The ghost of Ravenclaw - 119

14. 真夜中の襲撃者

――Cedric――



 セドリックがハナに距離を置かれたのは、あの鷲を見掛けてからすぐのことだった。15歳最後の日の夕方、図書室の奥の席でハナから1日早い誕生日プレゼントを貰った際、デートを申し込んだのがそのきっかけだった。「僕とデートしよう」と告げるその時まで、ハナは真っ赤になってこちらを見つめていたというのに、申し込んだ途端、顔色を悪くして「ホグズミードの予定が分からないから考えさせて」と言ったのだ。

 ハナのために何かしたい、力になりたい、もっと近付きたい――そう思うあまり、踏み込むのが早過ぎたのではないかとセドリックが思ったのはその直後だった。何か危険なことをしているのだと察していたにもかかわらず、あの時ばかりはセドリックも気持ちがフワフワしていて、真っ赤になったハナを見たら、デートに誘わずにはいられなかったのだ。ついこのまま好きだと言って、隣にいることを許して欲しいと、その宝石のように煌めくヘーゼルの瞳に自分だけを映していて欲しいと願わずにはいられなかったのだ。きっとそれがいけなかったのだろう。結局、彼女はデートの誘いを断り、それ以降セドリックと距離を置くようになった。

 考えさせてと言われた時からセドリックはなんとなく、ハナに断られることは分かっていた。現在進行形で何か危険なことをしているのなら、ハナは周りを巻き込まないように一定の距離を保ちたがるだろうと考えたからだ。そうでなくともハナは訳ありだ。詳しい事情は分からないものの、例のあの人から狙われていることは、セドリックのみならず2年前の事件を知っているホグワーツ生なら誰でも知っていることだった。

 そんな風なので、ハナが人一倍自分のことに他の人を巻き込みたくないと思っていることをセドリックは十分に分かっているつもりだった。同じ立場ならきっと自分だってそうするだろう、と。しかし、かと言って、セドリックが自身と距離を置こうとしているハナに対して大人しく引き下がるかというと、そうではなかった。彼女が1人で戦っているのをただ見ているだけなのはやっぱり嫌だったし、耐えられそうになかった。頼まれてもいないのに首を突っ込もうとするなんて嫌われるかもしれないが、それでも放っておけなかった。そうして考えて考えて、セドリックは鷲探しを続けることにした。今はそれしか手立てがなかった。

 鷲探しは早朝や夕方はもちろんのこと、就寝時間後の真夜中にも行った。セドリックはみんなが寝静まるのを待ってから目くらまし術を使ってこっそりと寮を抜け出し、ほとんど毎晩のように鷲が飛んでいないかと外を眺めた。いけないことだとは分かりつつも、地下にあるハッフルパフ寮からは外を見ることは出来なかったので、セドリックはいつも談話室で遅くまで勉強して最後の1人になるのを待ってから寮を抜け出した。こういう時、寮の入口が絵画などではないことは有り難かった。抜け出したことを誰にも知られないのだから。

 ホグワーツに入学してからというもの、セドリックはただの一度も校則を破ったことがなかった。厨房に忍び込んだこともなかったし、許可されていない日にホグズミードに行ったこともない。真夜中にこっそり寮を抜け出すなんて以ての外だ。見つかってしまえば、どれだけ寮の得点を減らしてしまうか分からない。もしかしたらハッフルパフ生全員に嫌われるほどの減点も有り得るかもしれない。ハッフルパフ生は穏やかな人が多く他寮生より競争心は強くないけれど、それでも大量減点となると話は別だろう――けれども、そうは思いつつもセドリックは寮を抜け出すのをやめなかった。

 セドリックが再び鷲の姿を目にしたのは、ハロウィーンの2日前のことだった。真夜中に寮を抜け出して2階の廊下まで来たところで、雨の中を1羽の鷲が飛んでいるのを見つけたのだ。暗い上に視界も悪いのではっきりとは分からなかったものの、杖明かりをつけて目を凝らして見てみるとそれは確かにあの鷲だった。左の羽に青いラインが入っているのが暗い中でも微かに見て取れる。

 どうやら早朝ではなくこの時間に抜け出しているらしい――セドリックは廊下の窓にピッタリと張り付いて鷲が飛んで行く先を見つめた。鷲は今日はバスケットを持っていないみたいだったが、飛んで行く先は前回と同じように北にある禁じられた森のようだった。そこに何かがあるらしい。食べ物を持っていったり、こうしてこっそりと抜け出してしか会えない何かが。

「まさか――」

 不意に浮かんだ考えにセドリックはそんなはずないと頭を振った。もしかしたらハナが禁じられた森の中にシリウス・ブラックを匿っているのではないかと思ってしまったのだ。だって、そうでもない限り食べ物を森に持っていく理由なんて思いつかなかった。

 思い返せばホグワーツ特急の中に吸魂鬼ディメンターが現れた時もハナの言動はどこかおかしかった。気を失う前、確かにハナは吸魂鬼ディメンターに向かってはっきりと「シリウス・ブラックはこの汽車の中には乗っていないわ。立ち去りなさい――」と言ったのだ。まるで初めから汽車のどこにもブラックが乗っていないことを知っていたかのように。

 まさかそんなはずはない。ハナに限って凶悪殺人犯を匿うような真似をするだなんて――セドリックは何度も自分の考え過ぎだと思ったけれど、それから2日後のハロウィーンの夜にブラックがホグワーツ城内に侵入して来るとそうも言っていられなくなった。入口という入口を吸魂鬼ディメンターが固めている中、誰の手引きもなくブラックが侵入することはセドリックが知る限りでは不可能に近いからだ。

 もしかして、ハナは本当にブラックを匿っていて、侵入の手助けをしているのではないか。先生達が城内を捜索する間、他の監督生達と共に生徒全員が集められた大広間の入口の見張りを任されていたセドリックはそんなことばかり考えていた。ハナが動物もどきアニメーガスの可能性があると先生の誰かに報告するべきなんじゃないかとすら思った。けれども、セドリックは結局誰にも何も話さなかった。


 *


 ハロウィーンから一夜明けると、ホグワーツはブラックの話題で持ちきりになった。生徒達の誰もが侵入事件について口にし、一体どうやって侵入して逃げ果せたのかとあれこれ議論し、時にはブラックがどんなに悪人か口汚く罵ったりした。罵詈雑言を耳にするのは正直いい気分ではなかったが、1つだけ分かったことがあった。どうやらブラックが狙っているのはハリーらしいということだ。なぜなら教室を移動する際、先生達がピッタリとハリーに張り付いているのを見かけたからだ。だから、ダンブルドア先生は渋々吸魂鬼ディメンターがホグワーツの周囲を警備するのを許したし、魔法省はブラックがホグワーツに現れると見越して警戒に当たっていたのだ。

 しかし、そうだとするとハナがブラックの手助けをしている理由がセドリックにはますます分からなかった。出会ったころからハナは、セドリックが嫉妬するくらいハリーのことをとても好いていたし、まるで弟のように可愛がっている節があった。そんなハナがハリーを狙っているであろうブラックの手助けをするなんて考えらない――寧ろハリーを守るためにブラックに協力しているのだと言われる方がしっくりとくるくらいだ。とはいえ、セドリックにはなぜハリーを守るためにブラックと協力しているのか態のいい理由が思いつかないのだけれど。

 1人で考える時間が欲しくて、その日の夕方になるとセドリックは図書室に逃げ込んだ。ハナにデートを断られてからというもの、セドリックはハナが気にするだろうとあまり図書室の一番奥の席には行かないようにしていたのだが、今日ばかりは静かに過ごしたかった。交代で休む時間はあったとはいえ、夜の間大広間の見張りをしていてひどく疲れていたし、考えることもやらなければならないこともたくさんあって頭が痛かった。それに、心のどこかでハナと直接会って彼女は何も悪いことをしていないと確かめたかった。

 一先ず勉強しようと参考になる本をいくつか借り出すと、セドリックは教科書や羊皮紙を広げて奥の席に着いた。しかし、席に着いて勉強し始めた途端、どうにも眠気が我慢出来なくなってきた――いけない。ハナが来るかもしれない。来たら顔を見て少しでいいから話がしたい――セドリックはガラスペンを握り締めなんとか起きていようと試みたが、それは無駄な抵抗だった。静かな席に座っているとどうにも眠くて仕方がない。

 そうしていつの間にかぐっすりと眠ってしまったセドリックが慌てて起き上がると、いつの間に来たのか、広げられた羊皮紙の上にはキャンディが1つ、コロリと転がっていたのだった。