The ghost of Ravenclaw - 126

15. 秘密だらけのホグズミード



 真夜中の密会は、長い時間続いた。
 私の話がひと通り終わったあとはシリウスが引き継いでくれ、今度はどうしてシリウスがアズカバンに収監されるに至ったかをセドリックに聞かせた。ジェームズとリーマスとの出会い友達になったこと。やがて、そこにワームテールも加わり4人で連むようになったこと。私との出会いと別れ。ダンブルドア先生に私のことを口止めされ、ワームテールにすら一切話さなかったこと。在学中、動物もどきアニメーガスになったこと。卒業後、対ヴォルデモート組織である不死鳥の騎士団に参加したこと。そして、ワームテールの裏切り、アズカバンへの収監――。

 リーマスが狼人間であることこそ話さなかったけれど、シリウスはそれ以外のほとんどすべてをセドリックに打ち明けた。セドリックは逃げ果せたワームテールがロンのペットとして今も生きていることを知ると、シリウスがどうしてハロウィーン・パーティーの最中にグリフィンドール寮へ侵入しようとしたのか理解したようだった。

「やっぱり貴方は誰も傷つけるつもりはなかったんですね」

 セドリックは確信したように言った。私はその隣でちびちびと紅茶を飲みながら自分を落ち着かせようとしていた。涙は今度こそ本当に止まったけれど、琥珀色の紅茶に映し出された自分の顔はとんでもなくひどい有り様だった。

「狙いはそのワームテールのみだった。だから、ハロウィーンの夜を狙った。パーティーが行われている間、寮の中はもぬけの殻になるから。彼だけを捕まえられれば良かった」
「そうだ。だが、あの日はワームテールを捕まえるつもりはなかった。そもそも合言葉を――グリフィンドール寮はそれが必要なんだが――それを知らない私は寮に入れなかった」

 私達の目的は然るべき日に確実にワームテールを捉えることだ。そのためには寮内に隠れてばかりいられては困るのだ。合言葉がないと入れない上、城内では敵が多過ぎて失敗したあとのことが恐ろしいし、たとえダンブルドア先生がシリウスの無実を信じてくれたとしても庇うことが出来なくなる。何より、知っている未来と大きく異なることはしたくない。

 セドリックはシリウスの話を怪訝な顔をして聞いていた。本来なら、寮内にいるのを見張っている方が居場所もはっきりするし逃げる心配も少ないのに、どうして私達が寮の外に出したがっているのか不思議に思ったのだろう。寮の外に出てしまえば、どこに逃げるのかもさっぱり分からなくなるからだ。しかし、シリウスがそれらを丁寧に説明すると、セドリックは「なるほど」と頷いた。

「つまり、ワームテールがホグワーツの外から出ないことは折り込み済みだということですね?」
「そうだ。そして、然るべき日に飼い主と一緒にいるだろうということも。そもそもハナの知識がなくとも、分かることだ――あいつは自分の保身のことしか考えていない。何も情報が分からず、身の安全の保証もないところに行くわけがない」
「ホグワーツより安全な場所はまたとないし、適度に情報も舞い込む――」
「ご名答。私が教師ならハッフルパフに10点は与えただろう」

 ニヤッと笑って冗談っぽくシリウスが言った。すると、それを聞いたセドリックがふと思い出したかのようにシリウスに訊ねた。

「あの――ルーピン先生にはこのことは?」
「リーマスは何も知らない。ハナは私が脱獄するだろうことも予め知っていたが、リーマスには話さなかった」
「でも、協力して貰えたらもっと確実だと……」
「確かにそうだろう。しかし、私達はリーマスを頼らないことに決めている」
「一体、どうして――」

 眉根を寄せてセドリックはシリウスと私を交互に見た。私は手にしていたマグカップをそっとローテーブルの上に置くと口を開く。

「セド、リーマスはシリウスが脱獄した当初、魔法省に真実薬を飲まされたの」

 もし、私が選択を間違えてリーマスに協力を求めていたら今ごろどうなっていただろう。あの日のことを思い出すと今でも恐ろしくなる。リーマスが真実薬を飲まされたのは学生時代、シリウスと友達だったからだから、セドリックが飲まされる可能性は低いけれど、秘密を洗いざらい話してしまった今はその可能性も気を付けなければならない。

「学生時代シリウスと仲が良かったリーマスのことを魔法省は真っ先に疑った。真実薬まで使うなんて思っていなかったけれど……。リーマスが危うい立場なのは理解していたから、私、話さなかった。リーマスは私がシリウスのことを口にしたくないほど恨んでいると思っているでしょうね」
「ハナの選択は正しかったというわけだ。もし、予め私が脱獄することを知っていたら、リーマスは今ごろアズカバンの中だっただろう」
「じゃあ、ルーピン先生は……」
「今でも私を裏切り者だと思っているだろう。親友を売り、今度はその息子を狙う闇の魔法使いといったところか――事実、私は裏切り者も同然だった。ハナがジェームズとリリーを殺したというならば、私もそうだ。私こそが殺したんだ」
「そんな……ハナも貴方もハリーの両親をどうにか守ろうとしただけだ。殺したのは例のあの人で、2人じゃない!」

 ソファから勢い良く立ち上がって、セドリックが大声で叫んだ。私とシリウスはまさかセドリックが叫ぶだなんて思わず、お互いビックリした顔のままそんなセドリックを見つめた。セドリックは拳を握り締めてワナワナ震えている。

「2人共、殺してなんかない! 今だって誰も知らないところで戦ってる!」

 震えは、怒りからくるものだろうか。私はこんな風に叫ぶセドリックを今まで見たことがなかった。去年、私がスリザリンの継承者ではないかと噂が流れた時も彼は怒りはしていたがここまで声を荒らげることはなかった。そんな彼がワナワナ震えるほど怒っている。

「2人共何も悪くないんだ! ハリーの両親だってそんなの分かってるはずだ……! それなのに……それなのにどうして……」

 最後の方はなんだか怒りより悲しみの方が強まったのか、声が震えていて、やがてセドリックの言葉は途切れた。私はそっと立ち上がると宥めるようにセドリックの背中を撫でた。顔を覗き込んでみるとセドリックは今にも泣き出しそうな顔をしている。

「どうして……」

 セドリックは続けた。

「どうして、ワームテールは例のあの人に情報を売ったんでしょうか……死ぬのは確かに怖い。誰だってそうだ……けど、その場を凌ぐ方法は他にもあったかもしれない。裏切るフリをして貴方達やダンブルドア先生に相談したりだって出来たはずなのに……7年間一緒に過ごした友達を簡単に見捨てるなんて……そのせいで周りはみんな苦しんでるのに……」
「自分だけが良ければそれでいい奴はごまんといる。あいつもその1人だっただけだ」

 シリウスは冷ややかに答えた。

「強い者の影に隠れ、甘い蜜を吸う。学生時代もそれ以降も奴がしてきたことに何も変わりはなかった。私がそれに気付かなかった。あいつが親友だと思い込んでいたのは私達だけだった――それだけだ」

 紅茶を飲んで落ち着いた方がいい、とシリウスに促されるとセドリックは思い詰めた表情のまま、静かにソファに腰掛け、マグカップを手にして一口飲んだ。セドリックは誠実な人だから、友達を裏切るような真似をしたワームテールのことが理解出来なかったのかもしれない。私もまた隣に座り直すと、気遣うようにセドリックを見つめた。

「みんな、君のように誠実であれば良かったのにな」

 ぽつりと呟くようにシリウスの口から溢れ出たその言葉は、かつての親友の裏切りに今も傷付き悲しんでいるような、そんな声だった。