The ghost of Ravenclaw - 118
14. 真夜中の襲撃者
――Cedric――
10月最初の日曜日の朝、セドリック・ディゴリーはハッフルパフ生の誰よりも早くに目覚めた。1ヶ月後にクィディッチ・シーズンの開幕を控えていたこともあり、外で体を動かしておこうと考えていたからだ。5年生になり、ただでさえO.W.L試験の勉強が忙しいのに、監督生やクィディッチ・チームのキャプテンに選ばれ多忙だったセドリックにとって、早朝の時間は非常に貴重なものだった。
そういう訳でセドリックは同室の4人を起こさないように気をつけながら支度して、寝室を出た。ハッフルパフの寮監であるスプラウト先生が持ち込んだ植物達が彩る談話室を横切り、寮の出口へと向かう。別に誰もいないのなら談話室で体を動かしても良かったのだけれど、それでもセドリックが外に行こうと思ったのは、彼女が早朝に運動していることを知っていたからだ。運が良ければ会えるかもしれない。
まるで穴熊の巣穴の出入口のようになっている坂道を下り寮を出ると、そこは地下にある廊下だった。ハッフルパフ寮の出入口であるこの一画は石造りの窪みとなっており、辺りには大きな樽がいくつも山積みになっている。寮に入るには、この山積みになった樽の2列目の真ん中にある下から2つ目を一定のリズムで叩く必要がある。間違った樽を叩いたり、叩く回数を間違えたりすると、別の樽の蓋が勢いよく開いて、中からビネガーが噴き出し、侵入者はビネガーまみれになってしまう仕組みだ。
廊下に出ると、セドリックは玄関ホールに向かって歩き始めた。この先にある巨大な銀の皿に果物が盛られている絵画の前を通り過ぎ、またその先にある石段を上がればそこが玄関ホールである。早朝の廊下は生徒どころかゴーストすらも見受けられず静かなものだったが、ほんの少し歩いたところでセドリックは早くも会いたいと願っていた人物に遭遇した。
「ハナ?」
そう、セドリックが会いたいと淡い期待を抱いていたのはレイブンクローの3年生であるハナ・ミズマチだった。そんな彼女がまるでゴーストのように壁からひょっこり現れたのだ。その手には大きなバスケットが抱えられていて、すぐそばには例の果物の絵画が掛けられている。
なるほど、ここが厨房の入口か――セドリックは以前、ウィーズリーの双子がこの辺りでコソコソしているのを見掛けたことを思い出して内心納得した。あの時どこかへ消えたと思っていた双子がしばらくして戻ってきた際、食べ物を抱えていたので、この辺りに厨房があるのだろうとは思っていたけれど、どうやらこの果物の絵画が入口らしい。思い返せば双子がコソコソしていたのもこの場所だった。
「おはよう、セドリック。偶然ね」
「おはよう、ハナ。早いね。君は――厨房かい? 前にこの辺りに忍び込むウィーズリーの双子を見かけたことがある」
「そうなの。あー――リーマスのところに行こうと思って」
セドリックの考えていた通り、ハナが忍び込んでいたのは厨房だった。なんでもルーピン先生の体調が優れないので私室に食事を持っていこうと思ったらしい。本来なら生徒が先生の世話を焼いたり私室に入ることなんて滅多にないけれど、セドリックはルーピン先生がハナの保護者代わりであることを知っていた。なんでも忙しいダンブルドア先生に代わり、長期休暇の際はルーピン先生がハナと過ごしているらしい。
「セドリックはこんな早くにどうしたの?」
「僕は今日から本格的にクィディッチの練習が始まるんだ。その前に少し体を動かそうと思ってね」
「そうだったのね」
そのまま立ち話をしていると、玄関ホールまで一緒に行こうということになり、セドリックはハナと共に再び廊下を歩き始めた。この1ヶ月間の授業のことや来月から始まるクィディッチのことなど他愛もない話をしつつ、2人きりの廊下を進みながら、セドリックは両手でバスケットを抱える彼女の左手首をチラリと盗み見た。そこには青い革製のブレスレットがある。
セドリックがそのブレスレットの存在に気付いたのは9月も半ばを過ぎたころだった。それまで――少なくともホグワーツ特急に一緒に乗った時まで――は見たことがなかったものだったが、ある日彼女の手首に巻かれているのを見つけたのだ。青い革製のベルトにシルバー・プレートがあしらわれているもので、プレート部分には5本の杖が描かれている。5本のうち3本は誰のものか分からなかったが、残り2本はハナとルーピン先生のものだったので、セドリックはルーピン先生が贈ったものではないかと密かに思っていた。そして、分からない3本のうち1本は「ジェームズ」のものではないか、とも。
「ジェームズ」は先月ホグワーツ特急の中で聞いた名前だった。脱獄したシリウス・ブラックの捜索のため、汽車の中に
やがて、廊下をしばらく進んだ先にある石段を上がり、セドリックとハナは玄関ホールに出た。これからルーピン先生の私室に向かうハナとはここで別れることとなる。セドリックは「じゃあ、また今度」と告げると大理石の階段を上がって行くハナを見送ってから、樫の木の玄関扉を潜って外に出た。しっかりと準備運動をして、城の周りを走り始める。
しかし、走り始めてすぐセドリックは奇妙な出来事に遭遇した。なんと1羽の鷲がその鋭い鉤爪でしっかりとバスケットの持ち手を掴み、空を飛んでいたのである。左側の羽に青いラインが入っている珍しい鷲だ――その鷲は大きな羽を羽撃かせながら、北にある禁じられた森の方へと飛んで行く。
「あれは……」
セドリックが最初に違和感を感じたのは正にこの時だった。なぜなら森へと飛んで行く鷲の左側の羽にある青いラインも鉤爪でしっかりと握っているバスケットも見覚えがあるものだったのだから。
それからというもの、セドリックは何かあるにつけ空を見上げては鷲を探すようになった。どうにもその鷲がハナなのではないか、ハナは鷲の
普通なら3年生になったばかりの子が
けれどもセドリックは、ハナが
しかし仮にハナが
とすれば、ハナが
そういう訳でセドリックは初めて鷲を見つけてからというもの、ハナが危険なことをしているのではないかと気が気ではなかった。これまでの2年間を顧みるにその可能性は十分にあったからだ。けれども、セドリックはハナが理由もなく危険なことをしているとは考えていなかった。ハナが危険を冒すのはいつだって誰かを守ろうとする時だったからだ。
そして、ハナが危険を冒す時、セドリックはいつでも無力だった。2年前の騒動の時、セドリックは気を失って医務室で眠っていて気が付いたらすべてが終わっていたし、去年なんてハナが危険を冒したことをあとから知ったくらいだった。
ハナはなんとなく自分を危険なことに関わらせたくないのだろうとセドリックは感じていたけれど、決してそれでいいとは思っていなかった。好きな人が――出会ってからというものずっと想いを寄せている人が――いつでも誰かを守るために戦っているというのに、自分は何も出来ずに手をこまねいているだけなんて耐えられなかったからだ。
だからこそ、今回はもし何かあれば自分がフォローしようと考えていた。都合のいいことにセドリックは寮こそ違うものの監督生だったし、ある程度なら誤魔化すことが可能だからだ。しかし、セドリックが近付こうと距離を縮めようとすればするほどハナは遠ざかっていくばかりで、遂にはあの鷲の姿もなかなか見つけることが出来ないままだったのだった。