The ghost of Ravenclaw - 130

15. 秘密だらけのホグズミード

――Harry――



 あのハリー史上最低最悪な開幕戦後、ルーピン先生が吸魂鬼ディメンターの防衛術を教えてくれることになり、更に11月の終わりにレイブンクローがハッフルパフに完勝すると、ハリーの気持ちは開幕戦直後より随分と明るくなっていた。そのころになるとハリーよりも落ち込んだ様子だったウッドも元気を取り戻して、再び練習でハリー達をしごくようになった。

 ハナのお陰で思っていたよりも壊れたニンバスのことを引きずらなくて済んだことも、ハリーには有り難かった。新しい箒を選ばなければならないのは悩みの種だったが、ハナがあのニンバスをどんな風にいいものに変えるのか楽しみだったし、今では待ち遠しくすらあった。それに吸魂鬼ディメンターだって、あれ以来、校内には入って来ていない。ダンブルドアの怒りが吸魂鬼ディメンターを学校の入口に縛り付けているかのようだった。

 12月になるとホグワーツは少しずつクリスマス・ムードで満ち始めた。校内の至る所が飾り付けられ、みんながクリスマス休暇の予定を楽しげに語り合っている。ハリーは例年のごとく真っ先に居残りリストに名前を書いたが、今年のクリスマスも寂しくならずに済みそうだった。ロンとハーマイオニーは去年に引き続き今年も居残ってくれるし、更にはそこにハナも加わることになったからだ。ハリーはハナと休暇が過ごせるのが密かに楽しみだった。

 逆に楽しみでないことといえば、秋学期の最後の土曜日にやってくる第2回のホグズミード休暇だけだった。それでも、3年生の中で自分だけ学校に取り残されるのは2度目だ。ハリーは早々に校内に残るのは今回も自分1人だろうと覚悟を決めて、ウッドに『箒の選び方』という本を借りた。チームの練習では学校の箒を借りているけれど、古い「流れ星」は恐ろしく遅く、動きがギクシャクするのだ。逆転優勝するためには何としてでもニンバスの代わりとなる新しい箒が必要だった。

 ホグズミード休暇当日――ハリーはロンやハーマイオニーを玄関ホールで見送ると、1人で大理石の階段を上がり、本を読むために寮へと向かった。ハリーは前回の時、ロンとハーマイオニーと一緒にハナのことも見送ったけれど、今回、玄関ホールにハナの姿はなかった。ハーマイオニーが言うには、別の誰かと一緒に行く約束をしているらしい。

 一体誰と約束したのかは分からなかったが、ハナは友達が多いので、友達の中の誰かだろう。レイブンクローで寝室が同じ子達と行くかもしれないし、フレッドとジョージかもしれない。もしかしたらルーピン先生と一緒ということだって――そんなことを考えながらハリーは校内を進み、4階の廊下の中程までやって来たのだが、そこでどこからともなくハリーを呼ぶ声が聞こえてきて、ハリーは立ち止まった。

「ハリー」

 振り向くと、なんと背中にコブのある隻眼の魔女の像の影からフレッドとジョージが顔を覗かせていた。思いがけない場所から2人が顔を出していたものだから、ハリーが驚いて声を上げそうになると、2人は慌てて人差し指を自らの口許に当てて「シーッ!」と言った。

「何してるんだい?」

 気を取り直し、声を潜めてハリーは訊ねた。

「どうしてホグズミードに行かないの?」

 どうやらハナと一緒にホグズミードに行く相手はフレッドとジョージではないらしいが、それにしたって2人がホグズミードへ行かないのは変な話である。2人なら真っ先に向かいそうなものなのに、こんなところでコソコソとしているのは一体どういう訳なんだろう?

「行く前に、君にお祭り気分を分けてあげようかと思って」

 ハリーが不思議に思っているとフレッドが意味ありげにウインクして答えた。「こっちへ来いよ」と隻眼の魔女の像の左側にある教室を顎で指し示している。お祭り気分がどんなものなのかハリーには見当もつかなかったが、何か楽しい気分にさせてくれるに違いない――ハリーは言われるがままにフレッドとジョージのあとに続いて、その教室に入った。土曜日で授業のない今日は、教室には誰もおらず空っぽだ。

「ひと足早いクリスマス・プレゼントだ」

 ハリーが教室に入り終えると、最後にジョージがそっと扉を閉め、ニッコリしながら言った。まさかクリスマス前にプレゼントが貰えるとは思わず、ハリーは目をパチクリとさせた。フレッドはそんなハリーにニヤッとすると、冬用のマントの下からまるで最高級のお宝を取り出すかのような仰々しい動作で何かを取り出した。ハリーはその一挙一動をドキドキしながら見つめていたが、それが机の上に丁寧に広げられると、あからさまに拍子抜けした。取り出されたものが「草臥くたびれた古い羊皮紙」だったからだ。

「これ、一体何だい?」

 またフレッドとジョージの冗談か、と思いつつハリーは訊ねた。期待してしまった分、プレゼントが古びた羊皮紙だったことにちょっと残念な気分になった。けれども、2人のことだから、ニンバスも失った上、たった1人ホグズミードに行けないハリーを笑わせてくれようとしてくれたに違いない。

「これはだね、ハリー、僕達の成功の秘訣さ」

 ジョージがうっとりしながら古びた羊皮紙を撫でた。

「君にやるのは実に惜しいぜ。しかし、これが必要なのは俺達より君の方だって、俺達、昨日の夜そう決めたんだ」

 今度はフレッドが言った。

「ハリー、まさに今こそ俺達の才能を発揮・・・・・すべき時さ」

 そう続けて、フレッドが再び意味ありげにウインクすると、ハリーは不意に夏休み最後の夜のことを思い出した。漏れ鍋でハナと一緒にウィーズリー夫妻の話を盗み聞きしてしまったあとのことだ。部屋に戻るために階段を上がっていたら、踊り場でパーシーのヘッドボーイのピンバッチを持ち出して悪戯しているフレッドとジョージを見つけて、それで、そう――ハナが確かに言ったのだ。

『貴方達は人を笑顔に出来るとても素晴らしい才能があるって、私、思うの。それは何より変え難いものだわ。だから私、もっと違うところでその才能を発揮して貰えたら嬉しいってそう思うのよ。そうしたら、貴方達の素晴らしさをもっと多くの人に知って貰えるでしょう?』

 もしかしたらフレッドの言う「才能を発揮すべき時」というのはハナのあの時の言葉のことを言っているのかもしれない。それで2人はハリーの元気を取り戻そうとこうして早めのクリスマス・プレゼントを渡す計画を立ててくれたのだ。

 しかし、2人の気持ちが嬉しい反面、ハリーにはこの古びた羊皮紙のどこにハリーを笑顔に出来る要素があるのかさっぱり分からなかった。古いだけで何も書いてはいないし、成功の秘訣があるようにも、手放すのか惜しいようにも見えない。でも、ジョージはこの何も書いていない羊皮紙の内容を「もう暗記している」らしい。

「我々は汝にこれを譲る。俺達にゃもう必要ないからな」
「古い羊皮紙の切れっ端の、何が僕に必要なの?」

 これは本当にただのジョークの品なのだろうか? ハリーはとうとう我慢出来ずに訊ねた。すると、途端にフレッドが「マーリンの髭!」と叫んだ。ホグワーツに入学してから知ったのだが、マーリンの髭は魔法族がビックリした時に使う慣用句らしい。ハリーはそれをもじってロンが「マーリンのパンツ!」と言っているのを聞いたことがあった。

「古い羊皮紙の切れっぱしだって!」

 フレッドはハリーがとんでもなく失礼なことを言ったとばかりに顔をしかめると、やれやれと額に手を当てた。

「ジョージ、説明してやりたまえ」
「よろしい……我々が1年生だった時のことだ。ハリーよ――まだ若くて、疑いを知らず、汚れなきころのこと――」

 何やら演技臭い口調でジョージが話し出すと、途端にハリーは吹き出した。ずっと悪戯ばかりしているフレッドとジョージに汚れなきころがあったなんて、ハリーにはまったく想像出来なかった。

「――まあ、今の僕達よりは汚れなきころさ」

 咳払いを1つして、ジョージは続けた。何でもその汚れなき1年生の時、2人はフィルチの厄介になることになったそうだ。廊下で糞爆弾を爆発させたことでフィルチをカンカンに怒らせてしまったのだという。そうして、カンカンになったフィルチに事務室まで引っ張られて行った時、2人は書類棚の引き出しの1つに「没収品・特に危険」と書いてあるのを発見した。

「まさか――」

 ハリーは思わずニヤッとした。フレッドとジョージがその引き出しを放っておくわけがないからだ。案の定、2人はまんまと中身の1つを盗み出した――ジョージがもう1回糞爆弾を爆発させてフィルチの気を逸らせている間に、フレッドが素早く引き出しを開けて掴んだのだ。そして、その時のものがこの机に広げられた羊皮紙というわけだ。

 けれども、この何も書いていない羊皮紙をどうやって使うのか、ハリーには皆目見当もつかなかった。一体どうやって使うのだろう? 話を聞く限り、偶々掴んだだけのように思えるけれど、フレッドとジョージはどうやってこの羊皮紙の使い方を知ったのだろう?

「それじゃ、君達はこれの使い方を知ってるの?」
「ばっちりさ――このかわい子ちゃんが、学校中の先生を束にしたより多くのことを俺達に教えてくれたね」
「僕を焦らしてるんだね」

 ハリーは早く使い方を知りたくてたまらなくなって、ウズウズしながら、古ぼけたボロボロの羊皮紙を見た。すると、ジョージがもったいぶったように杖を取り出し、その杖先で羊皮紙に触れるともったいぶったように咳払いをして言った。

「我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり」