Blank Days - 001

ヘアピン

――Remus――



「リーマス、彼女がそうだよ」

 明日から5年生となる1975年8月31日――僕はこの4年間名前しか聞いたことのなかった幽霊に出会った。彼女を紹介するときのジェームズの得意気にニヤリと笑う顔が妙に嬉しそうだったのをはっきりと覚えている。そういえば、いつだったか、シリウスがジェームズの初恋は彼女なんじゃないかと話していたことがあったっけ。けれど、ジェームズはその問いには絶対答えないのだとか。

「会えて嬉しいよ。僕は、リーマス・ルーピン。よろしく、レイブンクローの幽霊さん」
「ハナ・ミズマチよ。よろしく」

 彼女は今まで出会った同世代の女の子達の誰より輝いて見えた。太陽の光に当たると長い黒髪は茶色く透けてキラキラと輝くし、明るいヘーゼルアイもまるでゴールドのように色を変える。透き通るような白い肌は言わずもがな。彼女は本当に光を放っているのではないかと、我が目を疑うほどだった。それでいて顔立ちはアジア系なので、オリエンタルな魅力もあり、余計に神秘的に思えた。

 彼女と会えたのはその日とそれから、その2週間後くらいの計2回だけだったけれど、僕の中に強烈な印象を残した。忘れられるはずがない。彼女は例のあの人の召喚魔法によって僕達が見ている目の前で消えたのだから――。


 *


「シリウス! リーマス! 僕はやったぞ!」

 時は流れて5年生の終わり頃のある日、ジェームズがそう言って意気揚々と僕達の元にやってきた。この日ピーターは呪文学で出来ない呪文があって、次の授業までに練習してくるようにと1人追加の課題を出され、同じく課題を出されたグリフィンドール生と一緒に練習するからと偶然一緒にいない日だった。

「やったって、何をだい?」
「まあ、これを見てくれ」

 ジェームズがそう言って取り出したのは、ヘアピンだった。僕とシリウスは顔を見合わせて、それから再びヘアピンを見て、首を傾げた。このヘアピンに何かあるとは到底思えなかった。

「ただのヘアピンじゃねぇか」

 シリウスが言った。

「これで、開けるんだよ。鍵を」

 チッチッチ、と人差し指を左右に振ってジェームズが言った。

「鍵? 呪文で開けりゃいいだろ?」
「ジェームズ、一体どこの鍵を開けたいんだい?」
「僕達には魔法で開けられない扉が1つだけあるじゃないか」

 それだけで、僕もシリウスもジェームズがどこの扉のことを話しているのかが分かった。ジェームズはこのヘアピンを使って、メアリルボーンのバルカム通りにあるハナの家に入ろうとしているのだ。

「マグル出身の子に聞いたんだ。マグル式の解錠方法なんだけど、開け方もバッチリだ。フィルチの事務所で試してきた――まあ、追いかけられたけど――この通り、逃げ切った」
「おい、そんな楽しいことやるなら先に教えろよ」

 シリウスがそう言って不満気な顔をすると、ジェームズは両手を挙げて降参のポーズをしながら、「すぐに試してみたくなったんだ」と言った。この2人はきっと僕が監督生だということを忘れていると思う。

「それで、僕ずっと考えてたんだ。いつハナが現れてもいいように準備をしてやったらどうかって」
「準備?」
「僕、ハナはあの家に絶対帰ってくると思うんだ。だって、自分の家だしね。それで、考えてもみてよ。僕達と別れてすぐのハナが帰ってくるんだ。家がガランとしてたら寂しいじゃないか。それにあの家は無防備だから、色々備える必要がある。マグル避けとか――ああ、スリザリン避けっていうのも面白いな。ほら、スニベルスが妙にハナを気にしてたから」

 ジェームズの提案に僕とシリウスは確かに、と妙に納得した。マグル避けなんかの魔法は成人しないと無理だけれど、ハナがいつ帰ってきても寂しくないように準備することは今からでも出来る。しかし、スネイプの名前が出るとシリウスの表情は途端に不機嫌そうになった。

「スニベルスのやつ、ハナのことを探ってるみたいだからな――ハナは容姿が目立つから、レイブンクローにそんな生徒は存在してなかったことに気付いてるのかもしれない。退学したとかなんとか言ってたやつはダンブルドアが直接話してくれたが、まだ探ってる……あいつはそろそろ痛い目を見た方がいい」
「その点エバンズはずっと気に掛けてくれて優しかったな。エバンズってとっても魅力的だと思わないかい? ハナがいたら僕とエバンズの将来がどうなるか聞けたのに――」

 スネイプについて語り出すシリウスとエバンズについて熱く語り出したジェームズに「2人共、話が本題から逸れてるよ」と呆れながら中断させた。ジェームズは元からエバンズは美人だと言っていたけれど、この1年で急速に彼女に熱を上げ始めたように思う。

 それもこれも、ハナが消えたあの日以降、僕達の中で一番落ち込んでいたジェームズをエバンズが励ましたことがきっかけだった。普段ジェームズを軽蔑したような言動が多いエバンズだが、あの日ハナの様子がおかしいことを気に掛けてくれて、彼女自ら落ち込んでいるジェームズに話し掛けたのだ。まあ、それ以来彼はこんな風になってしまったというわけだ。

「ああ、ごめんごめん。つい――それで、夏休みに一度集まらないかって2人を誘おうと思ってたんだ。ピーターを誘えないのが申し訳ないけど」
「仕方ないさ。ハナのためだ。それと、僕はいつでもいい」
「僕も、例の日と被らなければいつでも」
「よし、それじゃ、決まりだ」

 僕達は互いの顔を見て頷き合って、それから拳をぶつけあった。