The ghost of Ravenclaw - 122

14. 真夜中の襲撃者

――Cedric――



 開幕戦からしばらくの間、セドリックは憂鬱な日々を過ごした。ハリーと話したことが良かったのか眠れないほど悩むことはなくなったけれど、グリフィンドールが負けたことを喜んだスリザリン生達が廊下ですれ違う度にセドリックのことを褒めそやすので、うんざりしていたのだ。「ディゴリー、君は最高のシーカーさ」がこれほど褒め言葉として聞こえなかったことはないだろう。

 そんなうんざりとした毎日が過ぎ去り再び日常が戻ってくると、セドリックはようやく落ち着いて開幕戦での出来事――特にハリーが箒から落ちた瞬間のこと――を振り返られるようになった。セドリックはあの時自分が見たことを何度となく思い出しては考えてを繰り返したが、何度繰り返してもセドリックにはあの鷲がハナにしか思えなかったし、また、ハナが犯罪者を匿うような人にも思えなかった。

 ではなぜ、ハナは非合法の動物もどきアニメーガスになってまで森に通い詰めているのか。セドリックはこのことについて再三考えた。クィディッチ競技場に吸魂鬼ディメンターが押し寄せてきた時、真っ先にハリーを助けようと飛び出していくような人がなぜ、食べ物を持って森に行っているのか、と。

 セドリックが知る限り、ハナが匿っているだろうと予想されるシリウス・ブラックは12年前、殺人の現行犯で逮捕されている。例のあの人がハリーを殺そうとして逆に力を失ってしまったあとすぐのことだ。当時、例のあの人の手下だとされていたブラックは、追っ手に追い詰められた際、マグルで混み合う道のど真ん中で呪文を使い、道の半分を吹き飛ばしたのである。その時、ブラックは自分を追い詰めた魔法使い1人とマグル12人を殺している。魔法使いに至ってはその遺体すら判別出来ないほどだったと聞くからかなりひどい有り様だったのだろう。

 セドリックの父親であるエイモスが言うには、ブラックはその後逃げもせず、高笑いしていたそうだ。そうして、闇祓いオーラー達が駆け付けた時には大人しく連行されて行ったらしい。だから、当時のことを知る魔法族はみんな口を揃えて「ブラックは狂っている」と言うのだ。

 ハナがそのことを知らないはずがないだろう。今年の夏休みにセドリックの家に泊まりに来た際、予言者新聞の定期購読の仕方をエイモスに訊ねたのだから新聞に書かれてある記事だってしっかり読んでいるはずだ。けれども、ハナは真夜中にこっそりと抜け出している。匿っているのがブラックでない可能性もあるけれど、最初に頭を過ったのがブラックだったからか、セドリックにはハナがブラックを匿っているようにしか考えられなかった。

 そもそも、ハナはなぜ動物もどきアニメーガスになりたかったのだろう。動物もどきアニメーガスなどマグル生まれのハナには馴染みのないものだったはずだ。けれども、セドリックが図書室で初めて話し掛けた時、既にハナは変身術の猛勉強を始めようとしていた。まだ入学して1週間も経っていなかったというのに、だ。ダンブルドア先生に教えてもらったのだろうか。けど、それだと非合法になる理由がつかない……。

 セドリックは考えれば考えるほど深まる謎に、とうとう鷲のあとをつけて森の中へ入ってみることにした。鷲が森の中で何をしているのか実際に見てみようと思ったのである。こんなのただのストーカーと何も変わりはないと辞めるべきかと何度も迷った。しかし、それでも真実を確かめたくてセドリックは真夜中にこっそり外へと抜け出し、何日か掛けて鷲がどこに向かうのかを調べた。杖明かりは隠せなかったが、目くらまし術を使えば姿だけは上手く隠すことが出来た。

 鷲が毎晩通っているのは、森の中でもハグリッドすら入らないような場所だった。少し開けた場所で、そこには必ず死神犬グリムかと見間違うほどの大きな黒い犬が待ち構えている。そうして、鷲は黒い犬と落ち合うとどこかへスーッと隠れて見えなくなるのだ。どうやら目くらまし術を使って上手く隠れているようだった。

 セドリックはもしかするとその犬も動物もどきアニメーガスではないかと考えた。なぜなら犬の左前脚に赤いラインが入っていることに気が付いたからである。ハナの左手首にあるブレスレットが鷲の左の翼に現れるように、犬の左前脚にも現れたのではないかと思ったのだ。

 あの犬は恐らくブラックに違いない――セドリックはほとんどそう確信していた。なぜなら、ブラックが動物もどきアニメーガスだとするとこれまで起こった様々なことの説明がつくからだ。

 そもそも、アズカバンに投獄されるとほとんどの人が気が狂って脱獄しようという気すら起きなくなる。吸魂鬼ディメンターに幸福な気分を吸い取られ続け、恐怖や絶望感しか感じなくなってしまうからだ。それでも、ブラックが脱獄しようと思えたのは、無登録の動物もどきアニメーガスだったからに違いない。動物もどきアニメーガスだと吸魂鬼ディメンターの影響を受けないことは先日目にしたばかりである。

 そうしてまんまと脱獄しおおせたのも、ブラックが動物もどきアニメーガスであったからに違いない。吸魂鬼ディメンターは人の感情には鋭いが、目が見える訳ではないので牢屋の中でブラックが犬になったとしても気が付いていなかったのだろう。だから、抜け出した瞬間も気付かなかったのだ。

 きっと、ハナのブレスレットに描かれていた5本の杖のうち1本はブラックのものに違いないとセドリックは思った。けれども、そうなるとブラックとルーピン先生の杖が一緒に描かれている理由がセドリックには分からなかった。ブラック家といえば代々スリザリンの家系だし、グリフィンドール生だったルーピン先生と関わりがあるようには思えない。それに、ルーピン先生がハナのしていることに協力しているとは思えなかったからだ。

 ルーピン先生はどちらかというとハナに対して過保護な方だ。とりわけ、夜中にコソコソ森に行くことを許すような人ではない。おそらく、そんなことをしていると知ったらお説教が始まるに違いない。実際、セドリックは昨年度末に秘密の部屋のことを知ったルーピン先生がハナに長いお叱りの手紙を送っていたことを知っている。ルーピン先生はハナが危険を冒すことをとても嫌がっているし、心配している。

 けれども、セドリックの仮説が正しいのならブレスレットにはハナの杖と共にルーピン先生とブラックの杖が描かれていることになる。これは一体どういうことなのだろう――セドリックは皆目見当もつかず、図書室に行ってみることにした。ハナといつも使っていた奥の席の周囲にある書棚に、歴代のホグワーツ生の名前を記録した本がぎっしり詰まっているのを思い出したからだ。もしかしたら何かヒントを得られるかもしれない。

 ハナと久し振りに会ったのは、そんな時だった。セドリックが図書室の奥へと向かっていると上級生でも滅多に読まないような小難しい本ばかりが並んでいる書棚の影からハナがひょっこり出てきたのである。危うくぶつかりそうになって、慌ててハナが後ろに飛び退くと、背中が書棚にぶつかって本がガサガサと音を立てた。

「ごめん。大丈夫かい?」

 セドリックは出来る限り平静さを装いながら声を掛けた。一度眠っている間にキャンディを貰ったことはあったが、面と向かって話をするのはデートの誘いを断られて以来のことだ。背中は痛くなかっただろうかと心配になったけれど、今は不用意に近付かない方がいいだろうと歩み寄りたくなるのをグッと堪えた。

「ええ、大丈夫よ。私の方こそごめんなさい。前方不注意だったわ。セド、貴方は大丈夫だった?」
「僕も大丈夫だよ。この通り、丈夫だからね」
「良かったわ。ハッフルパフのシーカーに怪我なんてさせられないもの」

 ハナもセドリックと同じようにいつも通りを装っているように見えた。呼び方だって愛称のままで、他の人が見たら親しげに見えるのだろう。しかし、セドリックには互いの間によそよそしさのようなものを感じていた。きっとハナもそれを感じたに違いない。その証拠にハナは「それじゃあもう行かなくちゃ」と言うと早々に話を切り上げこの場から立ち去ろうとした。

「ハナ」

 隣を擦り抜けていくハナの腕をセドリックはほとんど無意識に掴んでいた。引き止めたって何を話したら良いのかも分からないのに、つい引き止めてしまったのだ。咄嗟にブラックのことを訊ねたくなって、でも、今の時点で訊ねてももっと離れて行かれるだけだとやっとの思いで押し止まった。ハナの腕を掴んだ指先にブレスレットが触れている。

「あの――君の――あー、今月の初めにキャンディをくれたのは君だよね?」

 それでも掴んだ手前何か話さなければと絞り出したのが、キャンディの件だった。

「ハロウィーンの次の日だ。あの席でつい眠ってしまって、起きたらキャンディが1つ置いてあった。あそこを知ってるのは君だけだから、僕、君が置いていったんじゃないかって思ったんだ」
「ええ……ええ、そうよ。ダンブルドア先生にいただいたの。先生が、えーっと、それを食べると元気になるって仰ったから……」
「ありがとう。君が食べるべきだったのに」
「いいえ。私は2つ貰ったの。気にしないで」

 聞きたいことは山ほどあったのに、ブラック以外のことを話さなければと思ったら口からついて出たのはそれだった。結果的にハナに直接お礼が言えたのは良かったけれど、セドリックが本当にハナに聞きたいことはそんなことではなかった。何か危ないことをしていないか。一人で抱え込んでないか。何か――。

「僕に何か手伝えることはあるかい?」

 尚も立ち去りたそうにしているハナの手首をしっかりと掴んだまま、セドリックは思い切って訊ねた。ハナにしてみれば、それはあまりに唐突なものだったろう。戸惑ったような目でハナが自分を見上げていることに気付いて、セドリックは慌てて付け足した。

「えっと、あの……宿題とか」

 本当はそうじゃないのに――これ以上深く言及する訳にもいかず、セドリックは咄嗟にそう誤魔化した。すると、ハナは戸惑ったような表情から一転、意志の籠った目をして答えた。

「いいえ、1人で大丈夫よ。ありがとう、セド」

 それは、まるでセドリックの思いを見透かしたような拒絶の言葉だった。