The ghost of Ravenclaw - 115

14. 真夜中の襲撃者



 フレッドとジョージから献上品・・・と称してだまし杖を譲り受けると、私は夕食までの時間を談話室で宿題をしながら過ごした。放課後はほとんど毎日のように図書室に通い詰めて勉強していることを知っているレイブンクロー生達は、私が談話室で宿題していることに珍しそうにしていたけれど、同学年の何人かはこれ幸いとややこしい宿題を私に訊ねてきたりした。

 それから大広間で夕食を摂り、いつものように就寝時間を過ぎて同室の子達が眠り込むのを待ってから、私は鷲となってこっそりと寝室を抜け出した。ポケットの中には今夜の夕食で持ち帰った食事と共にだまし杖も入っている。元々シリウスが好きそうだと思って譲って貰ったので、だまし杖はシリウスにプレゼントする予定だった。

 今夜は久し振りに日中降り続いていた雨が上がって星空が広がり、月明かりがホグワーツ城を照らしていた。いつものように城に沿って旋回し、北にある禁じられた森を目指しているとそんな月や星々が明かりの消えたホグワーツ城の窓に映し出され、なんだか幻想的に見えた。眼下に広がる校庭は真っ暗だけれど、今日も今日とてぼんやりと見回りの明かりが漂っている。その代わり廊下で明かりを見なくなったので、きっとルートが変わったのだろうと私は思っていた。

 そんな見回りの明かりの上を通り過ぎ、禁じられた森の中にあるシリウスの根城に辿り着くとシリウスがいつものように犬の姿になって待っていてくれた。シリウスは私が降り立つとブンブン尻尾を振って「ワン!」とひと鳴きした。先日のクィディッチ・シーズン開幕戦で起こった吸魂鬼ディメンターの襲来事件以降、シリウスはしばらく落ち込んでいたものの今では前のように元気を取り戻していた。

 シリウスを先頭に目くらまし術で隠されたテントの中へと入っていくと、今日はどうやらクルックシャンクスは遊びに来ていないようだった。クルックシャンクスが気に入っているソファーの上にはただくしゃくしゃと毛布がのっている以外、何もない。恐らく、先程までシリウスが座っていたのだろう。

「今日はお土産があるの」

 テントの中でポンッと元に戻ると私は言った。リビングの中央にあるテーブルの上に夕食と共にだまし杖の入った箱を置くと、同じくポンッと元に戻ったシリウスが興味深そうにだまし杖の箱を手に取った。

「Trick wand――だまし杖か」

 箱に書いてある文字を読み上げるとシリウスはなんだか面白そうにしながら箱を開け、だまし杖を取り出した。箱の中にはどうやら説明書も入っていたらしい。シリウスはそれをしばらく読んだあと、呪文を掛けるフリをしてだまし杖を振り、ブリキのオウムに変えた。現れたオウムは奇妙な鳴き声を上げ、シリウスは「こりゃいいな」とクツクツ笑った。だまし杖がお気に召したらしい。

 そんなシリウスを横目に、私はせっせとチャーム作りの準備をするとチャームの仕上げ磨きに取り掛かっていた。形は綺麗に整ったのだけれど、それだけでは隅の方にバリが残ったり、表面がガサガサしているので、より目の細かなヤスリに変えてツルッツルにするのである。この作業が終われば、チャームに保護魔法を掛け、金具を取り付ければ完成だ。

「そのおもちゃ、いい出来でしょう?」

 奇妙な鳴き声を上げ、だまし杖が何度目かのブリキのオウムに変身したところで私は言った。だまし杖はそのまましばらくするとまた杖の姿に戻る優れもので、先程からシリウスは杖が元に戻るとまたオウムに変えて、を繰り返していた。

「前に5階にある鏡の裏の通路を私に教えてくれた子達がいると話したことがあったでしょう? その子達が作ったらしくて、特別に譲って貰ったの。貴方が好きそうだと思って」
「面白い発想だ。私達にはこういう発想はなかった」
「あら、私、貴方達が作ってくれたものも大好きよ。来訪者探知機は誰が来たのかすぐに分かるし、星屑製造機スターダスト・メーカーはとっても綺麗だわ。ダンブルドア先生も絶賛していたもの」
「それは光栄だな。あれは我ながらいい出来だった」

 それからしばらくの間、シリウス達が作ってくれた魔法道具について話していたが、やがて私がチャームの仕上げ磨きに集中し始めると、自然と会話が途切れた。今夜はクルックシャンクスが遊びに来ていないので、どちらかが黙り込むとテントの中は静かなものだった。シリウスは私に気を遣ってかだまし杖で遊ぶのをやめたようで、テントの中にはチャームを磨く音やしとしと降り続く雨の音だけが聞こえている。

 そうして数十分は経ったかというころ、テントの外でガサガサと草木が揺れる音がして私は作業の手を止めた。何かが草木を掻き分けながら歩いているようなその音は、どこか遠くから次第にこちらに近付いて来ているような気がして、私は慌ててチャームをテーブルの上に置くと、腰に提げている杖を手にした。見れば、シリウスも同じように杖を手にして辺りを警戒している。

「この音、何かしら」

 何かの動物だろうか――私は考えを巡らせながら声を潜めて言った。禁じられた森の中にはさまざまな動物が生息しているので、それらが真夜中に森の中を歩き回っていたとしても不思議ではない。中には人の言葉を理解し話が出来る魔法生物もいるが、目くらまし術が効いている限りこのテントには気付きはしないだろう。しかし、もしも吸魂鬼ディメンターだとしたら危険だ。彼らには目くらまし術なんてものは効かないのだ。

「恐らく夜行性の動物だろうが……妙な感覚がないから吸魂鬼ディメンターではないだろう。しかし、動き回っているようだな」
「動物ならいいけど、ケンタウロスとか話が出来る魔法生物だったり、貴方を捜索してる魔法省の人達だと厄介だわ」
「恐らくここが見つかりはしないだろう。隠れている人物を炙り出す呪文があるが、それはこちらも正体を明かすようなものだ。静かにやり過ごそう――」

 お互い頷き合って、私達はじっと耐えてやり過ごすことにした。しばらくの間ガサガサと草木を掻き分ける音はテントの周りをぐるぐると動いているように思えたけれど、やがてしんと静まり返ると音が止んだ。どうやらどこかに行ってしまったらしい。そっとテントの入口の隙間から覗いてみると、そこにはやっぱり何もいなかったのだった。