The ghost of Ravenclaw - 121

14. 真夜中の襲撃者

――Cedric――



 セドリックがクィディッチでハリーに勝つことは、2年前にハリーが特例でシーカーに選ばれた時からの1つの目標であった。始めは好きな子に自分を見て欲しい、いいところを見せたいという至極単純な理由だった。ハナのハリーに対する気持ちが恋というよりは弟に対するようなものだとは分かりつつも、ハナがあまりにもハリーのことを好いていたので、どうにかして自分が一番になりたいと思ったのだ。そこには、そうしたら少しくらいハナの気持ちが自分に向くのではという淡い期待があった。

 その思いに変化が訪れたのは、3年生の学年末だった。学年末試験が終わり、偶然廊下で鉢合わせたハナと一緒に図書室へ向かっていると、当時D.A.D.Aの教鞭を取っていたクィレルが急に襲い掛かってきたのである。けれども、セドリックはハナを庇った際、代わりに失神呪文を受けてしまい、気がついた時にはすべてが終わっていたのだ。

 その時、ハナと一緒にクィレルと戦ったのはハリーだった。セドリックはハナを守るどころか逆に守られてしまい、ハリーのように共に戦うことすら叶わなかった。あの時の悔しさと情けなさはきっと一生忘れられないだろうとセドリックは思ったが、その翌年に秘密の部屋の騒ぎが起こった時もセドリックは何も出来ないままだった。それどころか相談すらされなかったのだ。結局、その年もハナと共に戦ったのは、やっぱりハリーだった。

 何か1つでもハリーより勝ることがあったなら、ハナは自分のことを頼ってくれるようになるだろうか――セドリックは常々そう考えるようになっていた。なぜなら、どう考えても今のセドリックはハナにとって共に戦う相手ではなく守るべき相手にしか過ぎなかったからだ。勉強だって呪文だってセドリックはハリーより出来たけれど、セドリックはいつでも守られる側にしか過ぎなかった。

 好きな子に自分を見てほしい、いいところを見せたいという思いが、好きな子を守れる自分になりたい、いざという時に頼りになる自分でいたいという思いに変わるのにあまり時間は掛からなかった。かといって、クィディッチでハリーに勝てたらすぐにでもそうなれるなんて、都合のいいことが起きないことは分かっていた。でも、もしハリーにクィディッチで勝つことが出来たなら、もう少し前に進めるような気がしたのだ。強い自分へと。

 そういう訳でセドリックはハリーにどうしても勝ちたいと常々思い続けてきた。しかしながら、あんな形で勝ちたいなんて微塵も思っていなかった。相手が箒から落ちている間に掴んだスニッチに価値があるとは思えなかったし、喜べる勝利ではなかった。だからこそ、セドリックは再戦を訴えたのだが、その訴えは聞き入れられることはなかった。フーチ先生もグリフィンドールのキャプテンのオリバー・ウッドも「反則をした訳ではないのだから」と言ったのだ。

 クィディッチの開幕戦後、セドリックは落ち込んで眠れない夜を過ごした。目を閉じると試合のことが蘇ってきて、寝るに寝れなかったのだ。しかも聞いたところによると、ハリーのニンバスが大破したというから尚更だ。あの時、どうして鷲とすれ違った時に後ろを振り返らなかったのかと、セドリックはその日の夜、何時間も自問自答を繰り返した。あの時振り返っていれば、ハリーが箒から落ちる時に助けられたかもしれない。あの時振り返っていれば、ハリーの箒だって無事だったかもしれない――。

 翌日、セドリックは散々迷ってみんなが昼食を食べに行く時間を狙ってハリーのお見舞いに行くことにした。昨日の今日でどんな顔をして会えばいいのかも分からなかったし、ハリーは顔を合わせたくないと思っているかもしれないけれど、朝になってもハリーが退院していないと聞いて心配になったのだ。

「やあ、ハリー」

 昼食の時間を狙ったのは正解だった。医務室に行くとそこにはハリーの他にはマダム・ポンフリーしか居なかった。ただ、当然ながらハリーもこれから昼食だったらしく、オーバーテーブルの上に昼食が並べられている。セドリックは一瞬しまった、と思った。どうやら完全にタイミングがいいとは言えなかったようだ――セドリックはハリーに促されてベッドのそばにあった椅子に腰掛けながら苦笑いした。

「タイミングが悪かったかな」
「ううん、大丈夫だよ」

 ハリーとの会話はややぎこちなく始まった。お互いに気を遣いあっているせいか、夏休みにダイアゴン横丁で話した時のような気軽さはそこにはなかった。セドリックが体調について訊ねた時も、ハリーは「もうすっかりいいよ」と答えたが、その声にいつもの明るさはなく、無理をしているように思えた。

 確かに体は「もうすっかりいい」のだろう――セドリックは気遣わしげにハリーを見た。けれども、ニンバスを失った悲しみは一晩で癒やしない。セドリックの箒はニンバスほど性能の良い箒ではなかったが、それでも、クィディッチの選手に選ばれた時、両親が大喜びで買ってくれたものだ。それが失われてしまったらと考えると居た堪れなくなって、セドリックは素直にその後悔を口にした。

「ニンバスが壊れたと聞いたよ。あの時僕がすぐに気付いていたらどんなに良かったか――」

 そこには少しくらい責められて気が楽になりたいという浅はかな思いもあったのかもしれない。けれどもハリーはセドリックが望むような責める言葉を口にしたりはしなかった。フーチ先生やウッドがそうだったようにハリーも「反則したわけでもない」と言ったのだ。それどころか、やり直しを求めたことを「誰にでも出来ることじゃないよ」と励ましたのだ。あれは、自分自身のためにやり直しを求めたに過ぎなかったのに。

「あれは別にそんなに褒められるようなことじゃないんだ」

 気が付けば、思わずそんな言葉が口からついて出た。誰もがセドリックがしたことを「素晴らしい行いだった」と言うけれど、実際は自分のことしか考えてなかったのだ。正々堂々と勝ちたかったのだって、自分のためだ。もし正々堂々とハリーに勝てたなら、ハリーじゃなく、自分がハナの隣に立てる未来が少しだけ近付くんじゃないかって夢見ていた。ただ、それだけだったのだ。

「だから、あんな形で勝つことはしたくなかった」

 セドリックの話をハリーは複雑そうな表情で聞いていた。もしかしたら、ハナとの間に何があったのかハリーは知っているのかもしれない。セドリックは頭の片隅でそんなことを思いつつ、話を続けた。

「あの時――スニッチを掴んだあとだけど――なんとなく途中で鷲とすれ違ったような気がして振り返ったんだ。そしたら、君が落ちてる途中で……」

 すると突然、静かに話を聞いていたハリーが驚いたように声を上げた。グリーンの瞳をパチクリとさせている。

「鷲? セドリック、君も鷲を見たの?」

 どうやら何気なく話した鷲のことがハリーは気になったようだった。もしかしたら、ハリーは鷲のことについて詳しく知っているかもしれない――そう考えて、セドリックは自分が見た時の状況を詳しくハリーに話し始めた。しかし、「その鷲の左の翼に青いラインがあった」と言いかけて、慌てて言葉を切った。思い切って話をしてみたはいいものの、どうも反応を見る限り、ハリーが鷲について詳しいことを知っているようには思えなかったからだ。

 一瞬迷った後、セドリックは不自然だと思いつつもハナのブレスレットについて訊ねた。もしかしたらブレスレットのことは知っているかもしれないと思ったのだ。けれども、ハリーはブレスレットについてもほとんど何も知らないらしかった。それどころか、あのブレスレットはセドリックが贈ったものだと思っていたらしい。まさか自分が贈ったと思われているなんて思ってもみなくて、セドリックは素直に首を横に振って否定した。

「いや、僕じゃない。僕はルーピン先生からのプレゼントじゃないかと思ったんだ。ブレスレットにシルバーのプレートがついてて、そこに杖が5本描かれてるんだけど、そのうち2本はハナの杖とルーピン先生の杖だったから……」
「あとの3本は?」
「知らない杖だった。ハナに何度も聞いてみようかと思ったんだけど、勇気が出なかったんだ。結局それから一緒にいることが減って聞けず終いさ。知ってるかもしれないけど、デートに誘ったら断られちゃって」

 セドリックがそう言って自嘲気味に笑うと、ハリーはこれまた唐突に訊ねた。

「ハナのことはこのまま諦めるの?」

 それはセドリックが考えもしなかったことだった。思い返せば、ハナのことを諦めるなんて考えたことすらなかったのだ。1人で危険なことをしていようと、もし犯罪者と呼ばれている人を匿っていたとしても、諦めるなんて選択肢はこれまで1度も思い浮かばなかった。彼女が進んでいく道を共に進みたいとそれしか考えていなかったのだ。だから、そんなことをハリーに訊かれるなんて思ってもみなかった。

「まさか」

 セドリックは驚いたように目を丸くした。

「彼女を諦めるなんて考えたこともないよ」