが校庭の暴れ柳、そして4階の隻眼の魔女の像へと指を滑らせるのをハリーはドキドキしながら見つめた。気分がすっかり高揚して、先程まで考えていたハナのことは頭の隅に押しやられていた。

「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ――我々はこの諸兄にどんなにご恩を受けたことか」
「気高き人々よ。後輩の無法者を助けんがため、かくのごとく労を惜しまず」

 地図の一番上に書かれた名前を撫でながらうっとりとした様子でジョージが、胸に手を当てて厳かな口調でフレッドが言った。この地図の秘密を知ってしまった今では、ハリーも2人がそうしたくなる気持ちがよく分かった。

 それから2人は地図の消し方もハリーにきちんと教えてくれた。使い終わったあとは誰かに読まれないよう、もう一度杖で地図を軽く叩いて「悪戯完了!」と唱えればいいらしい。ハリーは分かったとばかりに頷いてみせた。

「それではハリー君よ」

 フレッドが気味が悪いほどパーシーそっくりなモノマネで言った。

「行動を慎んでくれたまえ」
「ハニーデュークスで会おう」

 そうして最後にジョージがウインクすると、2人は満足気にニヤリと笑いながら部屋を出て行った。ハリーにとんでもなく素晴らしいクリスマス・プレゼントを残して。