The ghost of Ravenclaw - 112

14. 真夜中の襲撃者



 クィディッチ競技場にいる誰もを恐怖に陥れた開幕戦からしばらく経ち、2週間ほどが過ぎた。相変わらず天気の悪い日が続いているけれど、あの嵐以降、激しい雨は降っていなかった。恐らくこの雨が終わるころには雪が降り始め、本格的な冬がやってきているだろう。

 ホグワーツでは、ハロウィーン以降続いていたシリウスの噂話はぱたりと止んでいた。代わりに聞かれるのは月末に控えているハッフルパフ対レイブンクローの試合を心配する声で、誰もが「また吸魂鬼ディメンターが現れたら」と不安がっている様子だった。

 けれども、今のところ吸魂鬼ディメンター達は大人しくしているようだった。ダンブルドア先生の怒りが凄まじく、吸魂鬼ディメンター達は先生に逆らえないのだ。もしかするとダンブルドア先生の守護霊の呪文を警戒しているのかもしれない。

 あれからリーマスに話を聞いたところによると、クリスマス休暇明けの春学期からハリーに守護霊の呪文を教えることになったそうだ。「貴方が教えるなら安心ね」と言った私にリーマスは「君も一緒に練習したらどうだい?」と声を掛けてくれたのだけれど、いろいろと迷った挙句、丁重に断ることにした。ハリーのためには私が一緒でない方がいいだろうと思ったのだ。私がいては気が散ってしまうし、どうしても私と自分を比べてしまうだろうからだ。とはいえ、私も守護霊の呪文はまだ全然出来ていないのだけれど――。

 リーマスは私が断ったことが意外だったようだった。どうやらハリーと同じように吸魂鬼ディメンターの影響を受けやすい私なら誘えば絶対に断ることはないだろうと思っていたらしい。けれども私が既に守護霊の呪文を練習していることを伝えると、リーマスは「もう練習しているとは思わなかった」と目をまん丸にして驚いていた。もちろん誰に教えて貰っているかは内緒である。

 その私にこっそりと守護霊の呪文を教えているシリウスはといえば、ハリーが箒から落ちたのは自分のせいだとしばらくの間落ち込んでいた。それにハリーが吸魂鬼ディメンターに影響を受けやすいこともずっと心配していて、「リーマスが守護霊の呪文をハリーに教えてくれるそうよ」と私が伝えた時には心底ホッとしている様子だった。

 開幕戦直後は見ていられないくらい落ち込んでいたハリーの方も、リーマスに守護霊の呪文を教えて貰えれば吸魂鬼ディメンターがどうにかなるかもしれないと希望を持てたのか、確実に元気を取り戻していた。目下の悩みは新しい箒をどうするかだったけれど、こちらはまだ決めかねているらしい。それだけハリーのニンバス2000を失った悲しみは深いものだった。

 そんな粉々になったニンバスの残骸は現在、私の手元にあった。ハリーのために私に何が出来るだろうかとあれこれ考えていたところ、夜にピンと閃いて急遽ニンバスの残骸が入った鞄ごと預かることにしたのだ。昼間に取りに行っても良かったのだけれど、スネイプ先生に見張られていることも多いので、夜中に預かりに行くことにしたのである。完成させてから驚かせようとハリーにはニンバスをどうするのか話さなかったけれど、ハリーは快くニンバスを私に預けてくれた。

 さて、私がニンバスをどうするのかというと粉々になった柄の中で運良く「Nimbus 2000」と書かれた部分が綺麗に残っていたので、それを使ってチャームを作る予定だった。けれども、そのままでは折れた両端がギザギザとして怪我をしてしまうので、綺麗にヤスリをかけ、最終的には傷まないように魔法で保護する予定である。

 それから残りの破片を使ってニンバスのミニチュアを作れないかと思案しているところだ。これは成功するか分からないけれど、ニンバスを修復することは不可能でも、破片をどうにか組み合わせたらなんとかなるのではないかと思っている。時間は掛かってしまうかもしれないが、図書室で本を探して挑戦してみようと思う。

 この案にはシリウスも大賛成だった。チャームとミニチュア作りを手助けすると言ってくれて、必要な材料を買いにダイアゴン横丁まで行くのを引き受けてくれた。本当は私がふくろう通信販売で注文するかホグズミード村に買いに行こうかと思っていたのだけれど、シリウスがどうしてもやらせてくれ、と言ったのだ。

 どうやらシリウスはクルックシャンクスが合言葉をどうにか手に入れるまでやることがないらしかった。そもそもクルックシャンクスは合言葉を口頭で伝えられる訳ではないのだから無理もない。シリウスは動物もどきアニメーガスになるとクルックシャンクスの話していることがなんとなく分かるそうだが、それはあくまでもニュアンスだけなのである。

 だったらクルックシャンクスが合言葉をどうやって手に入れるのかというと、合言葉を覚えきれない生徒が残しているメモを盗み出すしかなかった。合言葉をメモに残しておく生徒なんているのかと疑問に思ったが、シリウス曰くそういう生徒は少なからずいるらしい。実際、ワームテールがそういうタイプで、シリウスは学生時代、ワームテールが複雑な合言葉の時羊皮紙の切れ端にメモしていたのを見ているという。

 そういう訳で、クルックシャンクスがメモを残しておきそうな生徒に目星をつけ、尚且つそのメモを盗み出すまで、シリウスは暇で仕方がなかった。しかも自分だけがじっとしていることが嫌いな性分である。出掛けられるチャンスが巡ってきたのにそれを逃す手はなかった。私としてはじっとしていてくれた方が安心なのだけれど、ハリーの後見人として何かせずにはいられないのだろうと思うと、テントの中で大人しくしていろとはどうしてもいえなかった。

「必要そうなものを手当たり次第買い揃えてきた」

 シリウスが必要なものを買い揃えに出掛けたのは11月18日のことだった。数日前から出掛けることに大張り切りしていたシリウスが嬉々としてポリジュース薬を持ち出しダイアゴン横丁へ繰り出して行ったのは今朝のことで、夜になり会いにきてみるとシリウスはテント内にあるダイニングテーブルの上に買ってきたものを広げながらなんだか1つの冒険を終えた少年のような顔をしていた。余程逃亡中にダイアゴン横丁へ買い物に行くというスリリングな出来事が楽しかったらしい。

「ありがとう、シリウス。何事もなかった?」
「この通り、傷1つないさ。でも、ダイアゴン横丁まで足を伸ばして正解だった。あそこには吸魂鬼ディメンターは彷徨いていないからな」
「魔法省の人達も脱獄犯がまさか白昼堂々ダイアゴン横丁で買い物をしているとは思わないでしょうからね」
「漏れ鍋の店主から聞いた話では、ハロウィーン以降、ホグズミードは吸魂鬼ディメンターによる見回りが行われているらしい」
「貴方が食べ物を探してホグズミードを彷徨く可能性があると考えたのかしら?」
「きっとそうだろう――まさかダンブルドアの被後見人が毎晩のように脱獄犯の元に通い、甲斐甲斐しく食事を運んでいるとは思わないさ」

 お互いニヤッと笑い合うと、私は早速チャームのヤスリ掛け作業に取り掛かることにした。シリウスのテントに持ち込んでいた鞄の中から「Nimbus 2000」の破片を取り出し、買ってきて貰ったばかりのヤスリで少しずつ尖ったところを削っていく。途端に削り屑がパラパラと落ちたが、これは魔法でどうにかなるので気にしないことにした。

 とはいえ、削ったものは魔法を使っても元には戻らないのでヤスリ掛け作業は手作業である。熟達した魔法使いならば魔法でも細かい調整が出来るのだろうけれど、生憎今の私には細かい調整は難しかったのだ。それに、時間が掛かるけれど、その方が案外ハリーも喜んでくれるかもしれない。

「絶対いいものにするわ」

 手にしたニンバスの破片を見つめて、私は静かにそう呟いたのだった。