The ghost of Ravenclaw - 114

14. 真夜中の襲撃者



 結局、守護霊の呪文についてヒントを得ることも、宿題をすることもないまま、私は図書室をあとにした。本当はいつもの席に行くつもりだったのに、気がついたら足が勝手に図書室の出口へ向かっていたのだ。けれども、図書室をあとにして良かったのかもしれない。ただでさえセドリックはクィディッチの練習や監督生としての役目が忙しく勉強時間が限られているのだから、あの席はセドリックが使うべきなのだ。

 図書室から廊下に出ると秋の終わりのひんやりとした空気が肌に触れた。行き交う生徒達は寒そうに体にローブを巻き付け足早に歩いている。いつもなら寒さが苦手な私もそんな生徒のうちの1人だったけれど、今日だけはその寒さがちょうどいいと思えるから不思議だ。原因は分かっている――先程からバクバクいい続けている心臓とやけに体が熱いせいだ。特に左手首は、もしかしたらシリウスから連絡が入ったのかもと思うほど熱くて、思わず確認してみたけれど、ブレスレットには何の連絡も入っていなかった。

 気持ちを落ち着かせてから談話室に戻ろうと、私は図書室からレイブンクロー寮までの道のりを遠回りして歩くことにした。久し振りにマートルに会ってお喋りをしてから談話室に向かうのもいいかもしれない。新学期が始まってからマートルに会いに行く時間がほとんどなかったので、きっと寂しがっているだろう。

 普段はほとんど人が通らないような廊下を進み、私は3階にあるマートルが棲み憑く女子トイレへと向かった。すると、使われていない教室が並ぶ一画からヒソヒソと誰かが話している声が聞こえて私は足を止めた。

「小さな弟がいるならこの“だまし杖”がピッタリだ」
「この杖で魔法を使おうとすると杖があらゆるものに変化する。主に変化するのは動物だ。鳴き声を出す――ああ、もちろん本物の動物じゃない。ご安心を。ただのゴムやブリキ製の偽物さ」
「だまし杖はいろいろタイプあって、こっちの安物は振るとゴム製の鶏やパンツに変わるだけだが、一番高い物は持ち主が油断してると頭を叩く――ま、安い方がいいかもしれないな。小さいなら可哀想だ」

 声の主はフレッドとジョージだった。会話の内容からするに、どうやら誰かに「だまし杖」というおもちゃの杖を売りつけようとしているらしい。そっと教室に近付いて中を覗き込んでみると、彼らはグリフィンドールの男の子に何やら杖を数本見せてあれこれ説明しているところだった。あれがだまし杖らしい。シリウスが好きそうなおもちゃである。

「クリスマス・プレゼントにピッタリなおもちゃだと思わないか? 今なら使い心地を報告する条件付きで通常の価格より安く買える」
「しかも、どんな悪戯用品店にも売っていない」
「注文書があるから欲しい時は俺かジョージに渡してくれ。そんなに数が用意出来てないから早い者勝ちだ」

 なんとまあ、口の上手い2人だ。まだ15歳だというのに下手なセールスマンよりも口が上手くかもしれない。私はなんだかテレビの通信販売の番組を見ているような気分になりながら様子を眺めた。変なものを売ろうとしたり高い値段で売りつけようとしていたら止めるべきなのだろうけれど、そんな様子は今のところ見られなかった。とはいえ、ウィーズリーおばさんが見たら真っ先に怒鳴りそうだけれど(「貴方達! 勉強もせずに何をしているんです! 学年末にO.W.L試験があることを忘れたんですか!」)。

 やがて、受け取った注文書を握り締めてグリフィンドールの男の子は教室の反対側の扉から出て行った。楽しそうにキラキラとした表情をしているところからするに、きっとあの男の子はだまし杖の注文書を書いてフレッドとジョージに渡すだろう。

「とてもいい杖ね」

 男の子が完全に教室から離れた頃合いを見計らって、私はフレッドとジョージに話し掛けた。フレッドとジョージはちょうどニヤニヤしながら注文書を数えたり、だまし杖の在庫の数を数え始めたところで、突然聞こえた声に大きく肩を震わせた。どうやら先生か誰かが来たと思ったらしい――2人は慌てて注文書やだまし杖を背中に隠そうとしていたけれど、こちらを振り返った途端、明らかにホッとした表情を浮かべていた。

「なんだ、ハナじゃないか」
「ビックリさせないでくれよ」
「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったの」

 謝りながら教室に入っていくと、フレッドとジョージは隠そうとしてぐちゃぐちゃになってしまった注文書やだまし杖を整理しながら「こっちこそコソコソしてたしな」と笑った。いつからコソコソしていたのか、彼らが手にしている注文書はもう既に何枚にもなっている。

「貴方達、一体いつからこんなことしてるの?」

 少なくとも去年や一昨年はこんなことしていなかったはずだ。不思議に思って訊ねると、フレッドが注文書を鞄に仕舞いながら言った。

「つい最近さ。今は商品のラインナップを増やしてる最中だからまだ本格的には始めてないけど、クリスマスも近いしいい機会だから、ちょっと掴まえて自分達の商品を売り込んでる。もちろん、全商品身をもって実験済みだ」
「他にもあるの?」
「まだ数は少ないけどね。今はベロベロ飴トン・タン・タフィーを開発中だ」
「ペロペロ酸飴じゃなくて?」
「あれは舌に穴が空くやつだ。昔ロンに食べさせて穴を空けさせたら、お袋に箒でボコボコにされた」
ベロベロ飴トン・タン・タフィーは肥らせ呪文のかかったヌガーなんだ。食べると舌が伸びるようにするつもりなんだけど、苦戦中さ。いいのが浮かんで名前だけは決まってるけどね」

 そう言って2人は羊皮紙に書かれた発明品のリストを私に見せてくれた。羊皮紙にはもう既にいくつもの商品名が書かれていて、その中には先程男の子に売りつけようとしていただまし杖もあれば「ひっかけ菓子」というお菓子もある。去年の夏休みにウィーズリー家に泊まりに行った時、彼らの部屋から火薬の臭いがしていたけれど、もしかしたらその時から悪戯グッズを作っていたのかもしれない。

「ねえ、このだまし杖って私も買える?」

 商品リストの中にあるだまし杖を指差して私は言った。

「叩くやつじゃなくて、動物に変わるやつがいいわ。それを好きそうな人がいるからプレゼントしたいの」

 まさか私が買いたいと言うだなんて思わなかったのだろう。2人は一瞬意外そうな顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに笑うといろんな種類のだまし杖を見せてくれた。ゴム製のネズミ、鶏になるものもあれば、パンツなんていう動物以外のものなどさまざまな種類があり、迷いに迷った挙げ句、最終的に私はブリキのオウムに変わる杖を選んだ。

「これはあげるよ」

 だまし杖をお手製の箱に詰めながらジョージが言った。

「女王陛下に献上品さ」
「献上品なら夏休みにも貰ったわ」
「あれはエジプトのお土産さ。これは賄賂」
「なるほど。直球ね」

 フレッドとジョージ曰く、ウィーズリーおばさんに知られたらとんでもないことになるのは目に見えているので、自分達が悪戯グッズを作って売ろうとしていることをロンやジニー、パーシーには黙っておいて欲しいとのことだった。ロンにバレるといけないので、ハリーやハーマイオニーにも話したらいけないらしい。

「分かったわ」

 少し考えたのち、私はだまし杖が入った箱を受け取りながら頷いた。

「貴方達の秘密はきちんと守りましょう」