The ghost of Ravenclaw - 113

14. 真夜中の襲撃者



 密かに始めたチャーム作りは、毎晩、シリウスのテントの中でひっそりと進められた。慣れない作業でうっかり指先を怪我したり、1日の作業を終えるころには毎回削り屑だらけになったけれど、思っていた以上にチャーム作りは順調だった。磨き始めたころは見るも無惨だったニンバス2000の破片の両端は丸く整えられ、すっかりチャームっぽくなっている。この分では12月に入るころにはミニチュア箒作りに入れるだろう。

 チャーム作りが順調なのは、シリウスのお陰だった。チャームなんて作ったことがないらしいのだけれど、買ってきてくれた道具はどれもこれも役に立つものばかりだったし、困ったことがあると毎回的確なアドバイスをくれるのだ。もし、私でなくシリウスがすべて作業していたらチャーム作りなんてとっくに終わっていたかもしれない。芸術的ハンサムなのに才能もあるとは恐ろしいものである。

 そんなこんなで1日の作業時間は短くなるものの、私はシリウスのテントで毎晩コツコツ作業を続けていた。このところ毎日軽傷の治療が出来るエピスキーと掃除呪文のスコージファイを使いまくっていたので、チャーム作りと並行してそちらの呪文の扱いもグンと上手くなった気がするけれど、一方で守護霊の呪文の練習は全然進んでいなかった。練習する時間が圧倒的に少ないのだ。

 という訳で、ここ最近では再び早朝の必要の部屋通いを再開することにした。平日は朝に必要の部屋で守護霊の呪文も練習、日中は授業、夕方は図書室、夜にシリウスのところでチャーム作りといった具合である。そういえば、ここ最近では城の外も見回っているのか、夜に寝室を抜け出す時必ず外に明かりが見えた。シリウスのこともそうだが、もしかすると吸魂鬼ディメンターのことも気にしているのかもしれない。

 必要の部屋は相変わらずいつもの部屋を使っていた。この部屋は使用者の望む部屋が現れるので、必要とあらば他の部屋が現れるのだろうけれど、私は変わらずあの部屋を使っている。今は奥に立っている甲冑に黒い布を被せてなんちゃって吸魂鬼ディメンターを作って練習中だ。しかし、私が出せるものといえば、せいぜい煙草の煙のようなもやだけだった。練習しても練習しても上手くいかないのである。

 守護霊の呪文が上手くいかない理由はもう分かっている。私の幸せだと思う記憶が守護霊を生み出すほどのものでないのだ。果たして、守護霊を出せるほどの幸せとは一体どれほどのものだろうか――以前から私の頭を悩ませるそれの答えは、未だに見出せていなかった。誰かに聞いて分かるのならいいのだけれど、この答えはシリウスもリーマスも、ダンブルドア先生ですら持っていない。自分の幸せは自分で見つけないとならないのだ。

 とはいえ、どうにかヒントを得たいと思うのが人間の心理というものだろう――そういう訳で、チャーム作りを始めてちょうど1週間後の夕暮れ時、私はなかなか上手くいかない守護霊の呪文に頭を悩ませながら、図書室で参考になる本を探していた。守護霊の呪文の本に「守護霊を生み出せるほどの幸せとは何か」なんて書いてあるとは思っていなかったけれど、調べてみたら何かヒントが得られるのではないかと思ったのだ。

「守護霊の呪文……守護霊の呪文……」

 おおよそ一度読んだだけでは理論を理解出来ないような小難しい本ばかりが並ぶ書棚の間を私は目当ての本を探して歩いていた。基本的に本は分野別且つアルファベット順に並べられているので、守護霊の呪文――Patronus Charm――の頭文字である「P」から始まるタイトルの本が集まる辺りを重点的に探していく。

「あ、あったわ」

 やがて、めぼしい本を見つけると私は手に取った。長年守護霊の呪文について研究していたとされる魔法使いが出した本である。その本には、かの有名な魔法使いの誰々がどんな守護霊を作り出したのかということから、守護霊と動物もどきアニメーガスの関係性の研究というマニアックなものまで書かれている。

 守護霊と動物もどきアニメーガスの関係性の研究はとても興味深いものだった。シリウスが話してくれた通り、私達のような動物もどきアニメーガスが変身出来る動物は、必ずその人物の守護霊と同じになるようだ。

 しかし、その人の感情によって守護霊が変化した時、それが動物もどきアニメーガスにも影響するかというとそうではないらしい。つまり、動物もどきアニメーガスは前のまま変わらないのだ。動物もどきアニメーガスで且つ守護霊も生み出せる魔法族なんて限られているだろうから絶対そうだとは言い切れないけれど、一緒に変化しないのはどういう理由なのだろう。そもそも魔法の仕組みや理論が異なるからだろうか。

「とはいえ、これはヒントになりそうにないわね」

 思わず読みふけりそうになって、私はパタリと本を閉じた。宿題もしなければならないし、今日のところは一旦諦めるべきかもしれない――そう思い至って、私は本を元の場所に戻すといつもの席に向かうために図書室の奥へと足を向けた。すると、

「わっ」

 書棚の角を曲がろうとした途端、誰かとぶつかりそうになって私は思わず声を上げた。慌てて後ろに飛び退くと目の前の人物にぶつからなかった代わりに背中が書棚にドンッとぶつかって本がガサガサと音を立てた。耳聡い司書のマダム・ピンスが遠くからこちらをジロリと見るのが分かって慌てて振り返って本を確認したが、どうやら床に落ちた本はないようだった。

「ごめん。大丈夫かい?」

 本が無事だったことにホッと胸を撫で下ろしていると、心配そうにこちらをうかがう声がして私はドキリと肩が跳ね上がるのが分かった。なぜなら、この声に聞き覚えがあったからだ。急にバクバク動き出した心臓をなるべく気にしないように努めながら視線を元に戻すと、声と同じように心配そうにこちらを見ているセドリックと目が合った。先程私がぶつかりそうになったのはセドリックだったのだ。彼と面と向かって話すのはデートの誘いを断って以来のことだった。

「ええ、大丈夫よ。私の方こそごめんなさい。前方不注意だったわ。セド、貴方は大丈夫だった?」
「僕も大丈夫だよ。この通り、丈夫だからね」
「良かったわ。ハッフルパフのシーカーに怪我なんてさせられないもの」

 平静を保ちながらそう言うと「それじゃあもう行かなくちゃ」と私はなるべく自然にその場から離れようとした。以前ならこのまま一緒に奥の席に行って宿題をしたのだろうけれど、その関係をやめようと決めたのは他ならぬ私だ。しかし、セドリックの横を通り過ぎようとすると、不意に左手首を掴まれて私は引き止められた。振り返ると真剣な表情でこちらを見るセドリックと視線がかち合って、私は心臓がまたバクバクいうのを感じた。

「ハナ、あの――君の――あー、今月の初めにキャンディをくれたのは君だよね?」

 何か言葉を迷うようにしてセドリックは言った。

「ハロウィーンの次の日だ。あの席でつい眠ってしまって、起きたらキャンディが1つ置いてあった。あそこを知ってるのは君だけだから、僕、君が置いていったんじゃないかって思ったんだ」
「ええ……ええ、そうよ。ダンブルドア先生にいただいたの。先生が、えーっと、それを食べると元気になるって仰ったから……」
「ありがとう。君が食べるべきだったのに」
「いいえ。私は2つ貰ったの。気にしないで」

 ニコリと微笑んで私は答えた。そうして今度こそその場を離れようと「じゃあ」と口を開こうとすると、再びセドリックが口を開いた。セドリックの手は未だに私の左手首をしっかりと掴んだままだった。

「僕に何か手伝えることはあるかい?」

 ほとんど脈絡なく、唐突にセドリックは言った。どうしてセドリックがそう言ったのか、さっぱり分からず戸惑ったようにセドリックを見ると、彼は「えっと、あの……」と口籠ったあと「宿題とか」と付け足した。1年生のころから分からないところを教えてくれていたのはセドリックだったから、気にかけてくれているのかもしれない。でも、その好意に私はもう甘えてはいけないのだ。そして私は、

「いいえ、1人で大丈夫よ。ありがとう、セド」

 まるで自分に言い聞かせるようにそう告げると、今度こそ本当にその場をあとにしたのだった。