The ghost of Ravenclaw - 127

15. 秘密だらけのホグズミード



 それからも私達は明け方近くまで様々な話をした。今後の話ももちろんしたし、私は10分に1度はセドリックにくれぐれも無理はしないように、周りの人には気を付けるようにと言い聞かせた。けれども、セドリックはその度になんだか複雑な顔をして「それはそっくりそのまま君に返すよ」と言った。

 セドリックとシリウスは話をする中で少しずつ仲良くなったようだった。それどころかシリウスはセドリックのことをすっかり気に入っているようで、途中から「セドリック」と親しげに呼んでいたし、セドリックの方も最後の方には「シリウス」と呼ぶようになっていた。

「でも、ハナがヴォルデモートの目の前に現れなくて本当に良かった。もし、ヴォルデモートの目の前だったらと思うとゾッとする」

 3回目の紅茶のおかわりを淹れたところで、シリウスが思い出したように言った。こればかりは私自身も本当にそう思う。どうしてこちらの世界にも自分の家があるのかとか、不思議なことはあるけれど、ヴォルデモートの目の前に召喚されずに済んだことは不幸中の幸いだろう。

「悪運が強いのかしら、私」

 冗談めかして私が言うとシリウスは「さあ」とばかりに肩を竦めた。セドリックは紅茶を飲みながら、何やら考えているのか難しい顔をしている。

「ハナの家は、向こうにもこちらも同じ場所にあるんだよね?」

 しばらく考え込んだあと、セドリックが訊ねた。

「ええ、不思議と同じ家なの。もちろん、シリウス達が色々仕掛けをしてくれたから全部同じではないけれど……私は、家ごと召喚されたんじゃないかって思ったの」
「家ごとって可能なのかな? それに召喚に名前が必要っていうのも不思議だ。どう考えたって現実的じゃないし、召喚は無理だってなる……ワームテールが話した、とか」
「いいえ、それはないと思うわ。そしたらヴォルデモートは初めから私の名前を知っていたはずよ」

 私は2年前に初めてスキャバーズとしてワームテールと会った時のことを思い出した。あの時、ワームテールは私が睨みつけると怯えていた。それはただ単に私が怖い顔をしていたからという訳ではないだろう。シリウス達に容姿の特徴を聞いていて覚えていたか、名前を覚えていたかのどちらかに違いない。かつて話に聞いていた人物と同じ特徴で同姓同名の人間が現れたから身の危険を感じて怯えていたと考えた方がいいだろう。

 とするならば、必然的にワームテールはヴォルデモートに私の話をしなかったということになる。召喚魔法の件だけは口止めされて聞かされていなかっただろうけど、少なくとも私が世界を行き来していることをシリウスから聞いていたはずだ。リーマスと初めて会った時だって、リーマスはある程度私のことを知っていたから間違いないだろう。そんなワームテールが私の話をしていたとするなら、ヴォルデモートは初めから私の名前を知った上で召喚魔法を始めたということになる。そして、異世界の人間の名前が必要となった時、真っ先に私の名前を思い浮かべることとなったはずだ。けれども、ヴォルデモートは私の名前を知らず、召喚に手こずった――。

「ワームテールはどこにいるのかもはっきりしない人の情報をヴォルデモートに話したりはしないだろうさ。不確定な情報を伝えて怒りを買ったら、死が待っているだけだからな」

 私の考えを肯定するかのようにシリウスは言った。

「ただ、召喚に名前が必要なのは、世界を繋ぐ繋がりのようなものが必要だからだと私は考えている。あとはこの世界の記憶も繋がりの1つかもしれないな。その上魔力があったものだから、ハナは召喚魔法に引っ掛かってしまったんだろう」
「それじゃあ、ハナの自宅も繋がりの1つかもしれない」
「私の家も……?」
「話を聞くとどちらの世界も魔法の有無を除けば大きな違いはなかった。どちらの世界にも日本やイギリスは存在し、ロンドンのメアリルボーン地区もあった――もし、2つの世界のまったく同じ場所に同じ家があったとしたら? それが世界を繋ぐ要素となり得たとしたら?」
「私、日本からイギリスに来てからどんどん世界が曖昧になってこの世界から戻れなくなったの……」

 ハッとして私は答えた。思い返せば、世界の境目が曖昧になったのはイギリスに来てからだった。メアリルボーンの自宅に到着し、眠った直後から私は元の世界に戻れなくなってしまったのだ。もしセドリックの仮説がもし正しいのならば、どれもこれも説明がつく。一番繋がりが濃い場所に行ってしまったせいで、召喚魔法の影響が強くなってしまったのだ。

「召喚されたのは君自身だけだった――君がいない間もシリウス達が出入り出来ていたのが一番の証拠だと思う。でないと、家だけが先に召喚済みという奇妙な現象が起こったことになる。持ち物とか家具は最早どちらか判断がつかないな。世界が何度も交わる過程で君の周りにあるものが一緒についてきてしまったのかもしれない。その家に元々住民がいたかどうか分からないな。偶々空き家で、その後、早い段階でマグル避けがされたからずっと空き家のままだったのかもしれない。どちらにせよ、君が選ばれたのはそんないろんな偶然が重なってしまったからだったんだ。そして、世界の繋がりを確固とするために召喚魔法には名前が不可欠だった」
「だから、ダンブルドア先生は私の名前で魔法が完成するって仰ったんだわ……」
「君はこちらの世界と繋がりが強すぎてもうほとんど帰れなくなっていたから、ダンブルドアは名前を教えないと狭間に取り残されると言ったのかもしれないな。中途半端になれば、どちらの世界にいくことも出来なくなると」

 そう考えると私が最終的に自分の自宅で目覚めたことは必然だったということになる。もしかしたら、ダンブルドア先生はそのことをある程度予想していたのかもしれない。だから、私に素直に名前を教えるよう勧めた。ヴォルデモートより先に自分が保護出来ることが初めから分かっていたから。

 3時を過ぎたところで、いよいよ帰らなければマズイとなって、私とセドリックは城に帰ることになった。シリウスは途中まで送ると言って聞かなかったけれど、私もセドリックも「何かあったら大変だ」と言ってそれを固辞した。本当に見つかったら大変なことになる。

 とはいえ、こんな時間に禁じられた森の中をセドリック1人で歩かせるのは流石に不安だと言うことで、私は鷲にならずに森の出口まで一緒に向かうことになった。シリウスと「おやすみ」を交わし合うと、何かあった時のためにお互い杖を持って、草木を掻き分けて夜の森の中をホグワーツ城へ向けて進んでいく。

「セド、今日は本当にありがとう」

 シリウスのテントから少し進んだところで私は言った。私の隣を歩いていたセドリックはこちらを見遣ると「僕の方こそごめん」と謝った。

「あんな形でしか飛び込めなくて……怖い思いをさせたんじゃないかな」
「いいえ。でも、これで本当に良かったのかは今でも悩むし、怖いわ。貴方がどうなるか本当に分からないもの。今日した選択が貴方にとって吉と出るのか、それとも――」

 願わくは、今日のこの日がセドリックにとって良い方向へ働いてほしい。もし危険が訪れた時、この日の出来事が彼の助けになって欲しい。シリウスが話してくれたように、知っていたからこそ助かったのだと言える未来であって欲しい。そう思って私自身納得済みで秘密を打ち明けたけれど、やっぱりどこかで怖さは付き纏うのだ。

「ハナ、僕は最初に言った通り、簡単には死なないよ」

 私の不安を包み込むような優しい声音でセドリックは答えた。

「君が何と戦うか知れたことで、僕はどんな呪文を集中的に練習したらいいか判断も出来るし、どんな危険が待っているか知ることも出来た。それは僕にとって決して悪いことじゃない――でも、シリウスの件で協力することが思ったより少ないのはなんだか悪い気もしてるけど……」
「今はまだ動くべき時じゃないし、貴方はO.W.L試験もあるんだもの。普通通りに生活して、時々ネズミに注意を払っていてくれたらそれで十分だわ。あと食べ物とか……私が夕食から持ち出す量は限界があって……」
「食べ物は任せて。夜食にするとか言って持ち出せると思う」
「それ、とってもいい案だわ」
「君に会う口実も増えるしね」

 サラリとそんなことを言って、セドリックはニッコリ笑った。なんだか今夜のセドリックはいつも以上に直球だ。私は顔がボッと熱くなるのを感じて慌てて俯いた。セドリックは前からこんなに直球だったろうか。それとも私が意識していなかっただけだろうか。

 そのまま森の中を進んでいくとやがて、森の終わりが見えてきた。明かりの消えたハグリッドの小屋が真っ黒な影となって、少し先に見え、その更に向こう側にはこれまた黒い影となったホグワーツ城と星々が輝く夜空が見えている。

 ここまで来たら私は鷲になってレイブンクローの寝室に、セドリックは目くらまし術を使ってハッフルパフ寮に戻るだけである。私達はあと少しで出口だというところでどちらともなく足を止めた。「おやすみ」と言おうと口を開きかけたところで、

「ハナ」

 セドリックに先に名前を呼ばれて私は顔を上げた。しかし、名前を呼んだきり何かを話す様子はなかった。なんだか緊張した感じでこちらを見ている。一体どうしたのだろうか。不思議に思っていると、セドリックが再び口を開いた。

「ハナ、あの――例年通りだともうすぐ2回目のホグズミード休暇があると思う」

 セドリックが言わんとすることが分かって、私はなんだか背中がムズムズするようなソワソワするような妙な気持ちになった。心臓の音が少しだけ速くなっている。

「僕は前と変わらず君と一緒に行きたいと思ってる。凄く。だから、僕と――僕とデートしよう」

 セドリックの左手が私の左手に伸びてきて、指が絡め取られるのが分かった。それからぎゅっと手を握られると、心臓が爆発したかのようにバクバクいいはじめて、私はすぐに言葉が出て来なかった。口を開けばポロリと心臓が出てくるんじゃないかと思ったのだ。

「本当に――?」

 やっとの思いで私は呟いた。セドリックはニッコリ微笑んでいる。

「本当に。ハナがいいんだ」

 セドリックは私が何者であっても変わらずいてくれるのだ。変わらず、好意を寄せてくれて、そばにいようとしてくれる。私は今度こそ言ってもいいんだろうか。本当に私なんかでいいんだろうか。ほんの少し自分の気持ちに素直に生きても許されるだろうか。私は、本当は――。

「私も貴方と一緒に行きたい――セド」

 勇気を出してちょっぴり素直になったその日、セドリックは輝くような笑顔を見せて私を抱き締めたのだった。