The ghost of Ravenclaw - 123

14. 真夜中の襲撃者

――Cedric――



 他の人を自分のことに、しかも危険なことに巻き込みたくはない――セドリックは、ハナの口から告げられた拒絶の言葉の裏に、そんな真意があるような気がしてならなかった。しかし、そうは言われても簡単に諦められるものではなかった。どうにも諦めの悪い性格なのかもしれない。恋は盲目とはよく言ったものだけれど、これもその一種なのだろうか。好きだという想いが、ハナの人物像を美化しているだけだろうか。もしかしたら犯罪者を匿っているかもしれないというのに。

 それでも、セドリックにはどうしてもハナが悪事に手を染めているとは到底思えなかった。これまでの2年間そうだったように、今回も何か正しいことのために戦っているような気がしてならないのだ。それどころかハナはブラックの件について誰も知らないような事実を知っているのではないかとすらセドリックは考えていた。ハナがただの悪人を匿う理由が他にないからだ。そうして、彼女が正しいことのために戦うなら、やっぱり自分も一緒に戦いたいとセドリックは願ってやまなかった。

 そういう訳でセドリックは性懲りもなく、ハナと別れたあと予定通り奥の席に向かった。いつも2人で勉強している図書室の最奥は、テーブルと椅子が申し訳程度に並んでいる以外はひっそりとしている。背の高い書棚には背表紙に年代が記された本がきっちりと並んでいるが、おそらくほとんど誰も開いていないだろうとセドリックは思った。事実、ここで2年以上勉強していたが、セドリックは一度もこの本に触れたことがなかった。

 セドリックはテーブルの上に荷物を置くと、ルーピン先生がホグワーツに在籍していたであろう年代に当たりをつけてその名前を探し始めた。まず手に取ったのは1970年代のホグワーツ生の名簿だ。ルーピン先生の正確な年齢は知らなかったが、おそらくこの辺りに卒業しただろうと考えたのだ。そして、その考えは正しく、Lの欄だけを確認していたこともあって、セドリックは早々にルーピン先生の名前を見つけることが出来た。1978年度の卒業生の中に確かに「ルーピン、リーマス――グリフィンドール」とある。

 そこでセドリックは次にブラックの名前を探してBの欄を順番に確認することにした。しかし今度はルーピン先生が在籍していた1978年度の名簿からだ。もし、ルーピン先生とブラックに何らかの関わりがあったなら、同年代かその前後の年にブラックの名前があるのでは、と思ったのだ。

 すると、調べ始めてすぐにセドリックはシリウス・ブラックの名前を発見した。1978年度のBの一番最初にその名前が記されている。

「ブラック、シリウス――グリフィンドール?」

 セドリックは思わず我が目を疑った。例のあの人の手下だし、あのブラック家の生まれだ。かつては魔法界に生まれてその名を聞かない人はいないほど有名だった純血思想の家系である。だから、セドリックはてっきりブラックもスリザリンだとばかり思っていたのだが、実はそうではなかったのだ。しかし、これでルーピン先生とブラックの繋がりがはっきりとした。彼らは同じグリフィンドールで同窓だった。仲が良かったのかもしれない。だから、ハナのブレスレットには2人の杖も描かれている。

 ブレスレットといえば――セドリックは不意に森にいた黒い犬の左前脚にある赤いラインを思い出した。赤はグリフィンドールの色である。勇敢さを示すその色は、とてもじゃないが例のあの人の手下に成り下がった人が好むものとは思えなかった。それでも赤を身につけているのは、ブラックがまだグリフィンドールの精神を忘れていないからではないだろうか。ブラックは未だに勇敢な魔法使いで、誰かの思惑で犯罪者に仕立て上げられただけだとしたら――。

 もし、これがただの妄想ではなく事実だったとしたらとんでもないことだ。セドリックは本を持つ手が震える思いがした。なぜなら魔法省は12年もの間、無実の人をアズカバンに収監し、真犯人を野放しにしていたことになるからだ。これは魔法省の重大な責任となる。コーネリウス・ファッジは間違いなく責任を問われるだろう。アズカバンの脱獄、再逮捕の遅れ、そして、そこに冤罪が加わるのだ。完全なる失態だ。

 そうして、これこそ、ハナがブラックを匿う理由だろう。ハナはとても義理堅い――経緯はどうあれ、自分の保護者代わりであるルーピン先生のかつての友が無実の罪を着せられていることを許せるような人ではない。寧ろ、証拠を集め、確実に無実を証明しようとするのではないだろうか。でなければ、責任の追及を逃れたい魔法省に有耶無耶にされる恐れがあるからだ。ルーピン先生やダンブルドア先生を頼る素振りがないのも決定的な証拠がないからだ。世論を覆すほどの証拠が。

 だとすると、ブラックがグリフィンドール寮へ侵入しようとしたのは、何か重要な証拠がそこにあったからかもしれない。そうするとハロウィーンの夜のブラックの行動の説明がつく。ブラックはハリーだけではなく他の誰にも危害を加える気がなかった。だから、わざと・・・ハロウィーン・パーティーの最中に侵入した。逃げることだって容易だ。誰も知らないのなら、犬になっていれば吸魂鬼ディメンターにすら気付かれないのだから――。

 この日からセドリックの頭の中にはブラック冤罪説が以前にも増して色濃く渦巻くようになった。証拠もないうちはただの妄想の域を超えていなかったが、セドリック自身はほとんど間違いないと確信していた。しかし、同時に心配なのは、この問題に1人で立ち向かおうとしているハナのことだった。もし、証拠を掴む前にブラックを匿っていることが自分以外の誰かに知られたらどうなるだろう――もしその誰かが今までどこかでのうのうと生き残っていた真犯人だとしたら。ハナに危険が及ぶかもしれない。真犯人でなくとも生徒の誰かが、先生達に話してしまったら。ハナはたった1人、批難を浴びることになる――その時、一体誰が彼女の味方になり、助けるというのだろう。

 もし、たった一言でも「手伝って」と言ってくれたらどんなにいいか。セドリックは毎日のようにそう思った。そうしたら、セドリックだってブラックの無実を晴らすために何だって協力するだろう。やりたいことが分かれば、何かあった時フォローすることも出来る。父親のエイモスは魔法生物規制管理部だけれど、魔法省に勤めているからそこそこ他の部署の人とも面識があるし、魔法省の動向を父親からそれとなく聞き出すことも可能かもしれない。

 けれど、セドリックがその気持ちをハナに伝える機会はなかなかやって来なかった。それに、たとえ気持ちを伝える機会が巡ってきたとしてもどう伝えたらいいのかがセドリックには分からなかった。素直に訊いたってはぐらかされてしまえばそれで終わりだ。もし、本当に話をしたいのならば、はぐらかされない状況下で話す必要がある。

 しかし、そういう状況を作るとなるとハナとブラックが2人でいるところに乗り込むしか方法がなかった。セドリックは2人が動物の姿ではなく、元の姿で自分の目の前に現れてくれないかと危険を承知で真夜中の禁じられた森に足繁く通ったが、彼らはいつも上手く隠れ、必ずどこか見えない場所で話をしていた。犬と鷲が一緒にいるところは見るが、まさか犬と鷲に向かってハナとブラックだろうと追求する訳にはいかなかった。変身を解かない限り、2人は動物のフリをし続けるだろうからだ。

 そうこうしているうちに11月は過ぎ去った。月末にクィディッチの第2戦が行われ、セドリック率いるハッフルパフ・チームはレイブンクローと対戦したけれど、結果は大敗だった。元々レイブンクローか強いチームであることは分かっていたが、当日は手も足も出ず、大差で負けてしまったのだ。そのことで多くのハッフルパフ生がガッカリとした様子だったけれど、それも12月になるとみんなすっかり忘れ去った。クリスマス休暇が近付いてきたからだ。

 このころになるとセドリックは犬と鷲の姿すら見なくなってしまった。2人が真夜中に森の中で会っていることは確実なのに、だ。もしかすると機会をうかがって潜んでいることがバレてしまっているのかもしれない。セドリックはいつも2人が消えていく場所に近付こうとするあまり、ガサガサと音を立ててしまっていたことを後悔した。目くらまし術を使っているから姿が見られることはないだろうけれど、もし怪しまれているとしたらブラックは潜伏場所を変えてしまうかもしれない。

 セドリックはほとんど毎晩のように森の中に入ったが、何日経っても状況は変わらなかった。とうとう1週間経ち、12月も2週目に入るとといよいよ焦りを覚えてきた。もしかするともう移動してしまったかもしれない。そうすると、セドリックにはもう2度と潜伏場所を見つけることは不可能だ。このままずっと、2人と話す機会はやって来ないかもしれない。

 セドリックは毎晩のようにどうするべきか悩んだ。ハナの気持ちを汲むならこのまま引き下がるべきだろう。ハナ自身、そのことを強く願っている。そもそもこんな風に毎晩跡をつけるなんて決して褒められた行為ではない。ハナと共に立ち向かいたいと思う気持ちも単なるエゴなのかもしれない。ハナは十分強いし、それに今はブラックがそばにいる――自分ではなく、ブラックが――。

 どうしようもなくモヤモヤとして、セドリックは遂に勉強もクィディッチもほとんど身が入らなくなってしまった。どうしていつもハナの隣にいるのは自分ではなく他の誰かなのだろうと毎晩のように悩んだ。お陰でらしくないミスを連発してしまったりして、同じハッフルパフの同級生達からも心配されてしまったが、自分の悩みを打ち明けるなんて出来るはずがなかった。

 けれども同時に思うのは、ハナもこうして1人、悩みを抱えて生活しているのではないか、ということだった。誰もがブラックの悪口を言っていたころ、ハナは逃げるようにその場を去っていた。あの時、そのことをブラックにすら言えなかったはずだ。ハロウィーンの夜だって、いくら証拠が必要だからとはいえ、もしブラックが捕まってしまったらと思うと恐ろしかっただろう。でも、ハナにはそれを分かち合う相手もいないのだ。

 やっぱりこのまま引き下がってはいけない、とセドリックが決意したのは12月も中旬になったころだった。恐らく歓迎はされないだろうが、飛び込んでみる価値はある。それに、自ら飛び込んでみなければ未来は何も変わらない。それどころか、このままずっとハナと距離が離れたままになってしまう。

 そうしてその日はやってきた。セドリックはキャンディを口の中に放り込むと、真夜中の森の中、遂にハナとブラックの目の前に自ら飛び込んで行ったのだった。