The ghost of Ravenclaw - 120

14. 真夜中の襲撃者

――Cedric――



 いつの間にか置かれていたキャンディをなかなか食べることが出来ないまま、数日が経った。キャンディを置いて行ったのが誰なのかは明らかだったが、明らかだからこそ、どうにも食べるのがもったいなく思えてならなかったのだ。もちろん、折角くれたのだからと食べようと考えたことも何度かあった。けれども、これをどんな気持ちで置いていったのだろうかと考えると胸がいっぱいになって、セドリックは結局食べずにいつもローブの内ポケットの中に仕舞い込んだ。

 ハロウィーンが過ぎて数日経ってもホグワーツの城内はブラックの話題ばかりだった。寮生活で娯楽の少ない生徒達にとって、ブラックについてあることないこと話すのはいいストレス発散になっているらしい。これでハナも「ブラックは極悪人だ」とでも話していれば、セドリックはハナがブラックを匿っているのではないかと考えずに済んだのだが、残念なことにセドリックはハナがその話に混じっているのを見かけたことがなかった。むしろハナはブラックの悪口を嫌っているようで、その話題から逃げるようにその場を離れるのをセドリックは何度か見かけた。

 もしかして本当にハナはブラックの味方をして匿っているのだろうか? セドリックはそう考えずにいられなかった。しかし、11月に入ってからというもの、真夜中に寮を抜け出しても唯一の手掛かりである鷲の姿を見つけることが出来なくなっていた。ハロウィーンの翌日こそ森へと向かう鷲の姿を見つけたものの、それ以降はまったくだ。雨が日増しにひどくなっていくので、どうやら最近は真夜中に抜け出すのをやめたようだった。

 それから間もなく、木曜日の夕方になるとセドリックに新たな問題が発生した。11月の最初の土曜日にクィディッチ・シーズンの開幕戦が控えていたのだが、そこでグリフィンドールと対戦するはずだったスリザリンが2日前になって試合を延期したいと言い出したのだ。表向きの理由はシーカーの怪我だったが、試合当日は大雨が予想されたので、プレイしたくなかったというのが本当のところだろう。怪我で延期ならば直前になって言い出す必要がないからだ。

 これによりハッフルパフかレイブンクローのどちらかが代わりにグリフィンドールと試合をしなければならなくなった。しかし、元々予定がなかったのに、たった2日後に、しかも大雨の中試合をしたがるチームなんてあるはずがなかった。レイブンクローのキャプテンはこんなに急に言われても無理だと断固拒否を貫き、結局、セドリックが早々に折れて急遽スリザリンの代わりに開幕戦に出ることとなった。

 試合までの2日間、セドリックはハッフルパフのチームメイト達と共に談話室の片隅で遅くまで作戦を練った。元々開幕戦直前はグリフィンドールとスリザリンに多く練習日が割り振られていたので、対グリフィンドールを想定した練習は出来なかったものの、ハナがくれたクィディッチ競技場の模型が非常に役に立った。模型についているミニチュアの選手達は指示を出すとその通りに動きを再現してくれたからだ。

 開幕戦当日は大雨どころか風も吹き荒れ、雷も鳴り響くほどの大嵐だった。ひどい天気だったので、いつも人気ですぐに埋まってしまう観客席の一番上には誰も座りたがらなかったけれど、競技場にはほとんどすべての生徒が集まっているように見えた。おそらくその観客席のどこかにハナもいるだろうが、生憎視界が悪く上空からでは観客一人一人の顔を判別することは出来なかった。

 試合はハッフルパフの劣勢で始まった。グリフィンドールのチェイサーは全員が女の子なのにもかかわらず、この大嵐の中を果敢に飛び、気が付けばハッフルパフと50点も点差が開いてしまったのだ。とはいえ、以前のように開始早々スニッチを掴まれあっという間に負けるよりかはマシだった。スニッチはまだピッチのどこかを飛んでいるし、それさえ掴めば150点だ。ハッフルパフにもまだ勝機はある。

 セドリックは目を凝らしてピッチの上空を縦横無尽に飛び回った。もちろん、スニッチを探しながらもハリーやブラッジャーへの警戒は怠らなかったが、ハリーを見てみるとどうやら雨風に苦戦しているらしく、飛び方がいつもと違って危なっかしく思えた。小柄なハリーは風に流されやすいし、眼鏡だって雨に濡れて視界が悪くなっているのだろう。チャンスだ――セドリックは益々気合を入れてスニッチを探した。

 しかし、この嵐の中で小さなスニッチを探すことは至難の業だった。このまま試合がどんどん長引くのは選手達にとっても非常に危険だ。得点も思うように入れられていないので、一旦タイムアウトを取った方がいいかもしれないとセドリックが悩んでいると、タイミングよくグリフィンドール側がタイムアウトを請求して、試合は一旦中断された。

「想像してたよりひどい雨だ」

 ピッチに降り立ち、端の方に用意されていたハッフルパフ・カラーのパラソルの下に入るなりセドリックは言った。

「みんな、大丈夫かい?」
「なんとかね。でも、このまま飛び続けるなんてとてもじゃないけど体力が持たないよ――セドリック、スニッチは見つけた?」
「いや、まだ一度も。点差が開く前に掴まないと」
「グリフィンドールってどうしてあんなにタフなんだ? チェイサーなんてみんな女の子なのに信じられないよ」
「一先ず、これ以上点差が開かないようにだけ注意しててくれ。そしたら、あとは僕がなんとかしてみるよ。ハリーがどうも苦戦しているようだから、態勢を立て直す前に――」

 そうは言ってみたものの、タイムアウトが終わるとハリーの飛び方はいつものそれに戻っていた。どうやらタイムアウトの最中に何らかの対策を講じたらしい。セドリックは負けじとスニッチを探してピッチの中を跳び回り、ハリーに果敢にフェイントを仕掛けた。

 そして、ピッチの中央へと向かっている最中にそれは現れた。一際大きな稲妻が走ったかと思うと、セドリックの目の前で何かがキラリと光ったのだ。

 ――スニッチだ。

 セドリックは箒の柄をぎゅっと握り締め、スニッチ目掛けてスピードを上げて飛び始めた。運のいいことにハリーは反対側を向いていて、まだスニッチには気付いておらず、セドリックが圧倒的に有利な状況だ。ハッフルパフの逆転勝利が、すぐ目の前まで迫っている。

 雨風に負けず、セドリックはビュンビュン風を切って進み、スニッチとの距離を縮めた。ハリーが追ってくる気配を感じたが、振り返っている暇はなかった。もっと速く――セドリックは箒を奮い立たせた。途中、どういう訳か真横をあの鷲が通り過ぎた気がしたが、今は確かめることは出来なかった。スニッチとの距離が次第に近付いて来ている――セドリックは手を伸ばした。もう少し――そして、指先にスニッチが触れ、セドリックはスニッチを掴んだ。

「やった!」

 セドリックはスニッチを逃さぬようしっかりと掴んだまま、体勢を立て直すと先程すれ違ったのが本当にあの鷲か確認しようと慌てて背後を振り返った。すると、ゾッとするような光景が目に入って、セドリックは凍りついた。ほんの少し前まで自分を追ってきていたはずのハリーが、箒から滑り落ち、地面に向かって落下していたのである。

 一体何が起こったのかセドリックはすぐに理解することが出来なかった。地上ではいつの間に現れたのか100人はいるであろう吸魂鬼ディメンター達が蠢いている。どうやらハリーは吸魂鬼ディメンターのせいで気を失ってしまったようだった。

 そんなハリーを受け止めんとばかりに、落下するハリーのすぐ下では、1羽の鷲がぐるぐる旋回しながら飛んでいた。左の羽には青いラインが入っている。ハナだ――セドリックは直感的にそう思った。ハナなら真っ先にハリーを助けようとするに違いないからだ。ハナも吸魂鬼ディメンターには強い影響を受けていたはずなのに、動けているところを見るに、もしかしたら動物もどきアニメーガスになると影響を受けないのかもしれない。

 やがて、ダンブルドア先生がピッチに駆け込み杖を振るとハリーの落下速度が落ち、あっという間に吸魂鬼ディメンターは追い払われていった。鷲もダンブルドア先生が現れたことで大丈夫だと判断したのか、スーッと競技場の外へと飛んで行き、雨の向こうへと消えて見えなくなってしまった。

 そして、ピッチにフーチ先生の吹くホイッスルの音か鳴り響いた。その勝利はセドリックがずっと望んでいたものだったけれど、決して喜ばしい勝利などではなかった。